「喧嘩したのなら、早く仲直りしたほうが良いわよ。」





 赤司にそんなことを言ったのは、3年でマネージャーのまとめ役をしている鴻池だった。

 赤司がを避けているのは皆理解しているらしい。彼女が出来たから、幼馴染みのと距離を置いている、というようにはうつらなかったようだ。赤司はを気にしながらも話さないように、関わらないように完全に個人的には避けている。だからだろう。

 は何度か赤司にいつものように話しかけてきていたが、赤司は素っ気なく話を打ち切った。


 どうしても、と黒子がつきあっているという事実が頭の片隅をよぎって離れないのだ。いつものようにと話したいのに、不快でたまらない。そうして冷たくあしらうのを見て、皆は赤司とが喧嘩をしたと思ったのだろう。

 赤司が東谷という少女とつきあい始めたのが学年で広まっているのに対して、黒子とがつきあっているという話は、どこからも聞こえていない。おそらく青峰や黄瀬あたりは知っているだろうけれど、ふたりのバスケ部での態度は全く変わっていない。

 だから、変わったのは赤司だけなのだ。周りから見ても。





「・・・」





 第一体育館の鍵を閉めて着替えを終えて帰路につこうとすると、や青峰、黄瀬、そして黒子が練習をしている第四体育館ではまだ声が聞こえていた。

 と一緒に帰らなくなった赤司は、数日こそ恋人となった東谷と帰っていたわけだが、帰りにくだらない日頃の話をされるのが疎ましくなって、一人で帰るようになった。対してはだいたい黒子に送ってもらっているらしい。

 が嫉妬を抱いて変化してくれないかな、なんて浅はかな願いを抱いて、彼女を作ってとの幼馴染み関係の変化を願った赤司の行動は、一人になったが黒子とつきあうという最悪の末路をたどり、自分が嫉妬に駆られる羽目になった。

 しかも良くも悪くもと黒子はぴたりときているらしく、は赤司に無視されたりそげなく扱われるためにしょんぼりしてはいるが、黒子との関係はうまくいっているようだった。




「まずいですね、もうそろそろ帰りましょう。」




 黒子がまだ1on1をしている黄瀬と青峰に言う。




「え、今何時だ?」

「もう9時近いですよ。」

「マジかよ、最近赤司が来ねぇから、わかんなかったぜ。」





 大抵、作業や報告を終わらせて第一体育館の鍵を閉めた赤司が、を迎えに来る時に、それを合図に皆一緒に帰るというのが普通だった。黄瀬と青峰はどうしても夢中になってしまうため、すぐに時間を忘れ、黒子もそれにつきあってしまう。もなあなあでそれに従うため、時間がどんどん遅くなっていく。


 今から着替えて帰れば、10時だ。中学生が部活動で許される時間ではない。





「やばいッスね。姉ちゃんに殺される。」



 黄瀬はひくりと頬を引きつらせた。



「これは流石に僕も赤司君に怒られるかも知れないですね。」



 夢中になっていて忘れていたらしい黒子もふうっと息を吐いて、こめかみを押さえる。だがそれに黄瀬は少し不機嫌そうに表情を変えた。




っちと黒子っちってつきあってるんっすよね。」

「そうですね。ね?」




 いつも通りの無表情で、黒子はあっさりと答えてよしよしと三角座りをしているの頭を撫でる。





「ね。」





 も軽く小首を傾げてから、小さくこくこくと頷いた。

 部活動が土日もあるため別に黒子とが二人で出かけるわけでもない。特別な変化は帰りにを送るだけというそれだけだ。つきあっているというのかどうかも怪しい。そしておそらく二人はその関係を心地よいと思っているのだろう。

 たった、たったそれだけのことなのに、十数年間も幼馴染みとしてと過ごした時間が侵食されているようで、赤司は不快でたまらなかった。




、」




 第四体育館の入り口から赤司がを呼ぶ。




「征ちゃん!」




 ぱっと顔を上げたは少し怯えたように、でも嬉しそうに赤司に目を向けた。その表情に赤司は少しだけ心が和んだが、それでも先ほど感じた不快感を払拭するほどではなかった。



「もう9時だぞ、何をやってるんだ。」

「すいません。夢中になっていて遅くなりました。」




 黒子は目を伏せて、素直に赤司の言葉に謝罪を述べる。




「あ、ごめん・・・」




 もすぐにしょんぼりしていつも通り素直に謝って見せた。だが、彼女のそれが今は黒子を庇っているようで、赤司はを睨み付ける。怒りの目を向けられたは酷く狼狽えた表情で涙をためて、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 小さくかたりとの肩が震えたのを見て、赤司は長年連れ添った勘から、いけないと感じる。これは、泣く。

 だが、赤司が手を伸ばす前に、の隣にいた黒子が彼女の頭を自分の方に引き寄せるように撫で、赤司の視線から庇う。




「すいません、をつきあわせてしまったので。きちんと送りますから、」




 黒子はまっすぐ恐れることなく赤司を見て、言う。その色素の薄い瞳は赤司を恐れてなどいない。それが赤司のしていることのすべてをただまっすぐ間違っていると言っているようで、ぐっと赤司は奥歯をかみしめた。

 は一瞬眼を丸くしたが、涙のたまった目尻を何とか細い指で拭う。

 これ以上ここで言い争えば間違いなくは泣くだろう。赤司は自分を落ち着けるようにぐっと胸元を握って、踵を返した。




「鍵は用務員に返しておけ。すぐに帰る用意をしろよ。」




 言い残して、赤司は振り返らなかった。の泣きそうな顔を見るのはもう嫌だった。だが、は一瞬早く、ぺちゃっと座り込むと、くしゃりと表情を歪めて「うー」と声を上げる。蹲ったを振り返って、黒子は駆け寄った。




「ど、どうしたんですか?」

「い、いみわかんない、征ちゃん、なんで怒ってるの・・・?」





 振り返らない、振りかえれない赤司に、の悲しそうな声がダイレクトに突き刺さる。

 ぐずっと精神的に幼いは乱暴に目元をこする。本当は泣きわめいてしまいたいというのが本音なのだろうが、泣き出すのを我慢するように口をへの字にしている。





「・・・せ、せいちゃん、ずっと、ずっと怒ってる、わたし、なにかした?・・・わたしのこと、嫌いに、」 





 なった、と口に出して、それが本当かもしれないと思い当たってしまったのだろう。蹲って声もなく泣き出した。日頃感情的なだが、あまりにショックだったりすると、声もなく泣く。あまりにその姿が可哀想で、黒子だけではなく、黄瀬、青峰も目尻を下げる。




「あ、赤司っち、流石に話し合いを、」

「そうだって、」




 黄瀬と青峰は恐る恐るだが、赤司に意見する。彼がなにかを怒ってを冷たく扱っていることはわかっていたし、その原因が多分黒子とがつきあい始めたことだとも理解していた。そして怒っている赤司に意見するというのは危険なことだった。

 わかっていても、があまりにも可哀想で、たまらない。だが逆にその行動は赤司の苛立ちを煽っただけだったようだ。




「なんだ。俺は別に怒ってなんか、」

「じゃあこの間からどうしてに冷たいんですか?」




 黒子が赤司の言い訳にまっすぐ反論する。




「気づいたのはじゃなくて、赤司君じゃないんですか?」




 矢継ぎ早に畳みかけられて、赤司は呆然とした。図星だった。

 は多分、赤司が怒っていることに不安を抱いている。そう、彼女にとって赤司への感情は親愛と、安心から成り立っていて、そこにはまだ恋愛は育っていない。彼女はまだ赤司に対して嫉妬を抱いたりすることはなく、ただ純粋に寂しかったり、不安だったり、そういう感情だけしか抱いていない。

 でも赤司は違う。


 恋人を作ったのはに嫉妬して欲しかったからだ。黒子がとつきあい始めて感じたのは間違いなく嫉妬だ。だからに冷たくした。彼女と黒子が一緒にいるのが胸が痛くて、恋人らしいことをしているのを見るのが嫌だった。

 確かに、今まで幼馴染みとして培ってきたものが消えてなくなるのが怖かったというのはある。だがそんなことどうでも良いほどに、激しい嫉妬が心の中にある。

 それから赤司は、目をそらしていただけだった。




「だから、なんだ。」




 赤司は首を横に振って、黒子の言葉を否定する。

 だったら何故、赤司の気持ちも承知していて、黒子はとつきあったとでも言うのだろうか。赤司は苛立ちを隠すことも出来ず、ひとまず家に帰るという選択をした。




安易な感情の発露