「今日は、来なかったわね。」




 実渕は小さく息を吐いて呟く。




「そういや、あの子なんでさぼるわけ?」




 葉山は小首を傾げた。サボっていることに憤りを覚えたことはあるが、よく考えれば彼女に理由を問うたことはない。



「・・・」




 実渕は問うたことがあるらしいが、口に出すのが憚られるらしく、口を噤む。




「僕のやり方が、気に入らないのさ。」




 赤司が実渕の代わりに答えを返す。




「は?赤司のやり方?」

「そ。あの子は昔から、納得できない時は行動で示すからね。」





 理論で赤司に勝てないなんてことは幼馴染みであるためよくわかっている。だからこそ、納得できない時は行動する。ただし逃げるが、大きく絶対的な拒否を示すことはない。赤司が捕まえればそのまま部活に来る。

 ただし、自発的には絶対に来ない。それが彼女なりの抗議の方法なのだ。




「あれって、のフクロウじゃない?・・・ミミズクだったかしら。」



 実渕は首を傾げて、校庭にあるボールよけのネットの一番上を見上げる。もう暗いため、明るい金色の目がくるりとこちらを向いていた。




「・・・はまだ学校にいるのか?」




 大抵は部活をサボった時、すぐに家に帰る。だが、の拾ったあのミミズクは、だいたいから離れない。ましてやが自分のペットを学校に置いて帰るとも思えない。間違いなくはまだ学校にいるのだろう。

 赤司はため息を一ついて、スマートフォンを取り出す。慣れた様子で一番前に入れてある番号を押して、何コールかしたが、出る気配はない。すぐに赤司はスマートフォンから耳を離し、辺りを見回す。




「校庭から、音しね?」




 根武谷が自分の肩を叩きながら、雑音に混じる軽快な音に耳を澄ませる。



「誰かバスケでもやってるのかしら。」




 校庭に出ようとしていた実渕は首を傾げた。

 洛山では大抵、体育館の中で練習することが多い。しかし、外にも一応簡易と言って良いが、ちゃんと大きなバスケットゴールが置かれている。とはいえ、練習の後に居残りが出来るほどの余力が残っているのは一軍だけで、しかもその一軍は体育館を使えるので、外で夜に練習する人間はほとんどいないのが常だった。


 だが、今日は大きなボールをつく音が、聞こえている。


 ボールのつく音、タイミング、そしてざっと砂を滑る靴の音。明らかにローファーのようだったが、それでも音からうかがえるのは明らかに動きの良い選手の出す、雑音だ。

 それに混じって聞こえている軽快な音楽が、の携帯だろう。




「うち、まだ居残ってる奴いたっけー?」





 葉山は首を傾げて赤司に尋ねる。




「いや?いなかったと思うが。」




 最後に体育館を出たのは赤司で、外で練習するだけの気力がある部員はいなさそうだった。根武谷と黛も首を傾げて、顔を見合わせる。




「仕方のない奴だ。」




 赤司は息を吐いて校庭へと出る。もしかすると今日は植木の伐採をしていたので、トラックの影辺りで寝ていたのかもしれない。放課後探した時に道理で見つからないわけだ。そう納得した赤司が見たのは、校庭でバスケをする二人の男女だった。




「携帯なってるっスよ!」




 ボールをつきながら、背の高い少年が一応携帯電話の音が気になったのか、言う。




「良いの!」






 少女は携帯の音など聞くだけの余裕がないのか、短く言って少年のつくボールを本気で取りに行った。だが軽くよけられる。とはいえ、ディフェンスとして悪い動きではなく、彼に抜かれるのだけは防いだ。




?!」




 実渕は眼を丸くしてコートに立つ少女を見つめる。赤司も流石に予想外だったのか、眼を丸くして表情を険しくした。




「涼太、」

「あー赤司っち、久しぶ・・・!」



 黄瀬がボールを持っていない方の手を振る。だがその一瞬にがボールをとった。




「にゃろっ!」




 油断していたであろう黄瀬だったが、流石に対応は早い。の持つボールに手を伸ばす。だが、身長の低さを生かした低位置でのドリブルだったため、背の高い黄瀬はボールを取り上げるまでのことは出来ず、後ろからたたき落とすことしか出来なかった。

 がしゃんとボールがフェンスに当たって大きな音を立てる。そのボールを拾い上げて、は大きく息を吐いた。




「惜しかったのに!」

「挨拶の時はなしっしょ!」




 顎を伝う汗を拭いて、黄瀬は叫ぶ。





「そんなの関係ないもん!」




 も同じく汗だくで、灰色のシャツは深い色に変わっており、いつもはスカートの中に突っ込んでいるシャツの裾を風を入れるために出した。ついでにシャツの袖もめくって、胸元のボタンもいくつか外してから、ボールを再びつきだす。

 はしたないなんて、気にしていられない。





、いい加減にしろ!」




 赤司はを睨み、名前を呼んで止めようとする。

 その険しい表情と威圧感に実渕や根武谷を初め、黛、葉山もぞっとしたが、振り返った彼女の瞳はいつもの丸さも、穏やかさもない。漆黒の大きな瞳は、真っ向から赤司を見つめ返す。




「征くん、邪魔しないで。楽しい遊びの最中なんだから。」




 いつもの目尻を下げた彼女からは想像もつかないような、決然とした目に、赤司が一瞬眼を丸くしてから、を睨み付ける。しかしはすぐに黄瀬に目を向けた。




「もう諦めたらどうっスか?」






 黄瀬の方が赤司の様子に気づいてか、肩をすくめての動きを油断しないように見ながら、笑う。一瞬でも気を抜けばが動くことを、理解していた。





「絶対いや、15回って言った!!あと6回やる!!」





 夢中になっているにとって赤司の様子は目に入らないらしく、黄瀬に勝つことだけしか考えていない。



「俺一応キセキの世代っスよ?ただで抜けるわけない。」

「わかってる!」 

「わかってないっスよ。」




 黄瀬の大きな手がの持つボールをとりに伸ばされる。本来なら後ろに下がりそうなものだが、は逆にボールを右手から左手に持ち替え、大きな黄瀬に怯むことなく交わそうとする。だが、横にずれる速度が足りない。




「あっ!」




 の一歩は、黄瀬の二歩だ。身長差、体格差はやはり大きい。黄瀬がのボールをとって、ダンクを決める。




「はい、これで10回目っスよ。あと5回っすね。」




 黄瀬がにボールを渡す。はむっとした顔をしたが、やはりまだやる気なのか、ボールを受け取ってつき始めた。




、もう無理だ!いい加減にしろ!」





 赤司が聞いたことのないような声でを怒鳴りつける。

 段々その表情が苛立ちを通り越してすごみを増してきていて、実渕や根武谷、葉山、黛はいつ彼が実力行使に出るかと恐ろしくてその場から逃げ出したくて仕方がなかった。だが、タイミングを逸してそれも出来ない。

 普通に考えてバスケ部でも何でもないが、いかに基礎能力的に優れていようと、体力という点で男には絶対劣る。体力が削られれば削られるほど、彼女のアドバンテージは失われていくのだ。15回など、無意味にも程がある。

 だが、は全く赤司の言葉に耳を貸さないどころか、まったく聞いておらず、ボールを持ち、黄瀬の動きから目をそらさないように、目をこらす。一瞬の手の甲が黄瀬側を向いた。




「何度突っ込んだって同じっスよ」





 黄瀬を交わすだけのスピードは、体格が小さいには当然無い。確かには予測不能な動きをするが、は小柄で、この近距離、しかも彼女だけを見ていれば良いだけの状況で対応出来ないほどキセキの世代は甘くはない。

 は先ほどと同じように、前へと黄瀬を抜く姿勢を見せる。それに伴い黄瀬が一歩下がる体勢をとった途端、が逆に距離をとるように後ろ向きに飛んで体勢を崩した。飛ぶと同時に大きくの手が振りかぶられる。





「なっ、」





 黄瀬が後ろへと退く体勢から、のボールを慌ててはたき落とそうとするが、ボールはすでに宙高く放り投げられていた。の身体がそのまま後ろ向きに倒れる。黄瀬はボールをとることの出来なかった手で仕方なくその細い腕を掴んだ。




「ちくしょっ、」




 黄瀬が呟くと同時に、後ろでざっとボールがゴールをくぐる音がした。
Das Erstaunen 驚愕