『聞いてくださいよぉ、黒子っちにふられたんっスよ!』





 の携帯電話からこちらが聞くに十分なほどのけたたましく響く声が鬱陶しい。





『誠凛なんて無名んとこに行くなんて聞いてないっスよぉ!しかもそげなくふられたんっス〜』

「ふぅん。」 






 は鞄を抱え、肩にミミズクを乗せ、耳にはスマートフォンを当てたまま、適当な返事をする。

 今日は赤司に捕まえられ部活に参加していただったが、今は帰り道だ。一応レギュラーたちとマジバによってから帰ろうという話になっているため他の部員たちも一緒なので、さすがに通話は褒められたものではなかったが、が電話をとった途端怒濤のごとく会話は始まった。

 原因は黄瀬のマシンガントークだ。黄瀬は話し出すと止まらないし、相手の言うことは聞いていないので相づち程度で良い。だから話し相手が欲しい時、相手が電話を切るまでに全部話そうとするのだ。とはいえが電話を切ろうとするとは思えない。


 は大抵この黄瀬のマシンガントークにつきあう傾向にあった。

 恋人が他の男と長電話をしているのはあまり気持ちの良いものではないが、声まで丸聞こえで、嫉妬を抱くタイミングが呆れに押しつぶされた気がして、赤司は眉を寄せるだけに留める。





「ちょっと、誰よ。」






 実渕がに直接尋ねる。最近二人は普通には話すようになったらしい、も話しかけてくる人を邪険にするようなタイプではないので、意志疎通は図れるようになっている。




「涼ちゃん、帝光の時の友達。」





 はスマートフォンの会話口を夫妻でこそっと実渕に言う。





「え、それってキセキ!?」




 実渕は眼を丸くして尋ねたが、はすぐに電話に戻った。




『聞いてるんすかぁ?!だいたい、キセキの世代を倒すとか言われて黙ってられるわけないじゃないっすか〜、しかも練習試合なんっスよぉ、』

「え、わたしも見に行きたいな。絶対真ちゃんも来るって。」

『来ますかねーあの人。』

「絶対来るよー。その日のラッキーアイテム持って。でもてっちゃんは嫌がると思う。むぅってするよ。」

『確かに!黒子っちって結構ポーカーフェイスじゃないっすよねぇ!!それにっちが言う緑間っち来るっスね・・・。』

「なんで?」

っちがそういうこと外したことないじゃないですか。あの人微妙にあわないんっすよね。』

「大丈夫だって、かみ合ってたのは、絶対征くんだけだから。」

「かみ合っていた自信はないがな。」





 赤司がぼそりと言って、を見下ろす。





「もうそろそろ切れ。流石に玲央たちに失礼だろう?」

「えー、わかったよ。涼ちゃん、わたし、忙しいみたい」

『忙しいみたいってなんっすか!?』

「うーん、征くんいるから。また電話かけ直すよ。」

『わかったっす!』





 納得したのか、黄瀬の方から電話が切れる。




「またかけ直すのか?」

「え?うん。練習試合の話聞くの忘れたし。」




 は何でもないことのように言って、電話が切れているか確認する。

 と黄瀬、青峰、そして黒子は昔から仲が良かった。何か困りごとがあると最初に黒子に電話する。真剣な相談事は青峰。黄瀬からには勝手に電話がかかってくる。話しやすい相手と言うことなのだろう。それは京都に来てからも変わっていない。

 が東京に帰りたがっていることを、赤司はうすうす気づいていた。





「キセキかぁ、早くやりたいね。」




 葉山がバスケットボールを持ったまま楽しそうに言う。





「だな。」






 根武谷も同意見なのか、大きく頷いて見せた。はじっとその様子を見たが、興味がないのか、もう一度スマートフォンの画面を見た。彼らのバスケよりも黄瀬と黒子の試合の方が気になるらしい。

 は赤司とバスケ部に一応協力しているが、心はここにない。




って、鈍感よね。」




 実渕が呆れたような視線をに向ける。





「何が?」

「だって、普通恋人が男と長電話していたら、気分良くないものよ。」





 軽い調子で言った彼の言葉は、まさに赤司の心情を言い当てていた。言われた本人であるはよくわからないのか、首を傾げる。





「どうして?」

「どうしてって、貴方だって征ちゃんが女の子とたくさん話をしていたら嫌でしょう?」

「なんで?」

「あんた・・・本当に鈍いわね。」




 実渕はますます呆れたようだった。だが、赤司はわかっている。

 は本当にわからないのだ。彼女は赤司のことを大切には思っているし、大事にしている。幼馴染みだから傍にいたいとも思っている。おそらく赤司の傍が本質的には安心するはずだ。赤司が恋人だと言うことも理解はしている。

 でも、恋愛感情は全くない。なぜなら本当に彼女が好きなのは、





「まぁ、良い。あまり夜更かしはするなよ。黄瀬は話が長いからな。」

「うん。でも見に行きたいなぁ、てっちゃんと涼ちゃんの試合。」






 はにこにこと笑って言う。

 彼女が“ちゃん”づけで呼ぶのは仲の良い人間だけだ。幼い頃ちゃん付けで呼ばれていたのは赤司だけだった。帝光中学に入って、キセキの世代と何人かがその中に含まれた。だが赤司が変わってから、は赤司のことを“征くん”と呼ぶようになった。

 溝は確実にある、そして広がっている。




「金曜日の夜に行ったら間に合うかな。」

「土日も部活だぞ。」

「きっとてっちゃんと涼ちゃんの試合の方が面白いよ。」

「涼太が勝つに決まっているだろう。」





 基本的に黒子は単独では戦えない。強豪ではない無名の高校だと言うことを考えれば、彼の光になれるような人間はいないだろう。そうなればキセキの世代であり、天才的な才能を持つ黄瀬に、黒子が勝つことは絶対に出来ない。

 結論の見えきった試合ほど見に行くのに無意味なものはない。





「そうかなー、てっちゃんは強いと思うけどなぁ、あとでてっちゃんにも電話しよう。」




 は本当に彼のことを話す時は楽しそうに笑う。幼い彼女に自覚はないだろうが、その嬉しそうな表情は自分に向けられるものと全く違う。赤司はを疎ましげに睨んだが、背が小さく携帯を見ている彼女は全く気づかない。

 黄瀬はともかく、赤司はの口から黒子の話題が出てくることが大嫌いだった。





「貴方、キセキの世代みんなと仲が良いの?」





 実渕は赤司の表情が怖かったのか少し赤司を窺いながらに尋ねる。





「うーん。真ちゃんは微妙。なんか兄様みたく口うるさいし。」

「真ちゃんってあの緑間真太郎?」

「うん。真ちゃん」





 キセキの世代が強いと言うことは実渕も痛いほどに理解しているが、のつけている愛称はどこか気抜けする。




「真太郎は真面目なだけだろう?」




 赤司は一応一番仲が良かったこともあり、緑間を擁護する。

 確かに真面目が変な方向にいっているのかもしれないが、基本的に彼は世話焼きで、かつ物事をきちんとしたいのだ。それが比較的本能で生きており、日和見主義な青峰、黄瀬、紫原、そしてにはまったくかみ合わないのだ。




「それが嫌なんだよ。」

「そこが良いんだろう。」





 ある意味で、と赤司もまたかみ合っていない。二人はあまりに違いすぎて、どうしようもない。溝は広がっている。

 それを赤司は理解していた。






Die Grenze