「まさか、っちに湿布を貼ることになるとは思わなかったっス」




 黄瀬は湿布を用意しながら、ふうっと息を吐く。

 はマネージャーと言うこともあり、怪我の対応などもするため、いつも選手である黄瀬たちが貼ってもらう側だ。しかし今日はの方が貼ってもらう側に回っていた。

 体操服をめくり上げてみると、殴られた横っ腹に痣が出来ていた。幸い内臓まで痛いレベルではないようだったが、白い肌が真っ赤になっていて痛々しい。が躊躇なく自分の服をめくった時、年頃の男子である黄瀬、黒子、青峰、灰原はどきりとしたが、それもその傷のひどさを見て一瞬で吹っ飛んでしまった。




「それにしてもおまえほっそいなぁ、」




 青峰は思わずのウェストを見て唸ってしまった。

 小柄だと言うこともあるが、色白で、しかも130センチということでものすごく細い。恐らく青峰など手の大きい人間なら普通に手が回るだろう。




「鴻池先輩には、ちょっと洗濯物飛ばして洗ってるって言ってきました。もう練習は終わりで良かったですね。」




 黒子は保健室に戻ってきて言った。



「おまえ、本当に赤司に言わなくて良いのかよ。」




 青峰は丸いすに座って湿布を貼ってもらっているに尋ねる。




「う、うん。あんまり心配かけたくないし。」




 は自分のせいで、彼が試合に集中できていないことはよくわかっているし、もう起きてしまったことを言ったとしても、どうしようもないだろう。それなら彼に心配をかけることの方が、としては嫌だった。

 は頷いて、近くの鏡に映る自分を見る。腹の傷は隠れるだろうが、のど元についている痣は目立つ。体操着であるし、元々細い上に赤くなってしまっている首回りが酷く痛々しい。




「どうしようこれ・・・」



 適当なごまかしがきくような痣ではない。だがどうしても赤司にバレるのが嫌で、懸命に足りない頭で考えるが、該当するような情報もなければ、良い案も思いつかないかった。



「これ塗っとけ、あと誰かこいつの制服とりに行けよ、」



 灰崎が座っているの膝にヘパリンZと書かれたチューブに入っている薬を放り出す。




「は?なんでっスか?」




 黄瀬は灰崎の言うことには基本的にだいたい噛みつく。だがはその薬を拾い上げて首を傾げた。




「なにこれ?軟膏?」

「それ塗っときゃ早く痣が消える。でもすぐには消えねぇからな、後は制服のボタン上まで締めてネクタイしとけ、いつもそうしてんだろ。赤司だって不思議に思わねぇはずだ。」





 喧嘩をよくする灰崎は確かに強い方だが、当然よく殴られもする。一応母子家庭だが、母親がうるさいため、傷を負った場合はバレないように上手に隠すと言うことが日常茶飯事だった。そのためそれなりに傷に効く方法やごまかしも知っている。

 とはいえ、あの鋭い赤司を誤魔化せるかどうかは微妙なところだ。




「なるほど。僕、鴻池先輩に言っての服をとってきます。」




 黒子はすぐに意味を理解したのか、立ち上がっての制服をとりに行く。マネージャーで先輩の鴻池ならば適当な事情説明で察してくれるだろう。



「良いか、ちびっ子。赤司にバレたくなかったら、傷のことは忘れろ。」



 灰崎の言うことはどこまでも正しかった。

 は素直で、嘘をつくことがそれほどうまくはない。バレないようにと意識すればすぐに絶対に赤司に読み取られてしまうだろう。彼はそういうことが驚くほどにうまい。幼馴染みだからこそ、小さな違和感も気づくはずだ。

 だから、なかったことにするのだ。




「何もなかった。良いな。」




 言い聞かせるように、灰崎は厳しい声で繰り返す。は目を伏せたが、小さく頷いた。



「うん。何もない。」




 の言葉に青峰と黄瀬は物言いたげ立ったが、口を噤む。

 赤司がのいじめの問題に関して、自分のせいだと自分を責めているのは何となく知っていたし、の身の安全を気にしているのも理解している。が殴られたなどと聞けば、暴力沙汰を起こすかも知れないと、誰でも予想できた。

 それだけは絶対に避けたい。少なくとも今バレるのは得策ではなかった。



「あーめんどくせぇ、」

「え?帰んのかよ、灰崎。」

「むしゃくしゃするから、ちょっと帰るわ。」




 灰崎は保健室の扉を開けて、言いながら出て行く。その後ろ姿を見送ってから、青峰はを見た。黄瀬も同じで、気になっていることは一緒なのだろう。



 ―――――――――――――――――おまえが言えばっ、少なくとも赤司は人殺しになったんだよ!



 山川がを殴っていったことがひっかかる。彼は前に赤司のことを人殺しと言っていた。




「なぁ、、何があったんだよ。」





 青峰がに問うと、彼女は静かに目を伏せる。




「・・・」

「別に、赤司っちが悪いとか、そう思ってるわけじゃないんっすよ。ただ、ちょっと気になるって言うか。」






 黄瀬もに言って、話を促す。だがは口を開かなかった。




「制服、持ってきましたよ。」



 そうこうしているうちに、黒子が戻ってきて、に制服を渡す。は何も言わなかったが、せっせとカーテンの向こうで制服に着替えて、痣を隠すようにきちんとネクタイを締めた。



「・・・居残り練習行こう。多分、ここにいると征ちゃんにバレちゃうから、」




 は着替えが終わると、立ち上がる。



「あ、あぁ、そうだな。」



 青峰は頷いて、黄瀬や黒子と視線を交わしてから、同じように保健室から出た。

 保健室には保健医も幸いいなかったから、このことを知っているのはいなくなってしまった灰崎と青峰、黒子、そして黄瀬だけだ。このまま体育館に戻って自主練をして、赤司が話し合いなどで帰ってくるのを待てば、本当にいつも通り。

 赤司が不審に思うこともないだろう。

 体育館に着けばもう片付けは終わっていて、自主練をしている人もいない。鍵はまだ閉められていないから、バスケットボールを出して自主練をしていても怒られない。本当にいつも通りの体育館を見て、はふっと息を吐く。




「わたしと征ちゃんは、遠い親戚なんだ。」




 ぽつりとは近くにあったバスケットボールを拾い上げ、独り言を言うように軽い口調で呟く。




「征ちゃんのお母さんの本家がわたしの家なの。」




 幼い頃から、と赤司が一緒にいたのは偶然ではない。もちろん年齢が同じだったのは偶然だが、赤司家にとって近衛家は重要な取引先で、家柄としても近衛家の方が本家筋だった。赤司の父親はやり手で、息子と本家筋の娘であるの接点を作りたかったのかも知れない。

 ただ、にはそんな大人の事情はわからなかった。



「父様も母様も忙しくて、それは征ちゃんちも同じで、うちでいつもふたりぼっちだった。」



 小学生になる頃には、いつの間にかと赤司はいつも二人でいた。赤司がの長兄でバスケをやっていた忠煕の影響でバスケを始めると、はミニバスのコーチに頼んでそれを見てから、一緒に帰るようになった。

 そう、結局何をしても、赤司とは一緒だった。だから、これはふたりぼっちの、ふたりの話。

ふたりぼっちのあなたとわたし