がバスケットボールを抱えて話し終えると、体育館はしんっと静まりかえった。
「・・・でも、それってただの事故じゃねぇか。」
重々しい空気を振り払うように、青峰はふーと息を吐く。
要するにを突き落とした川上という少年を、赤司が疎ましく思っていて、その少年がたまたま事故死した。そして少年の友人だった山下が、赤司を恨み、赤司が大切にしていた弱いに手を出した。そう言った図式に見える。
「そ、そうっスよ。そんなの逆恨みっす!!」
黄瀬もを元気づけるように、明るい声で笑う。だが黒子の瞳は静かで、目を伏せているの頭をそっと撫でた。
「が言ってるのは、そういうことじゃないんですよね。」
黒子は何となくだが、の言いたいことがわかった。
ははっきりとは言わないが、赤司が、少年が転落したことに関わったかもしれないと思っているのだ。もちろんそれは確証のない話だろう、だが、少なくともは、赤司がその少年を嫌い、憎み、そしていなくなることを心から願っていたことを知っている。
そしてはそのことを知りながら、何も言わなかった。
「その少年は、どうなったんですか?」
黒子は目尻を下げて、に尋ねる。彼女はきゅっと手を胸元で握りしめた。
「植物状態、みたいな感じになって、わたしたちが中学に入学する少し前に。」
二階から、しかも後ろ向きに落ちた川上の傷は酷い物だった。塀の上から落ちたでも脳挫傷と頭蓋骨骨折で、命が助かったのは運が良かったと言われたのだ。二階から落ちれば、命が僅かでもあっただけ、ましだっただろう。
赤司は少なくとも彼がいなくなることを願っていて、それが現実になった。そして山川はその少年のことをとても大切に思っていた。赤司がを大切に思うのと同じように。
「・・・いじめは、怖かったけど、でも、」
は声を震わせて、俯いた。
が山川からのいじめに対して積極的な抵抗が出来なかったのは、僅かなりともそこに罪悪感があったからだ。
ただ、赤司もそれに気づいているだろう。
「でも、がだからといっていじめを我慢する必要はないでしょう?」
黒子はのさらさらの、まっすぐの漆黒の髪を撫でながら、優しく言う。
「僕は、がそうやって泣くのを見ると、とても悲しいですよ。」
「・・・どうして?」
「を大切に思ってるからですよ。とても心配になります。」
は理論的なことを伝えても、罪悪感に勝てない。それはきっと彼女自身が感情を大切にし、同時に相手を慮ろうとするからだ。だから、多分理論としてのせいではないと言うよりも、感情に訴えた方が、にとっては受け入れやすい。
そしに、これは黒子の本心から出る言葉だ。
「・・・わたしが泣くと、悲しい?」
が酷く潤んだ瞳でじぃっと黒子や黄瀬、青峰を見る。赤司もそうだが、男であれば大きくて、漆黒の潤んだ瞳に見上げられれば、どきりとくる。ましてや酷く悲しそうな顔なら、なおさらだ。童顔なだけに哀れみが募る。
「悲しいに決まってんだろ!!」
「そうっスよ!!俺泣いちゃうかも!!」
青峰と黄瀬は慌ててに詰め寄る。黒子は優しく、目尻の涙を拭って、にっこりと笑う。
「ほら、ね?」
僕らはのことを大切に思っていますよ、と言えば、は小さくこくんと頷いて、勢いのままに黒子に抱きついた。
「わっ!」
「え、っちずるい!俺も!俺も!」
黄瀬はそう叫んで、の上から黒子に抱きつく。だが二人分の重さに黒子が耐えられるはずもない。
「馬鹿!!」
慌てて青峰が後ろから黒子を支えて、二人分の体重を受け止めた。自然と4人団子状態になる。
「みんなが悲しいのは嫌・・・」
はぐずっと鼻をすすって、ぎゅっと黒子に抱きつく。黒子はを抱きしめながら、黄瀬を見る。正直黄瀬はに抱きついているのか、黒子に抱きついているのか全くわからないような状態だが、黄瀬は重たい。
「俺もっちが悲しいのは嫌っス!!」
「はやくどけや!!重てぇんだよ!!」
黒子を支えている青峰が怒鳴る。黒子を支えることによって黄瀬、の体重を支えているのは青峰だ。こちらは黒子に抱きついて、支えているような状態だ。
「えー嫌っス!俺たち全員両思いっすから!!ね、っち!!」
犬のように躰を揺さぶりながらの後ろから押すので、は黒子に押しつけられる形になる。青峰は黒子が耐え折れないように支え、黒子はがつぶされないように支えてじゃれ合っていたが、ふと体育館の入り口を見ると、そこにはぽかんとしたかつてない表情をした赤司がいた。
彼のに対する恋心を知っている青峰と黒子は顔色を変えてを見る。黒子が少し身体を離そうとすると、は赤司の姿は見えていないので、ぎゅーっと黒子に抱きつく。
「え?何っすか?」
黄瀬も背を向けているため赤司の表情は見えていないので、黒子と青峰の顔色が変わったことに首を傾げて振り返る。
赤司はミーティングや先輩たちとの話を終え、を迎えに来たのだろう。
「あ、赤司っち?」
やばいと察したのだろう、黄瀬はぱっとから離れて身を起こす。
明らかに赤司は黒いオーラを背負っている。その表情が非常に不機嫌そうで、しかも目がぎらぎらしている気がして、青峰は隠れられるはずもない黒子の背中に隠れたくなった。
「え、征ちゃん?」
は首を傾げて、黒子の腰に手を回したまま、くるりと赤司の方を見た。
「何やってるんだ?」
「え?なんで征ちゃん怒ってるの?」
「別に怒っていないが、何をやってるんだ。」
赤司はに眉を寄せて尋ね返す。
「えぇっと、どこから説明すれば良いのかな、」
「もう良い、ひとまず遅いから帰るぞ。」
赤司は黒子に抱きついているの腕をとり、黒子から離して立ち上がらせる。外はすでに真っ暗で、赤司に言われて黄瀬が確認すると、もう8時を過ぎていた。
「うん。」
は赤司の手に自分のそれを重ねる。それは幼い頃からしていたことだったが、少しだけ、緊張を覚えた。
それはが過去の真実を忘れたことがなかったからだった。
ほんとうは、本当は