虹村によって半ば無理矢理帰宅させられた赤司たちは、翌日、栖鳳の部員の一人が非常階段から誤って落ちたことを知った。
非常階段は長らく使われておらず、彼はどうやら手すりにもたれかかったらしい。何故彼が体育館の倉庫からつながる、普通なら誰もいかないはずの非常階段から外に出たのか、それは誰にもわからない。そして赤司たちにはその旨が連絡されたが、その部員が誰だったのかまでは、知らされなかった。
「結局、飛び降りってこと?」
は翌日の居残り練習に参加しながら、首を傾げる。
「さぁ?僕らにもわかりませんよ。ひとまず落ちたってことで、片付けられたみたいで。」
黒子も、もちろん恐らく誰も知らない話だった。
詳しい話は聞かされないまま、警察がやってきたが、怪しいところは当然無く、事故死か、自殺と言うことで片付けられる予定だ。あそこが人目のつかない場所で、前から悩んでいるなどふりはあったらしいという噂がまことしやかに流れている。
栖鳳の学生たちは混乱の中、昨日京都に帰っていったので、なおさら詳しいことはわからなかった。
「どっちでも良いんじゃね?もう安心じゃん。」
青峰は単純に栖鳳学園の部員たちがいなくなったことを、喜んでいた。
「そりゃそうっス。これでっちも心置きなくバスケ部に来れる訳っすからね。」
黄瀬も明るく、むしろ清々しい表情で言って、ボールを回してみせる。
「でも、なんか後味が、」
「忘れろ。おまえは深く考えすぎだよ。どーせわかんねぇんだから、良いじゃねぇか。」
青峰は笑っての頭を軽く叩いた。
確かに後味は悪いが、どうせ悩んだところで誰かから情報が得られるわけでもないし、死人が戻ってくるわけでもない。来年からおそらく栖鳳学園との練習試合などもなくなるだろう。別に自分たちに何らかの影響があるわけではない。
忘れるのが一番簡単だ。をいじめていた人間たちはもう来ない。それだけで十分だろう。
「う、うん。そっか。」
は小さく頷いて、全部を忘れることにした。
もう気にしても仕方のないことだし、何より自分には周りの部員たちがいる。自分を守ってくれる赤司もいる。だからいじめなんてもう関係ない。何も心配しなくて良いはずだ。
だから、全部忘れる。
「そういうことにしましょう。」
黒子も思うところはあったが、考えないようにして立ち上がった。
「、帰るぞ。」
制服に着替え、帰る準備をした赤司が、を体育館まで呼びに来る。
「征ちゃん、」
が駆け寄ると、赤司は柔らかく笑っての頭をぽんぽんと撫でた。
「結局また2on2をしているのか?」
「うん。でも涼ちゃんすぐ大輝ちゃんに抜かれちゃうから、」
はじとっと漆黒の瞳を細くして黄瀬に向ける。
青峰は最近黄瀬との1on1に飽きるのか、何かとと黒子を入れての2on2をしたがる。だが、結局の所青峰と黄瀬の力の差はまだ大きく、もそこまでフォローしきれないので負けてばかりだ。
「酷いっス!っちだって今日は黒子っちにとられたじゃないっすか!」
「とられたのは2回だけだよ。それを言うなら涼ちゃんは5回もとられたでしょ。」
「えー?そんなにとられてたっスか?」
「自分の記憶力とわたしの記憶力どっちを信じるの?」
「ですよね。」
「だよな。」
「黒子っち!青峰っち!どっちの味方なんっスか!」
「決まってんだろ、だよ。」
「ですよね。」
「酷い!!」
黄瀬がわざとらしく嘆いてみせるが、青峰も黒子も顔を見合わせて笑うだけでフォローはしない。は黄瀬が少し可哀想になったが、まぁ良いか、と安易にこの流れに流されることにした。
「は女子バスケ部に入る気はないのか?」
赤司は少し考えるそぶりを見せて、に問うた。はぽかんと口を開いて、「え、」と驚いた顔をした。
「いや、前から考えていたんだ。帝光は女子バスケ部も強いし、なら十分やっていけると思うぞ。」
対人恐怖症のことがあったたし、背が小さいからバスケをさせても駄目だろうと赤司も思っていたが、最近の成長はめざましいし、十分女子バスケ部ならば背が小さくともやっていけるくらいの才能が彼女にはあるだろう。
いじめの問題や対人恐怖症も一段落したのだから、真剣に自分の能力を理解して女子バスケ部に入るならばそれも良いのかも知れない。
「・・・え、」
小さな手が、赤司のシャツの裾を掴む。の表情をのぞき込むと、今にも泣きそうな、途方に暮れた迷子のような表情をしていた。
「別に俺が嫌だとか、そう言ってるんじゃない。ただはバスケの才能があるし、どんどんうまくなっているから、その方が良いかなと思って、」
「じゃあもうバスケしない。」
はあっさりとそう言って、持っていたバスケットボールを放り出した。
「えええ!なんだよそれ!」
「っち!それ酷い!!」
聞いていた青峰と黄瀬がそろって声を上げて抗議する。
「だって、征ちゃんと一緒じゃないなら、不安だし、」
はしょんぼりと目尻を下げてうなだれて見せた。
「、も頑張るって言っていただろう?」
赤司が少し困った顔で自分の服を握っているの手をとり、顔をのぞき込む。
「それは、征ちゃんがいるからだよ。」
「俺はいつも一緒にいるだろう?」
「でも、そんなの出来ないよ。上手じゃないし、」
結局の所、いじめや対人恐怖症が克服できても、は根本的に自信がないらしい。赤司が傍にいるとやはり懸命にやれるようだが、一人になると途端に不安になるようだ。
「駄目だってー赤司。こいつ絶対女バスなんて行っても失敗するぜ?」
青峰は赤司に思わず言ってしまった。
にバスケを教えるのはめきめき成長して楽しいが、これほどに自信がなければ、女バスなど入っても失敗するだけだろう。もそれを望んでおらずマネージャー業を楽しんでいるのならば、それで良いと思う。
バスケが好きで、赤司の傍にいるのが落ち着くのなら、それで良いじゃないか。
「青峰、を甘やかすな、」
赤司が青峰を睨む。だがその途端にの目が潤んだ。
「征ちゃん、怒っちゃやだ。」
ぐずっとが鼻をすするのを見て、赤司はため息をつく。
「泣くな、流石の俺も焦るし、の泣くのは好きじゃない。」
目尻を下げるその捨てられた子犬のような表情に弱いのは、赤司も一緒だ。でもだからといって甘やかしても駄目なのだが、周りがつられてしまうことはよくあった。
ただ、赤司もまたに傍にいて欲しいと願っているから、可能性をに提示しながらも、そこに踏み出さないを見て、安心しているのもまた真実だった。
泣かないで