「なんか手紙入ってる。」
はきょとんとして、自分の靴箱をのぞき込んで目尻を下げる。泣きそうな震えた声に、赤司が振り返ると彼女は白い封筒を持っていた。
「・・・物好きもいるんだな。」
そう返しながら、赤司の心から僅かな苛立ちがわき上がる。
誰が言わなくても、それはラブレターというものだろう。たまに赤司の靴箱に入っている可愛らしい封筒ではないのは差出人が男だからだ。
「うぅ、」
は漆黒の瞳を潤ませて、ゴミでも持つような仕草で遠ざけるようにそれを持つ。
「何やってるんッスか?」
黄瀬が呆れたようにを見やる。その後ろには紫原もいた。二人はと赤司の隣のクラスのため、靴箱も自動的に近い。
「あれー、ちん、何持ってるのー?」
ひょいっと紫原がの手にあった手紙を取り上げる。
「・・・駄目だよ、開けたら縫い針とか出てくるよ。」
は背の高い紫原から封筒は取り返せないまでも、紫原の服の裾をくいっと引っ張った。
「は?え?」
黄瀬が目をぱちくりさせてを見る。赤司もそれは同じで、思わず首を傾げてしまった。
「えー、そうなの−?」
から取り上げたわりに、紫原はその手紙が何なのかあまり興味がないらしく、適当な答えを返して首を傾げる。
「うん。前の学校でもよくあったんだ。画鋲とか、縫い針とか、酷かったの。」
「かわいそーなちん、クッキー―あげる。」
が悲しそうな声で言うと、紫原は目尻を下げてしょんぼりしているの小さな手に、クッキーを握らせる。
「ひとまず、これは返しておくぞ。」
赤司はがもらっていたその白い封筒を紫原の手から取り上げて言った。
「それが良いよー。ちん、行こう、教室にお菓子まだあるからー。ね。」
が返事をする前に紫原はにっこりと笑っての手を引く。は首を傾げたが、クッキーを口に放り込んで紫原と手を繋いで教室の方へと歩いて行く。
「・・・赤司っち、それって。」
黄瀬は赤司が持っている手紙を見やる。
「ラブレターだろう。はいじめの手紙だと思ったらしいが、」
赤司はの見解に内心ほっとしながら、ため息をついた。
前の中学でいじめられていたは、多分白い封筒を靴箱に入れられ、その中身が縫い針だったり、画鋲だったりと開けられないようなものばかりをもらっていたのだろう。そのためこれがまともな手紙だと言うことすらも、想像できなかったらしい。
「っちって案外もてるんっスね。この間うちのクラスのサッカー部の奴も一目惚れしたとか言ってたっスよ。」
黄瀬はからりと笑って見せた。
中学二年生ともなると、やはり男女ともに恋愛にも夢中になる。はそういったことに疎そうだが、周りはそうではないのだ。実際にクラスではそう言った生徒が浮き足立っていたし、赤司もまた何人かの女子生徒から告白を受けたことがあった。
クラス替えも終わり、落ち着いてきた時期だからこそ、恋愛に夢中にもなれるのだろう。
「っちに好みの相手を聞いたんっスけど、安心できる人とか言うんッスよ。抽象的じゃないっスか?タイプは上のお兄さんと黒子っちと赤司っちだそうで、全然当てになんないし。」
黄瀬は赤司の相づちを必要としようともせず、ぺらぺらと話す。
恐らく居残り練習の時についでにそういう話しもしているのだろう。赤司が忙しくてどうしてもを迎えに行くのが遅くなるため、練習だけでなく無駄話もしているのだ。
「・・・黒子?」
赤司は少し黄瀬から視線をそらして、訝しむ。
「あ、やっぱり疑問なんっすか?」
「あぁ、上の兄というのは忠煕さんだろう。俺と忠煕さんは似ているところがある。だが、黒子と俺には共通点はないと思うぞ。」
赤司との兄はある意味やり手という意味でよく似ているし、親愛に分類されるだろうが、黒子だけがその三人の候補者の中で異彩を放っていた。と黒子が仲良しであるのは赤司も承知だが、黄瀬や青峰も同じ場にいるし、つきあいもある。なのに、何故黒子なのか、それがが言う安心できる人に合致するのか、正直よくわからない。
だからこそ、少し引っかかる。
「っち可愛いっスからねー。結構もてるんじゃないかと思って。」
「どうだろうな。ただ、幼馴染みとして、変な奴が寄りついてもらっては困る。の親からも頼まれているからな。」
赤司は黄瀬を牽制するように言った。
「黄瀬、おまえはそういう低俗な話が好きそうだな。」
「だって面白いじゃないっスかー」
黄瀬は赤司が言っても肩をすくめるだけだった。自分の恋愛よりも他人の恋愛の方が面白く思えるという奴だろう。
「赤司っちは良いんっスか?」
黄瀬はその特徴的な明るい色合いの瞳をきらりと光らせる。
その質問が何を示しているか赤司は百も承知だったが、答えてやる気もないし、自分の中の気持ちへも整理がまだついていない。
「尋ねている意味がわからない。つきあいは自由だろう。」
赤司とは確かに幼馴染みだが、が誰と恋人同士になるかは自由だ。赤司が口に出せることではない。それは青峰と桃井の関係によく似ていたが、青峰のように、に告白して良いかと聞かれて、イエスと答える忍耐は赤司にはなさそうだった。
最近、が男と仲良くしていると苛立ちを覚える。自分の感情に赤司は明確に気づいていたし、が傍にいないと不安なのも事実だ。ただそれが単なる依存なのか、恋愛感情なのか、赤司自身にもはっきりしない。
どうしたらはっきりするのか、と考える。
「あ、そういえば赤司っちもこないだ告られてたっスよね。」
黄瀬は楽しそうに笑って、話題を変えてきた。
先日、赤司は同級生の女子に告白された。それをどうやら黄瀬は見ていたらしい。試しでも良いからつきあってくれと言った彼女に、答えを保留にしたのは何故だったのか、赤司にはよくわからない。ただ、女の子とつきあってみたいという一般の男子と同じ感情は、なくはなかった。
「あぁ、そうだな。」
「っちが好きじゃないなら、つきあうんっスか?」
黄瀬はいつもの軽い様子で答えていたが、その瞳には鋭さが見え隠れしていて、赤司は軽く疑問符を心の中で浮かべる。
彼は、何が聞きたくて、何が話したいのだろう。
正直恋愛なんて、流石の赤司も興味がないし、ろくすっぽしたことがないのでわからないし、駆け引きなんて興味もない。誰かを好ましいと思うことがあっても、一目惚れなんてないし、存在そのものすら信じていなかった。
そう、多分赤司は『恋愛』なんて安易な感情、信じていない。
「どうしようか、」
ただ、うすうす感じているものはある。それを明確化させる必要性は多分あるのだろう。
どうせ成長の遅いには何もわかるまい。だから、別に問題ないだろうと、赤司は安易なことを考えていた。
ただは赤司が考えていた以上に流されやすく、つたなかった。
動き出す