は目の前にいる赤みがかった髪を持つ少年を眺める。
少し固そうな髪に切れ長の鋭い瞳、きりりと上がった細い眉。閉じられた薄そうな瞼と長い睫。運動をやっている割には白い肌。幼い頃から、随分と見慣れた顔は、それでもここ数年で精悍になった。
幼い頃、怖い話が好きなくせに怖がりのは、よく怖いテレビを見たりすると一人で眠れず、泣いては彼の部屋に駆け込んでいた。むっとして、呆れた顔を隠そうともせず、彼はいつもを布団に入れてくれた。
両親はいつも忙しくて、同い年だったと赤司はいつもの長兄に面倒を見られていた。たちがある程度の年齢になり、長兄が仕事に出るようになってからも、二人は一緒だった。
離れたのは中学が別々になり、がいじめられて彼の帝光中学に転校するまでのたった2学期勘だけだ。
多分、赤司のことを一番よく知っているのは、だろう。誰よりも同じ時間を彼と過ごしてきたし、今もそうだ。傍にいた。
でも、彼はどんどん変わっていった。
最初の変化は彼の母親が死んだ時だったと思う。とても温かい人で、その人がいなくなってから、彼は徐々に父親との溝を広げていった。否、元々あったのかもしれない。
帝光中学のバスケ部に入ってから、彼は楽しそうに笑うようになっていた。なのにそれもどんどん変わってしまって、今は勝利だけを求めるようになっている。それ以外の努力や感情などいらないとでも言うようで、は怖い。
今、はバスケ部の勝利に貢献していない。
確かにの記憶力は統計を取り、相手の分析には必要な物かもしれない。でも、今の洛山も、赤司もそれなしで十分に勝てる。彼の傍にいればいるほど、は自分が彼の勝利に貢献できず、利用価値がなくなっていくように感じていた。
彼は役に立たないものは容赦なく切り捨てる。だから怖い。
「どうした?」
いつの間にか彼の色違いの瞳が開いていて、こちらを映していた。すべてを見すかす鋭い色合いの瞳に自分が映っている。多分ちっぽけで、何の役に立たない自分が。
「征くん、」
はこみ上げてくるものを誤魔化すように彼の名前を呼ぶ。
ちゃんづけで彼を呼ばなくなったのは、彼が変わってからだ。はもう一人の彼の存在をよく知っていた。たまに彼が残酷なことをする時、決まって彼はそこにいた。が親しんでいた、いつも一緒にいた彼はどこかへ行ってしまったから、今は彼を“征くん”と呼んでいる。
それでも、どちらであっても彼はの大切な人だ。その彼に切り捨てられる時、はまともでいられるんだろうか。
「怖い夢でも見たのか?」
そっとの頬に大きな手がそえられる。こつんと優しく額と額が重なって、吐息すらも感じる場所に、彼がいる。
「・・・うん。」
怖い夢、そう思えたらどれほど良いだろう。夢なら幻で、すぐに覚めてくれる。こんなに傍にいるのに、酷く遠く感じる。どんどん遠くなっていく気がする。バスケは関係ない。彼のことを大切に思っている。でも、彼が利用価値のないを側に置いてくれるだろうか。
勝利という目的のために切り捨てられた人々を、山のようには見てきたのに。
「馬鹿だな。僕がいるだろう?」
大きな手が優しくの頬を撫でる。でも逆にそれが体温を奪っていくようで、ぽろりと涙がこぼれた。
昔はそう言われると温かくて、自分は何も心配しなくて良いと思えた。今はいつ突き放され、いらないものとして山の中に埋もれることになるのか、怖くなる。彼の好きだと言ってくれるその言葉すらも、は何も信じられない。
そう、は赤司の何も信じていないのだ。
「」
慰めるように、目尻を赤司の舌が拭う。そのくすぐったさに目を細めると、その舌はすぐに首筋へと下りていった。
「っ、いっ、」
強く肌に吸い付かれたと思うと、歯を立てられる。悲鳴を上げると、ぺろりと痕のついたそこをなめられた。が目を瞬いて彼を見ると、そこに赤司は唇を重ねた。
「あ、あとつけちゃだめだよ。」
服で隠れるか、隠れないかの微妙なところだ。慌てて止めようとするが、彼は顔を上げての方を見ると、僅かにその色違いの瞳に険を宿らせた。
「虫よけ。」
「え?」
「どうせ明日、涼太と出かけるんだろう?」
尋ねられて、そうだったとは思い出す。
今日の予定だったが、は筋肉痛と疲労で動けるような状態ではないだろうから、明日京都観光につきあうと約束したのだ。せっかく勝利してご飯をおごってもらえることになったのだ。行かなければ損。頑張った甲斐がない。
「え、征くん、来ないの?」
「途中から合流するが、午前は練習だ。」
「・・・」
本来ならマネージャーであるも参加しなければならないところである。要するに黄瀬がいるからと多めに見られているのだ。なんだかんだサボっていてもの才能をある程度知っている人間は、がどんなふざけた態度をとったところで、赤司がの能力故に必要としていると解釈しているだろう。
でも、は自分の能力がすでに赤司にとって必要ないことを知っている。が相手の選手や統計を伝えたところで、勝敗は全く覆らず、圧倒的な差で洛山が勝つのだ。
役に立たないが、いつ切り捨てられるのかは、時間の問題だと言っても良い。
「身体は筋肉痛だけか?」
赤司は心配そうに僅かにその目尻を下げる。
昨晩疲れていたが、珍しく彼は激しくの身体を求めてきた。大抵ベッドの上ではをべたべたに甘やかすことが多い彼だが、すでに黄瀬とのゲームで体力を消耗していたにとっては厳しく、最後の方は許してと懇願しか口に出来なかった気がする。
気絶するように眠りに落ちたので、自分の後処理すらも出来なかった。
そのことを思い出してふと自分の太ももに意識をやると、彼が入り込んだ感覚はまだ残っていたが、それでも不快な感触は何もなかった。どうやら彼が身体を拭いてくれたらしい。ただもちろん、奥に残る感覚は消せない。
昨晩のことを思い出して、は突然恥ずかしくなって目線をそらした。
「だ、大丈夫。」
は珍しく早口で返した。
お腹は痛いし、足も筋肉痛だ。動くたびにびしびしあちこちが痛むが、ゆっくり歩けば何とか動ける程度だ。それよりも昨晩の行為の方が気恥ずかしくて、いたたまれない。ましてやも彼も服を着ていなかった。
それに気づいただけでもは恥ずかしくて、布団の中に潜り込んだ。
「余裕なく縋り付いてくるのは、可愛かった。」
赤司はが恥じらうのをわかっていて、頬に口づけてくる。
いつもは余裕綽々でじらしてくるが、昨日は疲れていたこともあって、は縋り付いて許しを請う以外できなかった。必死で縋り付いたことや、口走ったことを思い出せば、あっという間に顔に血が上ってどうしようもなくなる。
「征くん、は、意地悪いっ、」
「でもいつも良さそうじゃないか?」
「うるさい!」
はわざと言ってそっぽを向いたが、後ろから腕が回される。
「。」
低く耳元で名前を呼ばれ、強く抱きしめられる。その僅かに震える腕は、小さい頃に味わったことのあるものだ。いつだったか、は思い出すことが出来ない。この時がそれを思い出せていれば、もっと違った二人の形があったのかもしれない。
でもはこの時まだ、重大なすれ違いに気づいていなかった。
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