「あれ?レオ姉、いつの間にかあの子と仲良くなってる?」
葉山はバスケットボールを持ったまま、首を傾げる。
視線の先には実渕と、小柄な少女が話していた。最近少し身長が伸びたのだろうが、190近い実渕の隣にいるとやはり小さく見える。だが肩にミミズクを乗せているような人間は世の中広しといえど、彼女だけだろう。
彼女が笑顔で話しているのを、葉山は初めて見た。
「笑うとものすごい子供っぽいな。元々ガキっぽいんだけど。」
根武谷が頭をかりかりとかきながら、葉山の視線の先にいる二人を見て思った。
最近伸びてきたとは思うが150センチ程度、大きな目とおかっぱの髪、赤司のおまけとして有名な彼女のあだ名は、いつの間にか“座敷童”だ。確かにあれで着物を着て走ってこられたら、それっぽいと思う。
だがいつも練習に無理矢理赤司に引き連れられてやってくるは、少なくともいつもつまらなそうで、帰りたそうだった。だから正直、笑っているのはほとんど見たことがなかった。
「ちゃん付けで呼ばれる程度には、仲良くなったらしい。」
赤司が少し面白くなさそうに答える。
「ちゃんづけ?」
「あぁ、は仲良くなった人間をちゃんづけで呼ぶ。」
「・・・何その微妙な習性。女ってわかんねーよ。」
「小太郎。それは全世界の女性にきわめて失礼だ。だけだよ。」
「・・・赤司も酷くね?」
赤司の言い方もあまりだ。その微妙な習性の持ち主は自分の恋人だろうに。
「まぁ、手を出さないなら、に話しかけてやってくれ。少しは部活に来るようになるかもしれない。」
赤司は珍しく曖昧な言い方をした。
はしょっちゅう部活をサボって赤司に捕まえられている。とはいえ彼も忙しく、毎日を追い回しているわけにはいかない。結局の所、は部活に半分くらいしか来なかった。
「いや、赤司の彼女とか怖くて手ぇだせねぇだろ。」
根武谷はさも当たり前のように顔色を変えて言う。
赤司の怒りは苛烈だし、自分に逆らってくる人間を絶対許さない。その彼の恋人をとろうなどと言うのは、正気の沙汰ではないだろう。今だって誰もに基本的に話しかけないのは、赤司の恋人だと誰もがわかっているからだ。
その彼女に手を出すなど、簡単なことではない。授業もサボりがちだが、教職員ですらもへの注意を躊躇っている節がある。それは何を隠そう、赤司の恋人だからと言うのもあるが、彼女自身もかなりの公家出身らしい。
教職員もひけ腰である。
「一応釘を刺しておこうかな、と思ってな。昔、失敗したから。」
「マジでぇ。おまえ見てて手ぇだそうとするとか、すげぇ奴がいたんだな。キセキかよ。」
「・・・」
赤司は答えなかった。あまり思い出したくないことらしい。
「ふぅん。」
葉山は小柄な少女にまた視線を戻した。
確かに顔立ちは整っていて可愛らしいしと言えるし、その記憶能も圧倒的に優れているのだろうが、笑っているとますます普通だ。その辺にいる普通の少女と違いがなさ過ぎて、何故を赤司が選んだのか、不思議でたまらない。
確かに名門の出身の赤司にとって、それ以上の名門の令嬢であるは有利な何かがあるのかもしれないが、彼ならば選び放題だろうに、どうしても赤司は彼女を好んでいる。
「レオ姉、あの子のこと気に入ってるっぽいよね。」
実渕は確かに外面は良いが、わざわざに話しかけたり、時間をともに過ごしているということは、利害以外の心地よさがあるのだろう。実渕はなんだかんだ言いつつの居場所を赤司にばらしたこともない。
「そうだね。は自分に利害観念で近づいてくる奴らに一度やられているから、そういうのには敏感なんだ。だからも玲央を純粋に友人として気に入っているのだと思うよ。」
赤司はさらりと言って、ぽんっとボールをつく。
もうそろそろ片付けの時間で、マネージャーやレギュラー以外の人間はすでにボードやベンチなどを片付け始めている。
「、今日の報告は?」
赤司はに声をかける。
「はい。書いたよ。」
は今まで自分が記録していた紙切れを赤司に渡す。そこには中学時代と同じくいらない情報もびっしり書かれていたが、それを取捨選択するのは赤司の仕事だ。ちなみに字が汚すぎて、正直赤司以外走り書きのの文字は読めない。
「聞いてよ、征ちゃん。この子、今日昼ご飯の時に、変なお菓子を私に食べさせたのよ。」
「あ、告げ口だめ!」
「変なお菓子?」
「そうよ。なんか黒い塊でね。この子、私の口に放り込んだのよ。あり得ないわ。まだ口に残ってる気がする。」
実渕は吐き気をこらえるように、口元を押さえる。
「菓子ごときで吐くかよ。」
根武谷は大げさだと肩をすくめてみせる。だが、実渕はぎろりと根武谷を睨んだ。
「大げさだと思うなら、あんたが食べてみなさいよ!、まだ持ってるんでしょ!」
「持ってるけど?」
はごそごそと鞄の中から緑色の箱を取り出す。
「何それ。」
実渕をそこまで言わせる食べ物がなんなのか気になって、葉山はその箱をの手から取り上げた。
正直アルファベットと似ているが、何語が書いてあるのかがわからない。少なくとも日本のものではないだろう。開けてみると中には小指の爪くらいの円形をした黒いソフトキャンディーが入っていた。確かに色は良くないが、別にやばいにおいがするわけでもない。
「食べる?」
葉山は一つ二つ取り出して、根武谷と赤司に尋ねる。この分だと実渕は絶対にもう一度食べようとはしないだろう。
「おぉ、食ってやろうじゃねぇか。」
「遠慮する。」
根武谷と赤司は全く正反対の反応を返した。赤司はそれが何であるかを知っているらしい。実渕はその箱を見るだけでも気分が悪いのか、近くにあった飲み物を無造作に流し込んだ。
「よっしゃ、食べてみよう!」
「小太郎、飲み物を側に置くことを勧めるわよ。」
「おまえ大げさだなぁ。」
葉山に実渕は至極まっとうな助言をしたが、根武谷があっさりとそれを退ける。だがそれを口に入れて舌で転がした途端、真っ青を通り越して酷い顔色で水を探し始め、しばらくするとはき出す場所を探し始めた。
「ほら、言わんこっちゃない。」
実渕はざまぁみろとでも言わんばかりににやっと笑うが、二人には返すだけの気力もないらしい。葉山は近くにあったタオルにはき出すことで何とかしたが、それを思いつく余裕もなかった根武谷は外へと駆けて言ってしまった。
「なんだよこれ!くっそまずいじゃん!!」
「でも、北欧では人気らしいよ。」
葉山は勢いのままに詰め寄ったが、はけろっとした顔で答える。
「じゃあ、これを食べるわけ?」
「わたしは食べないよ?」
「うげぇ、口の中に残ってるよ。味。どっかに味の濃い飲み物ない?」
ポカリスエットやアクエリアスと言ったスポーツ飲料は、この強烈な味を消すにはあまりに弱すぎる。これならまだ青汁の方がましだ。口の中に石けんとゴムを混ぜたような味が残っている気がして、葉山は舌を洗い落としたい気持ちになった。
「それ、どうしたんだ?あまり日本では手に入るものではないだろう?」
赤司はその箱の入手経路の方に興味があったようで、に尋ねる。
「あぁ、忠麿兄様が、北欧に出張だったんだって。それのお土産みたいだよ。」
「忠麿さんは、相変わらず好きだな。げてもの。」
「征くんも食べれば良いよ。」
「遠慮する。あわないとわかっているものを食べる気がしない。」
彼の意見は至極最もだ。ちなみにもこれを初めて食べた時は遠慮なくティッシュにはき出したし、においはオレンジジュースで流し込んだ。それぐらいまずいのだ。
「あまりそれを部員に食べさせるなよ。使い物にならなくなっては困る。」
赤司は一応に注意する。
「玲央ちゃん以外に食べさせる気はなかったよ。食べたいって言うから。」
「・・・」
確かに、玲央には無理矢理食べさせたそうだが、葉山と根武谷は食べて見たいと勝手に彼女からとったわけで、自業自得の部分が大きい。
赤司も強く二人を擁護することが出来なさそうだった。
「黛先輩も食べます?」
「この状況見て食べる奴がいれば、ただの馬鹿だろう。」
Das Kuriosum