ミーティングを終えた虹村は、体育館の床に正座をしている後輩4人の前に仁王立ちしていた。




「また、こりゃしっかり壊したな。」





 状況を確認していた3年の先輩が呆れたように上を見上げて言う。

 青峰、黒子、黄瀬、そしてが居残り練習をしていた体育館の入り口の所の上にある電灯が割れ、ついでに壁がべっこり穴が空いてしまって、その部分の板がそのまま外されていた。普通にバスケをしていればこんなところに穴が空くはずもないので、いらないことをしたのは明白だ。




「・・・電灯自体が壊れてそうだな。」



 赤司は割れた電灯を箒とちりとりで片付けながら、冷静に思う。

 まともに当たったのか電灯が砕け散っただけでなく、根元から電線が落ち、ぶら下がっている部分があることから、電灯を変えたところで、電気がつくようには見えない。




「何ぶつけたんだ、てめぇら。」




 虹村が黒いオーラを背負ったまま尋ねる。




「えっと、サッカーボール・・・です。」




 が至極素直にしょんぼりとして黒子に身を寄せる。




「ちょっ、素直に言ってんじゃねぇ!!」




 青峰はボールをぶつけた張本人だったため、焦って叫んだがもう遅い。




「青峰っち!これはもう素直に白状するしかないっスよ!」

「・・・もう壊れちゃったんですから、怒り煽る前に謝りましょう。」





 黄瀬と黒子は潔く覚悟を決めて、うなだれる。

 ことの始まりは2on2に飽きてきたことだった。バスケを始めてそれほど時間のたっていないと黄瀬では、2on2をしても何かと青峰、黒子コンビに負けてしまう。それを悔しく思っていた二人が、暇つぶしにリフティングを始めたのだ。

 黄瀬はそういうだいたい何でもスポーツ万能であったため、リフティングもうまかったわけだが、それが鬱陶しかった青峰がそれを思いっきり蹴り飛ばしたのだ。ボールが電灯にナイスヒットしたのは、偶然だったかも知れない。

 だがその振動と余波で穴の空いた壁を見たが、そのまま置いておけばはおとがめなしで終わっただろうに、中はどうなっているのだろうという好奇心に負けて穴を広げて引きはがしてしまったのだ。

 放って置いても最後に鍵を閉めるのは青峰たちで、先輩たちにバレるに決まっているので、黒子の説得の元、ミーティングをしている虹村たちに自己申告に行き、今に至る。




「間違いなく馬鹿なのだよ。」




 明日の栖鳳との練習試合の対策のミーティングに参加していた緑間も、思わずそう言ってしまった。

 青峰、黄瀬、、黒子は一見バランスが良さそうだが、3人がいらんことしいで、ストッパーは黒子のみと言うアンバランスで、ろくなことをしない、とんでもカルテットだった。特に一番の意外性はで、大人しそうに見えて、一番いらないとどめを刺すのが得意だ。

 今回も壁に穴が空いただけならともかく、壁をはがしてしまえば隠しようもないし、範囲も広がる。




「ねえ、白い紙はったら壁に見えるかなぁ。」




 は間延びした声でそう言って、隣の青峰に言う。




「あ、、おまえ賢いな!」

「青峰っち、そんなの無理っすよ!どう考えても!!」

「そうですよ、・・・大人しく弁償しましょう。」





 黄瀬と黒子はもう覚悟を決めているのか潔かったが、は未だにことの重大さがわかっておらず、青峰はわかってはいるが、安易な方法に走ろうとしている。




「・・・?」




 はよくわからないのか、首を傾げて小さく欠伸をした。だが弟妹のいる虹村はもう容赦しなかった。

 右から左に、4人の頭を一発ずつしばいていく。一応女であることを加味して、は平手、他の3人はげんこつだ。




「っってえええ!」



 青峰が大げさに叫び声を上げる。に至っては叩かれたことすらよくわからなかったのか、大きな瞳をぱちくりさせて頭を押さえていた。



「いらんことすんなって言ってんだろうが!!特に青峰!!!おまえら何度目だ!!」




 虹村の怒声が響き渡る。

 一年の末に仲良くなってから、青峰とのコンビはいらないことしかしていない。仲が良いのはわかるがそろって悪のりが酷いのだ。赤司とが同じクラスになってからは、を赤司が上手に止めるため、その頻度は減っていたが、赤司がいなくなるとこれだ。




「・・・大丈夫か、?」 



 赤司は呆然としているを見て、一応心配になって尋ねる。




「う、びっくりした・・・。」




 いじめの時に殴られたこともあるため暴力には敏感な方だが、あまりに手際が鮮やかで一瞬だったため、叩かれたと言うよりは頭を打ったみたいな印象だった。





「青峰、黄瀬、黒子!おまえら体育館20周。、おまえも10周してこい!」




 虹村が腰に手を当てて命じる。





「え、ぼ、僕もですか!?」

「黒子、もし次走りたくなかったら死ぬ気で止めろ!止めないならおまえも同罪だ!」

「え、わたし走るの・・・」

、20周走りたいか?」

「・・・いきます。」

「だいたい青峰っちのせいっスよ!」

「うっせぇ、おまえがそもそもリフティングなんざしようとか言うからだろ。」




 黒子、、青峰、そして黄瀬はいろいろぼろぼろ文句を言いながらも、渋々立ち上がって体育館の外に出ていく。




「本当にあいつら仲良いのな。元気なもんだ。」




 3年生の部員たちが苦笑して、困った4人を見送る。




「元気すぎて困るってやつだよ。んとに勘弁しろよ。」




 虹村はめんどくさそうにため息をついて、片付けを終えた赤司を見る。本当は青峰たちを走らせ、に片付けさせようと思ったのだが、赤司がに片付けさせては怪我するだけだと止めたのだ。確かにはそれほど細かいタイプではないので、ガラスの片付けは危なかっただろう。

 ミーティングも終わったため、他の部員たちはぞろぞろと帰って行く。それを見届けながら、虹村はたちが走り終わるのを待っている赤司の隣に立った。




「おまえもしっかりしろよ。今日みたいな試合したらすぐたたき出すぞ。」

「・・・わかっています。」




 ぐっと赤司は拳を握りしめて答える。

 2年生だけで戦った2試合目、が昼休みに倒れて保健室にいたこともあり、それが気になっていた赤司のコンディションは最悪だった。青峰など他のキセキの世代もが心配で浮き足立っており、かろうじて栖鳳には勝ったが、それでもさんざんな内容だった。

 があの試合を見れば、自分のせいだと自分を責めただろう。だが、本当に責められるべきなのは、赤司だ。




「本当は・・・がいじめられたのは、俺のせいなんです。」

「は?」





 唐突な告白に虹村は目を見張って赤司を見る。だが俯いた彼の表情はうかがえない。すでに人はほとんどおらず、ただ青峰や黄瀬、黒子、そしてが話しながら走る声だけがする。




のいじめを主導した山川は同じ小学校で、ミニバスも一緒で、俺を恨んでいて、多分だからと同じ学校に入ったんだと思います。」




 は女子校に入るのだと思っていたが、偶然進学校で名門と名高かった京都の中学に受かり、入学することになった。当時両親と兄たちの海外赴任が決まり、京都の実家にいた祖母の体調が悪かったこともあり、近くにいたほうが便利だと言うことで京都に戻ったのだ。

 だからまさか、山川と同じ中学になるとは思っていなかった。赤司自身も少し考えが甘かったのかも知れない。山川は最初からをターゲットにしていたのだと思う。

 だが、山川以上に赤司は浅ましい願いを持っていた。



「でも、父からのいじめのことを聞いて、帝光中学への編入を示唆された時、俺は嬉しかったんだと思います。」



 は自分のことを責めるが、本当に責められるべきは赤司そのものだ。

 いじめ問題でが学校に行けないことは夏過ぎにはわかっており、秋には具体的な対策のためにの両親が赤司の父に連絡をしていた。すでにメールや電話で何となく彼女の様子がおかしいことは知っていたから、フォローしてやれば良かったのかも知れない。

 でも赤司がそれをしなかったのは、あまりにいじめが酷くなれば、の両親が頼るのは実績のある自分だとわかっていて、その派生を捨てられなかったからだ。そしてそれは現実になって、彼女は赤司のいる帝光中学に転校した。




「もっと、俺は強い方だと思ってました。がいなくても何でも出来ると、」



 赤司はぽつりと夜闇に消えるような小さな声で呟いた。

 赤司が自覚していた以上に、たかが一人、されど一人が赤司の精神に及ぼす影響というのは、あまりに大きい。

 一人でも上手にやっていけるし、実際に中学に入ってと学校が別になってからも、うまくやっていた。だから、一人に何かがあったところで、自分のコンディションが変わることはないし、試合への集中に何ら影響しないと思っていた。

 多分はいじめられてきたため、山川や栖鳳中学の面々に怯えているだろう。だが、赤司は“をなくすかもしれない”という恐怖に怯えている。赤司はその恐怖に耐えられるほど強くないのだ。




「馬鹿じゃねぇの。」




 虹村は赤司の弱音を笑い飛ばす。



「全力で守れよ。たったそれだけで、おまえは何でもできんだろ。」



 赤司はきっと自分の中のがちっぽけな存在だと思っていたのだろう。ならばそのちっぽけな存在を守ることで、何でも出来るのならば、安い話だ。とても簡単なことだ。

 がいないといけないなら、彼女を守る覚悟を決めれば良い。




「・・・」




 赤司は黙って大きなため息をついた。

 多分母が死んでから、赤司が求めていたのは愛情だった。そしてそれを無条件で与え続けてくれたのはだけだった。自分を認めているふりをしながら、最初に自分を認めてくれたのは多分、赤司自身ではなくだった。

 後ろにがいるから、が弱いと理解した時、いつも赤司は強くならなくてはならないと思った。

 夜風がさらさらと赤司の赤みがかった髪を揺らしていく。遠くに聞こえるの軽い足音を聞きながら、赤司は静かに目を閉じた。


 逃れられない欲しがりの、自分の感情に気づいていた。



傍にいる勇気