はぼんやりと練習をしている面々を見ながら、ドリンクを用意する。



「なんかみんな私が用意すると怒るのよね−。」




 桃井は頬を膨らませてのやっているのを見守っていた。




「・・・さっちゃんって、なんで料理できないの?」



 は不思議そうに首を傾げる。

 幼い頃から何もうまく出来なかっただったが、料理だけは手順通りやるように教えられたせいで、得意だ。赤司と一緒に料理を習わされていた頃はきちんと分量などを量らないため赤司に叱られていたが、別に料理自体に大きな欠陥は生まれなかったし、味覚は良かったのか勘だけでもうまくやる。

 特に祖母に教えてもらうようになってからは驚くほどに勘がさえわたり、今では適当何を作っても食べたことのある物ならだいたい上手に出来るようになっていた。




「それがわかったら苦労しないんだよ。。」

「でも粉入れて分量分の水を入れるだけだよ。さっちゃんにも出来るよ。」




 は言って、桃井にスポーツドリンクの粉末を渡そうとする。だがそれをめざとく見つけた3年のマネージャーのまとめ役の鴻池が慌てて止めた。




「駄目よ。さつきは酷いんだから。」

「酷いって言っても、粉と水だけですよ。わたし、試合見ながらでもできますし。」




 は基本的に試合内容に記憶と統計が仕事であるため、選手のベンチから練習中も基本的には離れないし、だいたい何をやっていても一瞬しか目を離せないため、だいたい雑用はベンチ近くでやることだけで、先ほどドリンク作りの前にやっていたのも洗濯物をたたむ仕事だった。

 ただ片手間にやっても十分に問題のない仕事だ。は適当でもだいたい水の分量を間違えず、ドリンク作りもうまくやった。




「違うもんも混ぜるから駄目。良いわね。」



 鴻池は釘を刺して、が畳んだタオルを持って行った。




「なんか、赤司君、調子戻ったんだね。」



 桃井はミニゲームのスコアをつけながら赤司を見て、ぽつりと言う。



「練習は、良くなかったし、・・・2試合目、調子悪かったって、征ちゃんも言ってたけど、本当に良かった。」




 はバスケ部の中では小柄な背中をぼんやりと見ながら、少しだけ安堵した。

 昨日は練習の時もレイアップシュートを外したりとあまり調子が良さそうではなかった。2試合目は見ていないが、試合内容も栖鳳にぎりぎり競り勝った程度だったし、調子があまり良くなかったのだろう。本人もがいなかったせいだとぼやいていたが、今日はが統計する限り、いつも通りの彼だ。

 隣のコートで練習している栖鳳の部員たちは相変わらず時々のいじめられていた時の話などを口にしていたが、昨日赤司に傍にいて欲しいと言われたことや、黒子たちに大好きだから大丈夫だと言われた後では、はあまり気にならなかった。

 彼らに嫌われていても、別に良い。赤司が傍にいて欲しいと言ってくれて、黒子たちが好きでいてくれるなら、小さなことなんてどうでも良い。




って、赤司君のこと征ちゃんって呼んでたんだね。」

「え?・・・あ、」




 桃井に指摘されて、は慌てて口を噤む。

 学校ではあまり親しいとバレるとやっかいだからと“赤司くん”と呼ぶことにしていたのを忘れていた。キセキの世代たちはもうが赤司の家に居候していることを知っているし、部員の多くも幼馴染みであることを知っているので、忘れかけていた。




「いや、別に良いと思うよ。2年生になってから、赤司君、のことずっと側に置いてるでしょ。もうあんまり気にしないんじゃないかな。」



 まずい、という顔をしたに、桃井は当たり前のようにさらりと言った。



「多分、いじめのことを気にしたんだと思う。赤司君、目立つから。」




 いじめが理由で転校してきたは、対人恐怖症で初対面の人間の場合は気絶するため、最初保健室登校だったし、バスケ部の活動自体も二回から見て統計を取っていただけだった。そんな彼女が最初から赤司の幼馴染みだとバレればすぐに注目を集めただろうし、それは間違いなくを怖がらせる結果になっただろう。

 だが、が1年の最後にちゃんとクラスに行くようになり、バスケ部の部員にもまれて慣れたせいか、対人恐怖症はともかく気絶しなくなり、2年になって赤司と同じクラスになると、赤司はその方針を転換した。

 今ではだいたいを自分の行く場所には連れて行く。そのためはいつの間にか五月を入る現在、恐らく生徒会などの役職にも就くだろうと考えられており、赤司が関わっている委員会のほとんどに顔を出すようになっていた。

 少し人見知りな所はあるが、は素直で、嬉しいことは嬉しいと言うし、嫌なことは嫌だという。危なっかしいところはあるが、人なつっこくてたくさん話し、いろいろなことを覚えているは難なく周りに受け入れられた。


 だから正直、桃井はが何故いじめられたのかがわからない。



「うん。征ちゃんは優しいもん。」




 は誰よりもそれを知っている。だから、彼を疑うなんて馬鹿だったと思う。

 彼はいつもを大切にしてくれたし、守ってきてくれた。彼がを嫌うなんてことが、あるはずがないのだ。いつも傍にいてくれた彼が、を気味が悪いと思うなんてありえない。それを誰よりも知っていたはずなのに疑うなんて、はきっと山川の言葉に惑わされていただけなんだろう。

 ずっと、ずっと信じていたはずだ。彼が、彼が自分を大切に思ってくれたように、は何があっても彼の味方でいようと。



「わたしも、征ちゃんの役に立てるように頑張るよ。」




 が笑うと、強さを見せたに桃井は眼を丸くしたが、つられるようににっこりと美しく笑う。



「うん。私も頑張ったから。」

「え、何を?」

「スカウティング。が予測してくれたから、対策案はばっちりよ。栖鳳学園が今日、動けると思ったら大間違いよ。」




 昨日が持ってきた統計や成長を予測を使って、桃井は赤司に対策案を提示した。は事実を見つけるのがうまいが、桃井はそれに対して傾向、対策を考えるのがうまい。

 に対するいじめの噂に苛々していたのは、何も帝光中学の選手だけではない。マネージャーだって同じだ。特に同じく2年生のマネージャーだった桃井としても、昨日の試合結果には部員以上に苛々していた。

 今、その対策案を実行するために部員たちは練習させられている。特に2年は昨日僅差で勝っただけだったため、しっかりリベンジしてもらわなければ桃井は幼馴染みの青峰を殴り飛ばしそうだった。




「うちのマネージャーいじめてただですむなんて思ったら大間違いなのよ。私は裏で仕組んででもやるわよ。選手が頼りなくても、私なら出来る。」




 ふふっと怪しく艶やかに笑う桃井を見て、はどんなリアクションをして良いのかわからず、代わりに困った顔をした。




「フラストレーションたまるのはこっちもなの!むっくんも青峰くんも頼りなすぎるのよ。4ファールとか、3ファールってなんなわけ!」

「悪かったねー、さっちん、頼りなさ過ぎて。」




 紫原の少し不機嫌ながらものんびりした声が響く。




「え、あ、あれ、むっくん、」

「練習終わり−、飲み物頂戴。」




 紫原はに手を伸ばして催促する。は近くにあった彼のドリンクをとって、彼の大きな手に渡した。続々と全員がベンチに戻ってくる。と桃井は協力しながらドリンクをそれぞれ渡していく。最後に虹村と話し合っていた赤司がベンチに戻ってきた。




「はい。調子普通だね。」

「・・・統計上言っているんだと思うが、もう少し言い方はないのか。」




 ドリンクを渡してが言った言葉に赤司が眉を寄せる。

 が日頃との統計上、今日の赤司の動きに遜色はないと言う意味で普通だと言ったのは間違いないだろうが、調子普通だと言われて気分が良くなる人間は誰もいない。黙っていた方が賢明だろう。




「ご、ごめん。」

「調子良いって言われるように頑張れや。」




 虹村が苦笑しながら赤司に声をかけて、昼からある栖鳳学園との練習試合の打ち合わせへと向かっていった。



「ま、昨日のようにはいかないけどね。もいることだし。」



 赤司はぽんぽんとの頭を軽く叩いて、他のキセキの世代たちに目を向ける。全員が同じ気持ちであると、確かめるまでもなく全員が大きく頷いた。


強くなる