「あれ、近衛の奴もやんのか。」





 虹村がベンチに座ってゼリーを食べながら首を傾げて言う。

 グレープフルーツゼリーをもらった3年生から帰宅し始めており、先ほどまでの喧噪など嘘のようにあっという間に人はいなくなっていく。


 その中でと黄瀬、青峰、そして黒子がコートに立って何やら話し合っている。

 いつも黄瀬、青峰、黒子は自主練をしていて、が明石を待つ間それにつきあっていると聞いているが、どうももゲームに混ざる気のようだ。はのんびりしているためあまり運動神経が良くないのかと思っていた虹村は、少し驚いた。




「はい。俺がやってるんで、元々興味があったみたいなんですけど、青峰が教え始めて、結構良い線いきますよ。」




 赤司はの姿を眺めながら言った。今日は一日部活で、動きやすいように体操服であるため、ブラウスを突然脱ぎ出すこともないだろうし、まぁ許容範囲だろうと思うことにする。




「えー、どうせだからいつものメンバー以外も入れようよ。」




 のんびりしている割に存外勝負事の勝敗にこだわるは、周りを見回してふと灰崎に目をとめた。




「灰崎君もやろうよ。」

「はぁ?何が楽しくてやんだよ、面倒くせぇ。」





 灰崎は心底嫌そうな顔をするが、のしょぼーっとしたチワワのような表情を見るとあまり強く出られないらしい。明らかに見た目弱そうで子供っぽくて手を出しにくいのだろう。一応最低限の良心という奴は残っているようだ。




「ゼリーもう一個上げるから。」

「・・・乗った。」

「えーーちん、俺もやるからもう一個頂戴−。」





 ゼリーで買収された灰崎を見て、紫原が買収されにやってくる。




「良いよー。」





 はあっさりと買収を決定した。



っちって、一番扱いにくい人間を扱うッスよね。」

「誰もがびっくりの華麗な手際ですよね。」




 黄瀬と黒子は鮮やかなの買収に、思わず感動して顔を見合わせる。はまだ人を集める気なのか、くるりと辺りを見回して、赤司に目をとめた。




「征ちゃんもやろうよ。」




 虹村の隣にいた赤司はまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったので眼を丸くしたが、はすぐに赤司の所に駆け寄ってきた。




「でもそうなると端数になるぞ。」

「え、あー、あ、緑間君!一緒にやろう!!」

「俺もなのか?」





 緑間はそう言ったが、嫌そうではなかった。赤司もそれを聞いて合計で八人になったので、コートの方へと向かう。




「でもどうやってわけるのー?戦力公平が原則だよ。この間は崎ちんと黄瀬ちんが喧嘩おっぱじめて勝負にならなかったじゃん。」




 紫原がボールを持ったまま赤司に尋ねる。赤司は少し考えて、まずと黒子を見た。



は俺とだ。青峰は黒子と。」



 今回参加するのは、赤司、青峰、黒子、黄瀬、灰崎、緑間、紫原の8人だ。

 ポイントガードである赤司は統率力に優れ、得点力もある。青峰はスコアラーであり、天才的な得点力を持っている。この二人が同じチームでは面白さがない。赤司と青峰は能力が他より一段高いと考えて間違いないので、天才的な才能を持っているが女のと、パス以外はコート上最弱の黒子をつれるという形だ。

 黄瀬と灰崎はセットにしてもろくなことがない。緑間と紫原も小さな喧嘩が絶えないので別れた方が良いという考えだった。厳正なぐっぱで別れた結果、紫原、黄瀬、、赤司が同じチーム、灰崎、緑間、黒子と青峰が同じチームと言うことになった。




「じゃー商品はあまりのゼリーで。」





 紫原がまだクーラーボックスにゼリーが残っていたのを確認したのか、食い意地を隠そうともせずに言う。



「ちょっと不安だな。」



 は少し不安そうに目尻を下げる。

 体格が違うというのもあるが、足を引っ張らないかの方が心配なのだ。ただ高さに関しては紫原が補うだろうし、低さはこの場合、逆に武器になる。この間もやったが、はその青峰に似た自由なプレイスタイルの割に赤司の指示を忠実に守るので問題ない。




、あまり気に負うな。俺が動かす限り負けない。」




 赤司はを安心させるように頭を撫でてやった。




「なんかっちと赤司っちって以心伝心っていうか、っち本当に指示通り動くっすよね。」

「だって、なんとなく征ちゃんの目線とか見たらわかるよ。」




 としては細かい赤司の指示を守るのは、とても簡単だ。常に彼を視界に入れる癖がついているので、彼の指示を見ること自体はそれほど難しいことではない。



「長年の成果だな。」



 赤司は笑ってを安心させるように背中を叩いた。

 どちらかというと感性や本能で動くに言うことを聞かせるのは本来非常に難しい。ただそれを赤司が出来るのは、まさに彼女が幼い頃から何年もかけて培った、刷り込みだ。




「ほー、じゃ、俺が審判やってやろうじゃねぇか、」




 グレープフルーツゼリーを食べ終わった虹村が、だるそうに立ち上がってスコア表を出してくる。

 たち赤司チームは赤色のゼッケン、青峰側のチームは青色のゼッケンをつける。は表裏を反対に着ていたため、赤司に注意されて着替えさせられていた。

 すでに夕方で、いつの間にか体育館に入ってくる窓からの光は赤い。



「まだ時間はある、か。」



 虹村は後輩たちを返す時間を考えながら、試合開始のボールを投げた。

 当然ジャンプボールを飛んだのは紫原と緑間で、たやすく紫原がとり、そのボールはすぐに赤司の元に渡る。彼はドリブルをしながら、周囲の動きを把握して、人の隙間にいた、走り出していたの少し前にパスを出した。途端には赤司の予想通り、走っていた勢いを殺すことなく、ゴールを目指す。

 だが目の前に灰崎がいることを見て、左後ろにいた黄瀬に滑らかにパスを出す。




「負けるかよ!!」




 青峰が黄瀬に1on1をしかける。それは黄瀬が青峰を抜けないとわかっているからだ。

 ただ、黄瀬は青峰と1on1でやり合う気は全くなかった。後ろ手に赤司にパスを出す。それをとってペネトレートした赤司は、ディフェンスをする緑間と灰崎にすぐ捕まったが、フリーになっていたにパスし、が最終的にはシュートを決めた。

 だが、それと重なるように、外で鈍い、何かが落ちるような音が響き渡る。

 それに全員が動きを止め、音の方に視線をやる。だが、体育館から近いことはわかったが、音の原因がわからず、首を傾げた。




「なんだぁ?今の音は、」





 スコア表にもたれていた虹村が、だるそうに言って姿勢を正し、音の方へと歩いて行く。だがそれより先に校庭に居残っていた部活の生徒の悲鳴が響いた。



「な、なに?」



 は怖くなって、赤司の方へと身を寄せて、服の裾を握る。その手を、より一回り大きい赤司の手が掴んで、自分の方へとを引き寄せた。

 は目を丸くして彼を見上げる。




「大丈夫だよ、もう苛む人はいない。」




 酷い既視感。それはあの青い日に見た物と同じ。目の前に立つ人は、自分の一番よく知っている人のはずなのに、夕焼けの緋色を纏って、まるで別人のように映る。

 ぞくりとした、独特の表現しがたい感覚が躰を支配する。

 握られた手の温もり、心は酷く冷たい。人の悲鳴、見に行こうとする部員たちを止める虹村の声、全部が遠い。目の前の彼しか見えない。




「・・・征くん、」




 は、本当は知っていた。を突き落として大けがをさせた少年を、窓から突き落としたのが誰なのかを。優しい彼の裏側にいる、残酷な彼。すべてを共有し、違う考えを持つ存在。それでも大部分の根底の感情は同じだ。




「ね?」




 軽く小首を傾げて、無邪気で、それでいて優しく残酷な同意を求める声が響く。



「うん、」



 は彼の手を握り返した。

 自分にはここしか居場所はない。彼と行く道以外、多分は弱すぎて、どうしようもないのかもしれない。でもそれは、決して追い詰められての選択ではない。

 もまたここに留まりたいと願って、口を噤んでいるのだから、それは同じだった。



赤い空の下