しばらく一緒に帰れそうにないと赤司に告げられたは少し驚いた。

 同じ中学になってから、赤司家の離れで同居だし、同じ家に帰るのだから当たり前のように一緒に帰っていた。ところが、突然赤司が言ったのだ。しかも理由は、彼女とつきあい始めたから、一緒に帰るからだという。

 朝の登校も別々と言われた時は、赤司に常に起こしてもらっていたはどうやって起きようと少し頭を抱えたが、結局赤司の言葉を「わかったよ。ひとりでかえる。」というあっさりした返答で、受け入れてしまった。

 そんなを、彼は鼻で笑っていた気がする。



「赤司君、遅いですね。」



 黒子が少し不思議そうに言う。

 黒子と青峰、黄瀬がやっている居残り練習につきあうは、大抵赤司が迎えに来ると一緒に帰っていく。赤司は大抵部活ないでの仕事が立て込んでいて、遅くなるから、それを待っている間居残り練習につきあうのがの恒例だった。

 だが、今日はもうそろそろ帰ろうとしているのに、赤司が迎えに来ない。

 喧嘩でもしたのかと黒子と黄瀬、青峰が聞きにくいことでもあり、不思議に思っていると、はバスケットボールを持ったまま、けろりとした表情で答える。




「違うよ。征ちゃんは彼女が出来たからわたしと帰らないって、」

「えええええええええええええええ!!」



 黒子と青峰の驚きを押しのけるように、黄瀬が雄叫びを上げる。




「涼ちゃん、うるさいよ。体育館は響くから耳がきんきんするよ、」

「いや!そういう問題じゃないでしょ!?良いんっスか?!」




 思わず黄瀬はに歩み寄って、がしっと肩を掴んだ。




「何か困るの?」




 は黄瀬の言っていることがよくわからないのか、首を傾げて彼を見上げてしまった。

 赤司に彼女が出来ると何が困るのだろうか、にはよくわからない。とても寂しいとは思うが、彼だって忙しいし、彼女が出来たなら一緒にいたいのかも知れない。ふわふわとドラマの中の恋人同士を思い浮かべて、はそう思った。

 ただ、その中にいるのが赤司と誰かという、現実の住人と思うと、なんか不思議な感じだ。



?それって赤司君と一緒にいられなくなるってことですよ。」




 理解が追いついていないに、黒子が優しい声音で言う。は少し考えて、ひとりぼっちの自分を想像した。家ではどうせ同居だから赤司がいるが、帰り道に赤司はいない。一人で帰ることを考えると、心細い。




「・・・暗い道、こわいかもしれない・・・」




 は突然蹲る。




「え、っち、そこ!?」

「だ、だって、わたしそういえば、帝光に来てから一人で帰ったことってないかも。・・・どうしよう、道大丈夫かな。」

「おいおいおいおい、毎日帰ってんだろ?!」





 黄瀬や青峰がぐずっと鼻をすすっているに言うが、パニックになっているは自分の記憶に確証が持てなかった。

 そう、帝光中学に入ってから、は一人で帰ったことがない。よく考えてみたら赤司が過保護すぎて、暗くなって家に帰るのにひとりになったことはないし、広い赤司の家の離れで暮らしているが、離れまで行けるかどうかも心配だった。

 あまり迷惑をかけてはいけないが、家の中で迷ったら、使用人を呼び出すしかない。というか、ひとりなら、そもそも先に言っておいて、車で迎えに来てもらっても良かったかも知れない。




「ってか、っちって記憶力良いんでしょ?」

「・・・わたし、みたものをその順番通り並べるのって苦手なんだよ。だから見覚えのある方に進むんだけど、見覚えのある場所がいっぱいあると、季節感くらいでしか判別つかないんだよ、」



 断片的に見覚えはきちんとあるのだが、それを順番ずつ並べるのが苦手だ。仮に映像の中に番号がついたり、時間がわかる物があれば話は別だが、道というのは断続的な写真の複合体のような物で、それがいつなのか、いまいちぴんとこないのだ。

 そして記憶力を持つが故に、は記憶の中における空間把握能力に元々問題があった。




「でも、赤司君の家は何度も見ていることになりますから、その周辺もたくさん記憶にありますよね。」

「・・・そうなんだよね。だから、帰れないかも、」




 は少し困った顔をして、携帯電話を出す。

 ドラマで見るつきあった恋人同士は一緒に家に帰ったりする物だから、赤司も彼女とそうするつもりだろう。邪魔するのは申し訳ない。タクシーに乗りたくてもお金はいつも赤司が持っているので、は持っていない。

 ここまで方法がないとなると、の習性を知り尽くしている赤司のことだから、が困り果てて連絡してくることはわかりそうなものだ。

 それをしないということは、彼は彼なりに何か意図があるのだろうか。




「そういえば、しばらくって、なんだったんだろう?」



 はふと頭の片隅を赤司の言葉がかすめた。

 彼はに、「彼女が出来たから、しばらく一緒に帰れない、」と言っていた。でもその“しばらく”はなんなのだろうか。しばらくの意味は、少しの間と言うことで、彼もわかっているだろう。しばらく、とはいつまでなのだろう。

 大好きだから、つきあうというのならば、彼の好きには期間があるのだろうか。



「ん?」




 は無言のまま、きょとんとした丸い眼のままんーと首を傾げる。




「倒れますよ?」




 躰をぐーと首と一緒にそらしてこてんと倒れそうになっていたの肩を、黒子が支えた。




っち、いいんっすか!?このまま赤司っちとられちゃって!」




 黄瀬がに詰め寄る。

 赤司はのことが好きだと思っていたので、黄瀬は赤司がどうしてでない少女とつきあい始めたのか、よくわからない。それは黒子と青峰も同じだったが、はそれが何を示すのか、まったくわかっていないらしい。




「んー?なんでとられるって言う話になるの?」

「だって、彼女できたんっスよ?!」

「そんなの今は良いよ。わたし暗い道怖いし、どうやって帰ろう・・・」




 は先ほど一人で帰ることになって怖くて出た涙を拭う。

 この際居残り練習などせず早く帰るべきだったのだろうが、そんなこと、赤司に言われた時には気づかなかったのだ。鈍いに黄瀬はまだ色々言うが、の心配事は別にあるためか、上の空。躰をふらふら右左させながら、考えている。




「流石に酷くね?」




 青峰はちらりと隣にいる黒子を見る。

 赤司の考えていることなど明確にはわからないが、青峰も先日赤司が女子生徒に告白されていたのは知っている。というのも、その女子がモデルまでやっているくらいの美人で有名だったからだ。そのため学年でも噂になっていた。

 何となく雰囲気として誰もが赤司はが好きだろうと思っていたし、赤司が今まで誰かの告白を受け入れたことはなかったので、断るだろうと思っていたのだ。




「・・・のこと、試したいのかも、しれませんね。」




 黒子は不安そうに、酷く困った顔をしているを見て、ため息をつく。

 が赤司と一緒に帰れないことを一度は二つ返事で受け入れることも、気づけば一人で帰ることに不安を持つことも、赤司だってこうなることは100%承知だっただろう。ただ、目尻を下げて不安そうに揺れているを見れば、少し酷だ。

 まだは何も理解できない、ただ一人で夜道を帰ることに不安になっている。

 もしも、万が一彼女が一人で帰ると言い出せば、赤司に連絡しなければ、彼はどうする気なのだろう。彼はが目尻を下げ、瞳を揺らす表情に弱い。だから、こうして不安がっているを見ないために、ここにいないのだ。

 小さくて、歪んだ優越感を彼は欲しがっている。にはまだ芽生えていない、恋愛感情の代わりに、依存が欲しい。




「おいしいとこだけ持って行こうとか、ずるいでしょう。」




 赤司はを追い詰めて、試そうとしている。それは、ずるいやり方だ。それにどうやったところで、から親愛の情は出来ても、まだ恋愛を自覚させるなど不可能な話で、正直、自覚すべきなのは望み薄なでなく、赤司自身だろう。




、」




 黒子は不安に震えているに笑って、頭を撫でる。




「じゃあ、今日は僕と帰りましょう。住所を見ながらなら、探せるでしょう。」

「ほ、本当?」




 はぱっと顔を輝かせて、黒子を見上げた。それは心底安堵した表情で、黒子は目尻にたまった涙を、指先で拭ってやった。




「ねえ、。前に僕のこと好みだって言ってましたよね。」

「うん。」




 は前黄瀬がつきあいタイプの人間を聞いてきた時、長兄と赤司、そして黒子を上げた。




「だって、てっちゃんはふわぁってして、抱きしめられると安心できるの。」

「じゃあ、僕とつきあってみませんか?」

「良いよ。」




 空気よりも軽い、ちょっと出かけませんかののりに、も同じだけ紙切れのように軽い肯定を返す。




「えええええええええええええええええええええええそれでいいんっスか!?」

「てつぅうううううううううう!!」





 驚いたのは外野の方だった。

激動の予感