は洛山高校に入学すると同時に、京都に戻った。

 とは言っても、今度はの父所有のマンションに、赤司とともに住むことになったので、環境はあまり変わっていない。だが、本当のところは東京に進学したかったし、もう逃げないと理想を求めた黒子と同じ高校に行きたかった。

 なのに、勝手に赤司が自分のスポーツ推薦で洛山高校に行くと決まった途端、洛山への書類を出してしまったのだ。しかも洛山は名門校で、公家関係者だと推薦入学がある。そのせいで合格が決まってから言われ、逃れようがなかった。

 長兄の忠煕に別の高校も受けたいと言ったが、中学の時赤司と別の中学に行った途端にいじめられ、赤司と同じ帝光中学に編入した経緯があったため、逆には兄に、やりたいことが見つかったら編入しても良いから、一端洛山に行けと言われてしまった。




「寂しい。」





 みんな変わってしまった。別々の道を歩き、別の高校を選んだ。

 自分のこのいい知れない感情を表現するために、は誰についていくことを選べば良かったのか、多分、答えは明確だった。でも今は昔と変わらず、皆が変わる原因になってしまった赤司の隣にいることを義務づけられるような状態になっている。


 そして今、はひとりぼっちだ。


 赤司が学校を掌握すると同時にを恋人だと言わずとも示したため、いつも彼といるに声をかけてくれる人はほとんどいない。いたとしても赤司が対応してしまって、話をまともにすることも出来ず、友達は未だに一人もいなかった。

 最悪なことに赤司とクラスも一緒のため、ますます始末に負えない。

 4月も半ばになると、徐々にグループが出来てくる中で、教室でひとりぼっち。赤司が何かと誘ってくるが、だからといって彼といるのも嫌で、は彼から逃げ続けていた。

 バスケ部もすぐに彼に屈してしまって、帝光時代と変わらない。天才と言われる2年生が三人、そして一年に赤司がいるため、スタメンは少なくともこの四人に確定だ。控えを含めても自分の限界を知り、天才ばかりがすべてを支配する。


 3年生の多くが厳しい練習と自分の才能の差に絶望し、いなくなってしまった。

 勝ったと腕を振り上げるような、大きな思い入れが見られないのだ。

 バスケ部にも入部したくなかったけれど、彼に無理矢理入部させられ、不満を口にはしたが、全く聞き入れられなかった。一応どうしても重要な試合や、相手チームがどうしても強い時は赤司に捕まるようにしているが、それ以外は全力で逃げている。

 何を言ってもどうせ正論で言い負かされるだけだし、無理矢理引っ張って連れて行かれることもあるので、結果的に毎日部活に行きたくなくては放課後、逃げ回っていた。

 大抵放課後になった途端、彼に捕まっていたので、最近は昼からの授業は出ないことにしている。昼の休み時間、彼は用事で席を外すことが多い、から目を離す時間が増えるため、そこなら逃げ出せるのだ。

 びぃっと、ミミズクが高くなく。




「ね、わたしのお友達はひとりだけ。」




 昨日拾ったこのミミズクだけが、今のの友達だ。

 一人ではお腹がすかないので、昼にはいつもひなたぼっこをしに中庭に出る。広い中庭の木陰は背が低い木もたくさんあり、そこに滑り込むように眠っていれば、気持ちよいし、誰もこんな所に入り込めると思わず、下を確認しないので、赤司に見つけることもなかった。

 授業なんてどうせ見ているだけだし、眠るにこしたことはない。最近は家に帰っても赤司とあまり話すことはない。というか、友人もいないし、楽しいこともないので聞かせたい内容自体がない。だからすぐ眠るようにしている。

 目を閉じて、何も考えないようにして、そして意識が落ちていくのを待つ。それは決して難しいことではない。

 はいつも通り、昼からの安眠をむさぼることにした。















 ほーほーと声を上げ、こちらに愛想を振りまいているミミズクを見た時、赤司は思わず呆れた。このミミズクはどうやら、赤司の顔を覚えているらしい。



「この子、の?どっから出てきたのかしら。」




 実渕は頬に手を当てて軽く首を傾げる。だが迷わず赤司は近くにあった低木の影を見た。



「なんてところに。」

「え、?」

「・・・そうだ。」




 枝振りの低いそれの下をのぞき込めば、くるりと丸まった見慣れた影がある。元々小さいので丸まればもっと小さいし、の体つきを考えれば隠れるに十分な大きさだ。最近見つからないと思っていたら、こんなところに隠れていたらしい。

 昨日が拾ったミミズクは、何故かに懐いている。

 病院に連れて行った時もからなかなか離れず、その後練習に戻った時もの膝の上にずっといた。黙って彼女が家に帰り、一緒にテレビを見ながら嬉しそうにぴいぴいと鳴いていたし、眠る時は彼女の部屋にいたようだ。

 少なくとも半径一メートル以内から離れることはないだろうから、近くにがいるだろうと予想したのだが、その通りだった。



「まったく、」



 赤司は軽くこめかみを押さえ、この少女をどうしようか息を吐いた。

 赤司がバスケ部を掌握するまではぶつくさ文句を言いながらもちゃんとついてきていた彼女だが、バスケ部を掌握し、部長にのし上がった途端にはバスケ部に来なくなったし、さぼるようになった。何度赤司が怒っても、“つまんない”という抽象的な言葉ですぐに逃げ出す。

 元々自分の行動の理由を言葉にするのが得意ではないの話は、赤司には感性的すぎて何度聞いてもよくわからない。どうして欲しいかという明確なものもない。だから部活に入った限りはさぼるなんてあり得ないと注意するのだが、じゃあやめると返してくる。

 一応ある程度洛山にとって重要な試合は嫌々ながら見に出てくるし、敵が強い時もちゃんと部活に参加するので、彼女のわがままを怒りながらも、認めているところが赤司にはある。




「・・・私が、彼女を探すようにしようかしら。」





 実渕は目尻を下げて少し困ったように、赤司に声をかけてきた。




「征ちゃん、随分困っているみたいだから。」

「そうだな。困ってはいる、な。」




 実渕の指摘に、赤司は大きく頷いて苦笑する。

 そう、だけが、赤司を困らせ、焦らせ、どうしようもない感情に誘う。彼女を従わせる方法はいくらでもある。感情に訴えれば優しい彼女を利用することは出来る。だが、彼女にはそういう汚いやり方を使いたくない。それは赤司なりのに対する愛情でもあったし、それをすれば自分が終わると言うこともわかっていた。

 は赤司の良心だと言っても良い。彼女には小手先のごまかしや、策略は使いたくない。だからこそ、どうしても赤司はに強く出られなかった。今でも彼女に納得して、一緒にバスケ部にいて欲しいと、隣にいて欲しいと願っているからだ。


 結局の所、は勝利にこだわる赤司のやり方が好きではないのだろう。淡々としていてつまらないと口にしている。それも理解しているし、彼女を手放せば良いのかもしれない。東京から離されてしまい、友達が出来る機会も与えられず、寂しいこともわかっている。

 それでも、赤司はを手放すのが嫌だった。の才能を見れば誰もが赤司が彼女にこだわるのは当然だと思うだろう。でも赤司は嫌になる程知っている。それは才能故ではない、才能を盾にした、ただの独占欲と恋愛感情だ。

 彼女の本当の才能を知れば、皆彼女を赤司から奪おうとするだろう。だから、赤司は誰よりも輝いていなければならない。を隠すほどに、強い光でなくてはいけない。同時には、光であってはならない。

 ないまぜの感情は、赤司の判断を鈍らせる。




「そうだな。捕まえるのは難しいとは思うが、それも良いのかもしれないな。」




 どうせ赤司はに家で会うことが出来る。少し距離を置き、違う人間と関わらせることが出来れば、の寂しさや不安定さも少しは取り除かれるのかもしれない。




「ただし、に害をなしたら誰であろうと叩きつぶす。」





 は当初別の中学に行っていた。そこで酷いいじめに遭い、対人恐怖症になるほど傷ついて、ぼろぼろになって、彼女は赤司のいる帝光中学に入ってきた。たった一年足らずでも、彼女の心に深い傷を残しているのは間違いない。

 だから、赤司は彼女に害をなす人間だけは、どんなことをしても許す気はなかった。その気迫は少なくとも実渕に痛いほど伝わったのだろう。




「わ、わかってるわよ。それに要するに、どうにか説得して、部活につれてこれば良いってことでしょ?」

「説得が出来たら僕はこんなに困っていない。」




 実渕の言うとおりなのだが、赤司ですらも彼女には手を焼いている。

 正論を言っても、納得できないとはそれを無視する傾向にある。もともと頭が良い方でもないし、言葉にならない時は態度で示してくる。それが今の状態だ。はバスケ部に無理矢理入れたことに納得していないので、さぼりについてどれだけ正論を言っても無駄なのだ。





「じゃ、じゃあ、無理矢理引きずることになる・・・わよね。」





 実渕はどこまでして良いのかわからず、首を傾げる。




「暴力以外なら、網で捕まえるでも何でも手段は任せるよ。」




 赤司は小さく笑って、木の下にいるをもう一度のぞき込んだ。




「ただし、を捕まえるのは存外難しい。」

「でも、ただの女の子でしょ?」

「まぁね。でもは走りが結構早いし、良い目を持っているからね、華麗に逃げてくるよ。僕が困るくらいには。」




 そんなに簡単に捕まるくらいなら、赤司はこれほどに困っていない。赤司はこれ以上ないほど誰よりものことを知っているが、それでもは驚くほど捕まらないのだ。しかもクラスが一緒であることを警戒して、昼からの授業は休んでくる。




「さて、、」




 低木の下に手を伸ばして、丸まっている彼女の太ももをぽんぽんと叩く。170センチ以上ある赤司では、這いつくばるかしないと、を引っ張り出すことは出来ない。ならば自分で出てきてもらうしかないだろう。




「う、ん、うー、」





 は寝言のようなよくわからない声を漏らすだけで、起きる気配はない。の傍にいるミミズクが、ぽてぽてと木陰に入っていき、を起こそうとするようにくちばしで髪の毛を引っ張るが、は寝返りを打つだけだ。





「足を引っ張って引きずり出すのは流石に気が引けるんだが・・・、!、」






 赤司はもう一度少し声を荒げ、の太ももを叩く。やっと何かが自分に触れていることに気づいたのか、は眠たそうに目を瞬き、身を起こそうとする。だがそれは危険な行為だ。




、動くな!」





 赤司が厳しい一言をかけると、はぴたっと動きを止めた。の背が低いとはいえ、身を起こせば低木に頭をぶつけるに決まっている。はそれに気づいてはっと顔を上げたが、赤司と低木とを見比べてあからさまに嫌そうな顔をした。





「出てこい、今日の鬼ごっこはここまでだ。」

「・・・やだ。」

「そんなところにいれば怪我をするぞ、腕や太ももの擦り傷は最近ここにいたからか。」




 赤司はの腕や太ももついているいくつかの擦り傷を見て、木の上かと怪しんでいたのだが、まさか木の下だとは思わなかった。しかも低木だ。ここでひっぱりだそうとしてもめれば、が怪我をするだろう。それは何よりも避けたかった。

 は観念したのか、低木を這うようにして赤司の方へと来る。




「頭に気をつけろよ。」




 赤司はに手をさしのべ、もう片方の手での頭を枝から守るようにした。彼女はその手に小さな自分の手を重ね、目尻を下げて小さく息を吐く。




「まったく。」




 呆れたように呟きながら、赤司はそっと彼女の小さな頭をそのまま抱えるように抱きしめた。





「次はもう少し傷が増えないような場所にしてくれ。」




 懇願するように困ったような声音には心配がにじんでいる。は答えなかったが、彼の腕を拒むこともなかった。

 それが、今の赤司との不安定なあり方だった。
Das Schwanken