実渕に指示を出して、結局赤司とはミミズクのために部活に遅れた。
「おいおい、なんだよあれ。結構でかくね?」
根武谷は耳をほじりながら、少女の頭に乗っかっているミミズクを見る。
一時間ほどで帰ってきたはまたあの後泣いたのか、それとも赤司に怒られたのかはわからないが、ひとまず泣きはらした目で、腕にくるりとした丸い眼のミミズクを抱えて部活にやってきた。
彼女が遅刻したり、さぼるのは珍しいことではないが、流石にミミズクを腕に携えてきたのは初めてで、部員の視線を集めていた。彼女はそれが不快なのか、舞台袖のカーテンの影に隠れて部員たちの練習を見ている。
ところがそのミミズクがかなりでかい。
「いや、縮尺じゃね?あの子ちっこいしー。」
葉山はを目にとめ、言う。
彼女はおそらく学年で一番背が低い。しかも頭が大きく、可愛いが目が大きくて童顔だ。だからこそそこそこの大きさのミミズクも彼女といると大きく見える。ただ種類的に大きいミミズクなのは間違いなさそうだが。
「・・・何がすごいのかしらね。」
実渕は思わず呟いていた。
練習後に赤司がに何かを聞いているのは知っていた。だが彼女が赤司の恋人という以外に、どんな力があるのか、彼が入ってきて、部を掌握した今でも、まだ聞いたことがなかった。ただ少なくとも逆らった部員を叩きつぶす手助けに十分な力を持っているであろうことは間違いなさそうだった。
彼女も彼が部活を掌握するまでは、必ず部活に来ていた。だが、その力を読み取るのは非常に難しい。
実渕がミミズクの件を見る限りわかるのは、あの子は感情の起伏が激しく、素直だと言うことと、たくさんの情報を一度に処理しようとするとパニックを起こすと言うことくらいだ。
要するに彼女はあまり“頭”の方は良くない。
バスケ部でも大抵その辺に座って、メモもとらずに試合や練習を見ているだけなので、“座敷童”とあだ名されているらしい。それは赤司が何故つれているのかもわからない、縁起担ぎか、という嫌みも含まれていた。
とはいえ、あの赤司が縁起担ぎごときのために恋人にしたとも思えない。
「あれ?レオ姉しんないの?」
葉山があっけらかんとした明るい声で瞳を揺らす。
「何がよ。」
「多分、あの子妹じゃないの?」
「誰のだよ?赤司のかぁ?」
根武谷が眉を寄せて、珍しく興味深そうに問いかける。
「そんなわけないって。忠煕の妹じゃね?だからあの子赤司と一緒にいんだよ。」
「・・・まさか、あの子。でも、年齢が離れすぎてるわよ、」
実渕だけではなく、バスケットボールをやっているなら誰でも知っている。
忠煕は数年前まで天才的な大学生プレイヤーとして有名だった。恐ろしい程の記憶力、高いIQ、そして優れた動体視力に裏打ちされた実力は、並ぶものがいないと言われた。彼は何故かプロにはならず、現在は普通の会社に勤めているようだが、伝説は今も残っている。
ただ、彼はもうすでに30歳過ぎているはずで、は16歳。年齢が離れすぎているため、名前が同じでも誰も彼女が妹だとは考えもしなかった。
「えー、絶対そうだって!そっくりじゃね?」
「あんたの言うことわかんないわ。似てるかしら?それに根拠は?征ちゃんから聞いたの?」
「え?ない。ってか、勘?」
実渕は葉山の言葉に眉を寄せた。
忠煕を見たことは雑誌で何度もある。言われてみれば似ている気もしなくはないが、それでもすらりとしていて知的なイメージのある彼と、容姿が幼くて小さいが似ているとは思えない。それに、だからといってをやはりマネージャーとして側に置く意味もわからない。
部活も終わり人もまばらになっている。その中で彼女は舞台に座ったまま、退屈そうに片付けをしている人々を眺めていた。
ミミズクはと同じように部員たちを眺めて、くるりと頭を回してみせる。そのつぶらな瞳がそっくりで、そういえば彼女のあだ名になっている座敷童も会えれば縁起が良いと言われるが、実渕はふくろうも縁起が良かった気がするなと、どうでも良いことを考えてしまった。
「聞いてみたらわかるじゃん!」
「ま、待ちなさいよ!」
「良いじゃん。ねぇ、なんで赤司と一緒にいんの!?」
単純な葉山はきらきらした瞳で言って、の方へと駆けていく。実渕は慌てて止めたが、彼は一直線にへと向かっていった。
「・・・誰も触れねぇところをあっさりと。」
根武谷は呆れたような視線を彼の大きくはない背中に向ける。
赤司があまりを周りになじませるのを望んでいないとわかるから、誰もに触れないのだ。赤司はを側に置きたがる。それは自動的に、が他の人と関わる機会を奪っているし、赤司自身もそれを望んでいるのだ。
なのに、葉山はあっさりそれを踏み越える。
「ねーねー、おまえって忠煕の妹だよね?」
「え?」
は葉山の勢いに驚いて後ろに後ずさったが、言っている意味がわからなかったのか、大きな目を瞬いて、首を傾げる。同時にミミズクも同じように大きな目を瞬いた。
「だから、赤司といるの?」
葉山はどこまでも、無邪気に問う。体育館に残っているのは少数の人間だけだが、視線がに一直線に集まる。それを感じてか、は表情を青ざめさせた。
「ちょっと、あんまりいじめたら駄目よ。」
実渕は腰に手を当てて葉山を止める。
「えー別に簡単なことじゃん。何で赤司といるのかって話でしょ?」
あまりに平凡に見える彼女が何故赤司の傍にいるのか、それは誰もが気になっていることだ。恋人だからという割には、バスケ部にあまりに深く関わりすぎている。それにあの赤司が恋愛感情だけでをバスケ部に招き入れるとは誰もが思えないのだ。
彼は皆が納得できないことは絶対にしないのだから。
「わ、わか」
が何かを言おうと口を開き、声を発する。だがそれをすぐに低い声が遮った。
「、今日の報告が聞きたい。」
それは体育館の入り口にいる赤司から発せられたものだったが、一瞬にしてあたりを支配する。彼は少し大股での所に歩み寄ると、舞台に座っていて視線が自分よりも高くなっているを見上げる。だが、その光る瞳からは、誰も逃れられない。
はぎゅっと拳を握りしめ、目尻を下げる。
「え、うん、え?ここで良いの?」
「あぁ、小太郎たちは、どうやら理由を知りたいらしいからな。」
赤司はなんてことはないとでも言うように、自分のシャーペンをかちかちと押して、持っているノートに書く準備をする。
「・・・本当に良いの?」
の方が気になるのか、赤司に確認する。
「あぁ、だから僕のは言わないでくれ。ただ皆が聞きたかったみたいだからな。」
赤司はさらりと言って、に促した。
はぽかんとしている部員たちを見ながら、ますます目尻を下げる。それは明らかに藪から蛇を出した部員たちへの哀れみが含まれていた。
「まず小太郎から。」
「ボールをとって踏み出す平均はスティールの場合反応に平均1.2秒。右からとられる時左が8割。ドリブルの時、指を選ぶため、踏み出す瞬間に何本でドリブルするか・・・」
「げぇ、やめて!ストップ!!」
葉山が慌てた様子で手を振る。
これでは公然と手品のネタばらしをされているようなものだ。赤司はあらかじめこれを予想していたのだろう、軽く小首を傾げて笑う。
「知りたかったんじゃないのか?ちなみに今までの練習で培われた全員分のデータがの頭には入っている。」
「知りたかったって言うか、これって・・・」
反則という言葉を、赤司の冷たい目を見て、葉山は飲み込んだ。
「莫大な記憶力とそれ故の統計。これがだよ。」
赤司は驚くほどに優しい目をに向ける。それは慈愛に満ちたものだったが、の握りしめた手は小刻みに震えていた。
スカウティングなんていう、生半可なものではない。まさに統計学だ。しかも驚くほどの洞察眼と、莫大な記憶力、そして動体視力に裏打ちされた予測。それは身体能力という点でずば抜けたものを持たない赤司にある程度の予測を与える物であり、ある意味で天帝の目の根源だ。
天帝の目と言っても、コート内のすべてを見通せるわけではない。だがの予測とあわせることで、ほぼ完全なゲームメイクをすることが出来る。
ただ彼女は諸刃の刃ともなる。だからこそ、彼はを傍から離さないのだと、誰もがそう納得した。
Die Faehigkeit