5月の連休ともなると、インターハイの予選が始まる。それに伴い練習の激しさも増し、練習試合も行われる。
「、みーつけた。」
実渕の男性にしては少し高い声音が響く。屋上でクッションまで持ち込んで今日は午睡を貪る気だったが、早々に起こされて、不機嫌そのままに目線だけ彼によこすと、彼は「眉間に皺」との額をつんつんと指でつついた。
「今日練習試合よ。」
「あ、そー。じゃあ征くんがわたしを探してるね。」
もうそろそろ場所を変えないと、彼がやってくるかもしれないな、とは考えながら、太陽の心地よさに動く気になれなかった。
今日は土曜日だ。昼からの授業はないから、練習試合なのだろう。
「征ちゃん、きっと待ってるわよ。」
実渕は少し目尻を下げて、悲しそうに言う。
の居場所を知っていても、彼はそれを赤司に言わない。最初の日はを追いかけていた実渕だったが、次の日から無駄だとわかったのか、追いかけてこなくなった。代わりに時間がある限りしゃべりかけてくる。
は赤司とばかり一緒にいたから、友達もあまりいない。赤司にバスケ部に連れて行かれることを避けるために、基本的には教室に留まらないのでなおさらだ。
「うーん、そうだねぇ・・・」
クッションを抱きしめて、少しひんやりとしたコンクリートに転がる。5月ともなれば外気の温度は高いため、別に眠っていても寒くはなかった。
彼が待っている、と。それはある意味正解で、ある意味不正解だ。
赤司はいつもを側に置きたがる。それが彼にとっての安定剤なのかもしれない。でも彼のバスケはつまらないし、その退屈なバスケに踏みつぶされていく夢を持っていた人を見るのも嫌だ。だからは逃げる。
バスケが関わらなければ、は彼とうまくやっていけるだろう。でも、バスケは彼の生活に大きく関わっていて、それなしで生きることは出来ない。なのに、彼のバスケを見ていると自身どんどんバスケが嫌いになっていく。彼との溝を広げるような、溝を明確化するような気すらする。
赤司がにバスケと関わることを求めれば求めるほど、は彼のバスケが嫌いになる。そしてそれと同時に彼のことを疑い始める。でも彼にとってバスケは生きていく糧だ。
「征ちゃんは、のことが好きだと思うわよ。」
実渕は悲しそうな声音で言う。
「そう、かな。」
「そうよ。だって征ちゃん、とても怖い顔してたわ。貴方が黄瀬涼太と話している時。」
赤司が感情を表に出す時はあまりない。だが、のことになると彼の表情はすぐに変わる。利点、欠点、利益、損失。そう言った理性的な部分しか見せない彼が、感情で動くのはのことだけだ。
彼はに対してだけは明確な感情を見せる。
「実渕先輩って、征くんのことよく見てるよね。」
はにっこりと笑って、実渕に返してくる。
「・・・そうね。だから貴方のことも興味があるわ。」
実渕は隠しもせずに答えた。
最初はを思われ、大切にされているのにそれを踏みにじるようなことばかりする、疎ましい少女だと思っていた。だがは非常に率直で素直で弱いくせに、自分の納得できないことには従わない。そのひたむきさと強さを赤司は愛している。
自分とは全く違うからだ。
「うん。わたしも実渕先輩は好きだよ。」
仰向けになったままのは実渕をまっすぐ見上げた。さらさらと風に繊細な髪が揺れて、黒光りしている様子が綺麗だ。
彼は心から赤司のことを大切に思っているだろう。だからこその所に来て、赤司の望むままにを捕らえようとした。でものことを知って、を尊重しようとしている。それは赤司に対しての裏切りと言うことが出来たかもしれないが、同時に自分の心に素直だと言うことだった。
今もの居場所を赤司に言うことはできるだろうが、そういうことは絶対にしない。ただとよく話し、どうしてそうしたいのか、理由を知りたがっている。どうせ無理矢理連れ戻したところで、また逃げるだろうからだ。
「ねえ、玲央ちゃん。」
「何それ。私、先輩なんだけど。」
「じゃあ玲央ちゃん先輩?」
「もう良いわよ。」
実渕はの言葉にため息をつく。そんな変なあだ名をつけられるくらいならば“玲央ちゃん”の方がましかもしれないと考えたのだろう。
「わたしはね、涼ちゃんもそうだけど、友達や仲良しの人にはちゃんづけで呼ぶの。」
「へぇ、・・・え?」
興味なさげだった実渕がふとを見下ろして眼を丸くする。それは自分が仲が良いと見なされたことへの驚きではなく、ひとつのことに気づいたからだろう。
沈黙を破るように、屋上の扉が開く音がして、かんかんと鉄製の簡易梯子を登るローファーの音がする。それが止まる頃には少し固そうな赤毛がの視界の端に現れた。
「征ちゃん、」
実渕が彼の名前を呼ぶ。
「こんなところにいたのか。クッションまで持ち込んで。」
黒いシャツを来た彼は、少し呆れたような顔で息をついた。は身を起こすことなく、彼を見上げて、ふぅっと深呼吸をする。
「行くぞ。今日は関西の強豪との練習試合だ。」
「征くん出ないでしょ?」
「僕が出ないことと、おまえが見なくて良いかどうかは関係ない。」
赤司は言うと膝をつき、の腕をとる。その手に促されるまま、は身を起こした。
「せっかくのお昼寝日和だったのに。」
「試合が終わったら、好きにしろ。試合だけは見てもらうぞ。」
「はぁい。」
は渋々クッションを持って立ち上がる。赤司は眉を寄せたが、のスカートについている砂が気になったのか、何の遠慮なくぱんぱんと軽く叩いた。
「玲央ちゃんも行くの?」
「・・・玲央ちゃん?」
赤司が聞き慣れない呼び方に僅かに反応する。幼馴染みであるので、彼とての他人の呼び方とその理由は知っているだろう。彼にとっては気分が悪いのかもしれないなと実渕は思いながらも、できる限りに普通に答える。
「行くなんて、当たり前でしょ。私、レギュラーよ。」
「ふぅん。そうなの。」
「そうなのってあんた何度も試合見てたでしょ!?」
「確かに、試合に出ている回数は一番多いね。興味がなかったから、レギュラーかどうかまで考えてなかったよ。」
は確かに見て、そのすべてを記憶している。頭の中を検索すれば、回数くらいはすぐにたたき出せる。だが、興味がなかったのでそもそもそんなことをしたこともなかった。は頭の中の記憶を見直さない。興味がない限り。
それをするのは赤司に言われた時だけだ。
「あ。征くん。そういや涼ちゃん、来週遊びに来るって。」
はふと思い出したことを唐突に口にする。すると彼はあからさまに不機嫌そうな空気を纏い始めた。はそれを気づかないふりをする。
「涼太が?」
「うん。遊びに会いに来るって、楽しみだよ。」
ゴールデンウィークの何日間か、部活も休みになるため、モデルの仕事のついでに遊びに来るつもりのようだ。出来れば会いたいと言われて、はすぐに快諾した。元々と黄瀬、黒子、そして青峰は仲が良かった。
以外の全員が関東圏に進学してしまい、だけが関西なので寂しかったが、来てくれるというなら楽しみだ。
「・・・」
嬉しさを隠しきれずにいると、赤司はすぐに視線をそらした。その反応を見ながら、は目を伏せる。変わってしまったものの重さを、知っていたから。
Die Gleichgueltigkeit