はソファーの前に座ってテレビを見ていたが、ふと思い出したように赤司に顔を向ける。
「なんだ?」
「涼ちゃん、てっちゃんに練習試合で負けたって。」
「・・・そうか。予想外だな。」
赤司は視線を泳がせて思案する。
かつてのチームメイトである黄瀬涼太が入学したのは神奈川の名門・海常高校だ。対して黒子テツヤは無名の高校に行ったはずだ。彼がバスケを続けるつもりだったのは知っていたが、黄瀬に勝つというのは驚きだ。
特に黒子は単独では恐らく何の役にも立たないし、チームがある程度強くなくては彼の強さを生かすことは出来ない。彼は所詮影だ。光なくして勝つことは出来ないし、強い選手と一緒だからこそ、よりその力を増すことが出来る。
そうなると、その無名の高校に黄瀬と競えるほどのポテンシャルを持つ人間がいると言うことになる。
「誰かいたと言うことか?」
「うん。アメリカ帰りの男の子がいるんだって。」
はテレビを見ているが、その視線はそれを通り越していた。
おそらく負けたショックか何かで、黄瀬はに電話をかけてきただろう。元々、黄瀬、黒子、そして青峰は仲が良かった。はその話を聞いて即黒子にも電話を聞き、その誰かの話を聞いたはずだ。だからこそ、アメリカ帰りなんて情報まで知っている。
だが何よりも、赤司は僅かに驚いた。が家でバスケの話題を出すのは、本当に久しぶりだったからだ。
二年の頃までは楽しそうにバスケの話を家でもしていたが、帝光中学のチームが分裂していくにつれ、バスケの話題を口に出すのを避け、ただ赤司の言うことに従って淡々と協力するだけになった。変化はやはり黒子と同じく全中決勝戦で、それが終わった後、彼女は一切バスケ部に顔を出さなくなった。
今も一応公式戦に関しては協力するが、普通の練習に関しては赤司がつれて行かない限りは全力で逃げる。赤司のバスケをつまらないと否定する。昔のように赤司とともにバスケをしようとはしない。
「今度会ったら、一緒にリベンジ目指そうかー?って笑ってた。」
それは黄瀬の変化を示すと同時に、それを起こした影の存在を赤司に知らしめる。
は小さく笑って、目を細めた。その笑顔は昔、彼らと並んで笑っていた頃と同じもので、赤司の心をわしづかみにする。
昔よく、と黄瀬、青峰と黒子が組んで、2on2をして遊んでいた。大抵の場合青峰と黒子のチームが勝っていたが、たまにはと黄瀬がとることもあった。
黒子は選手としては並以下で、対して女子のプレイヤーとしてはトップクラスだ。にバスケを教えた本人である青峰も唸るほど才能がある。そのため負ける原因は多くの場合、青峰と黒子の連携のうまさか、もしくは黄瀬が青峰に抜かれていたからだった。
黄瀬は青峰に憧れてバスケを始めたが、天才的な才能を持つ青峰を越えることを、結局黄瀬は出来なかった。彼を目指すことすら、黄瀬は忘れていた。
それを思い出した意味は、きっと大きい。彼は目指すことを思い出したのだ。敗北を知って。
「会ってみたいなぁ。火神くん、」
の笑みが深まる。それが、黒子の新しい、光の名前。そして、新しい赤司の敵でもある。黒子が作り出す光が、またを魅了する。
「、」
赤司はをソファーの後ろから手を伸ばし、抱きしめる。
「どうし、」
どうしたの、と言おうとしたの唇に自分のそれを重ねると、彼女は漆黒の瞳を丸くして、赤司を見た。
「征、」
自分を押し返すように伸ばされた手を、握ることで押さえる。幼い頃、迷子にならないようにと握っていたよりもずっと、彼女の手は小さい気がした。
何度かついばんで、離れてを繰り返すと手から力が抜ける。
「、良いか?」
指先で唇をたどらせるように軽くの細い指先をなめて、尋ねると、の大きな瞳に戸惑いが浮かぶ。あまり直接的に聞かれるのを、は好んでいない。だが、頬を染めてこちらを見る潤んだ瞳は扇情的で、赤司は好きだった。
「あ、明日、学校だよ、」
「朝練はない。」
「で、でも、」
が自分から赤司を求めることは、基本的にない。それは仕方のないことだ。彼女は幼馴染みとして赤司を大切には思っているが、恋人としての愛情を持っているわけではない。嫉妬も何もかも、理解できないのだ。そして何もなくても、身体を重ねることは出来る。
ソファーにを倒し、彼女の上にのしかかる。
彼女がどれほどに反射神経や運動神経に優れていようが、男女の力の差は歴然で、跨がられてしまえば抵抗は出来ない。
赤司は彼女を上から見下ろしながら、自分を落ち着けるように息を吐いた。
力ででも、言葉ででも押さえつけることは出来る。絶対的に従わせることも不可能ではない。自分から離れていくかもしれない彼女を鳥籠の鳥にしてしまいという願望は、いつもそこにある。でも恋愛だけは相手が選んでくれなければ意味がない。
そう思うように、必死で自分を抑えるようにしている。昔の自分が言うのだ。でも、もう良いじゃないかと呟く自分がすぐそこにいる。
好きだったはずのバスケが、徐々に赤司を蝕んでいく。
勝利がすべてだという、その感情が、の笑顔すらも奪っていく。恋愛も、勝負の一つだと言う声が、心の中で聞こえる。
「、」
彼女の耳元に唇を寄せ、軽くはみながら名前を呼ぶ。
「良いだろう?」
懇願するように掠れた声を出せば、は観念したように身体の力を抜いた。
彼女がイエスを口にすることはない。好きだと言ってくれることもほとんどなくなってしまった。昔のように笑いかけてくれることも、楽しそうに話すこともなくなった。それでも、が赤司の腕を拒んだことは一度もない。なんだかんだと言ってもなし崩しに流されてくれる。
拒否されれば、赤司とて何をするかわからない。だが、のその態度が、僅かなところで赤司の理性を繋ぎ止める。
「ありがとう、」
何に対しての礼なのか、自分でもわからない。それでもいつも赤司はそう口にしてしまう。
そっと彼女が怖がらないようにそっと制服のシャツのボタンに手をかける。身長が少し伸びたと言っても、の背は140センチを過ぎたくらいだ。幼い容姿そのままに、肉付きはそれほど良くはないし、どちらかというとスレンダーな体躯だが、胸は標準程度にはある。
口にすればは怒るだろうが。
「ね、こ、ここで、するの?」
は顔を真っ赤にしながら、今更の質問をする。
「僕の部屋でする?」
同居していると言っても、と赤司の部屋は別々で、ここはリビングのソファーの上だ。ベッドに行ってももちろん良いのだが、それだとこちらも手早く済ませるなんてことは考えないし、久々のため、明日を学校に送り出せるか自信がない。
「だ、だって、ここ、明るいし、」
はリビングの明るい電気の方が気になるらしい。
「今更だろう、すぐに気にならなくなる。」
どうせ恥ずかしいだの言っても、そんなこと気にしていられるのは最初だけだ。
明日も学校で、制服のスカートを汚すとやっかいなので、彼女の制服のスカートを適当にソファーの下に落とすと、は首を横にして赤司を直視するのを避けた。そこそこ筋肉のついた、細くて白い太ももを撫でると、彼女は耳まで真っ赤にした。
それが面白くて、思わず意地悪をしたくなる。
「、おいで、」
手を引いて、身体を起こさせる。はこちらを直視するのが嫌なのか、なかなか視線を合わせようとしなかったが、唇を軽く重ねて、こちらを向かせる。
「脱がせてよ、」
「え?」
「いつも僕がしてあげているだろ?」
わざとまだ一つ外していなかったのシャツのボタンを外す。最後の一つが外れると、白いキャミソールと、胸を包む同じ色のブラジャーが見えた。
「ねえ、、」
「う、・・・わかった。」
は顔を真っ赤にして、赤司のネクタイに手をかける。漆黒のそれは、しゅるりととれて、ゆっくりと下に落ちる。ボタンを一つずつはずそうとするの指は恥じらいのせいか、震えていた。
「小学六年生まで、お風呂も一緒に入っていたのにね。」
恥ずかしがっているを煽るように言うと、が抗議するように、赤司の肩を叩く。
確かにあの頃、こんな風になるとは予想もしていなかったし、当然赤司にも下心など全くなかった。今考えれば兄妹でもない男女が幼馴染み同士とはいえ、一緒に風呂に入るのはどうかと思うが、両親も忙しく滅多に帰ってこなかったし、が一度風呂の中で溺れたことがあり、当然のように思っていた。
「征くんの馬鹿、」
むっとした顔をして、がこちらを睨んでくる。
どうやら小学校の時の話を出したせいで、先ほどの恥ずかしさや身体の硬直が少し解けたらしい。緊張されたままでは、面白くないというものだ。
赤司は笑いながら、の身体を抱きしめた。
Die Melancholie 憂鬱