「一昨日、あの子、マジすごかったよねー」
葉山は何の遠慮もなく、バスケットボールを付きながら言う。
「・・・ちょっと小太郎、声小さくしなさいよ。征ちゃんに聞かれたら・・・。」
「だよなぁ。今日しゃべらねぇもん。」
実渕と根武谷はびびりながらため息をついた。
土日はどのみち練習は午前だけなのだが、は両日とも出てこなかった。あれだけ身体を酷使して最近運動していなければ筋肉痛は避けられないだろうから、この際それは良い。だがの勝手な行動に怒っているのか、赤司は日曜日になっても機嫌が悪かった。
別に彼が他人に当たることはない。だがいつもよりも遙かに口数が少なく、何かを考え込んでいるようだった。
「むしろさぁ、悪くなってね?」
「私もそんな気がするのよね。」
根武谷と実渕はぼそぼそと隠れて話す。
「えーそんなの理由聞いたら良いじゃん?」
葉山はあっさりとそう言って、向こうでボールをついている赤司に歩み寄ると、彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「や、やめろ!おまえっ!死にに行くようなもんだろ・・・」
「ねーねー赤司ぃ、なんでそんなに機嫌悪いの?」
「ちょっとぉおおおおおお!」
根武谷のストップも実渕の悲鳴もものともせず、葉山はにこにこと笑って赤司の前に立つ。赤司は真顔でじっと葉山を見ていたが、小さく息を吐く。
「・・・そんなに機嫌が悪く見えたか?」
「うん。昨日より悪くなってね?」
「まぁ、そうだな。今日、は涼太と出かけたからな。」
「え。ええええええ!?」
実渕は赤司の答えに眼を丸くして叫び声を上げてしまった。
「えー、他の男とのデート許したの?ちょー寛大。」
葉山はそのくるりとした目を丸くして、心底不思議そうに首を傾げる。根武谷も呆然とした面持ちをしていて、実渕は顔色が真っ青だ。
自分でもらしくないことをしたと言うことは、赤司にもわかっていた。誰が聞いても他の男と彼女が出かけるなど、元同級生でも嫌に決まっている。しかも少なくとも赤司は午前中部活で、昼からしか合流することが出来ないのだ。
例えやましいことがなかったとしても、気分が良いものではない。
「征ちゃん、言わずに送り出しちゃったの?」
実渕が少し悲しそうに赤司に尋ねる。
「言いはしたが、には理解できないらしい。」
もちろんに、黄瀬とが二人で出かけるのはあまり歓迎できないと言ったが、は理解できなかったのか、首を傾げるばかりで、いつもの丸い漆黒の瞳を赤司に向けて不思議そうに「どうして?」と尋ねてきていた。
は赤司の恋人で、恋人が他の男と出かけるのは不快だし、こちらが悲しいからやめてくれと、説明すれば良かったのかもしれない。でも、未だにが赤司のことを恋人としてみているのかすら怪しいところで、赤司はそれを言うのをいつも躊躇っていた。
事実として赤司が自分の彼氏だと言うことをは理解しているが、それは肩書きの問題で、感情的な部分に関しては全くといって良いほど理解できない。
それに赤司はが本当は自分のことを好いていないことを、知っている。だから踏み込めない。
「え−、そんなの嫌だから出かけんなって言ったら良いじゃん。」
葉山は本当にあっさりと赤司の言葉を退ける。
「あんた本当に単純ねぇ、征ちゃんはの気持ちを気にしてあげてるのよ。」
「んなの、わかんないし、俺なら絶対嫌だもん。嫌って言っちゃえば良いんだよ。」
単純な葉山は、単純な見解を示す。確かに赤司が嫌だ、絶対に行くなと言えば、は多分黄瀬と共に出かけることはしなかっただろう。昔から赤司が望むことに文句を言ったことはあっても、彼女は全面的に拒んだことはない。高校の入学の件も、勝手に願書を出した赤司に、ついてきた。
昔はこうしろと遠慮なく強制していた気がするが、今となっては踏み出し方がわからない。それはが離れていくのを怖がっているからだ。彼女にものを強制させることが、他人にしていることと同じではないか、そして同時に、彼女が離れていくのではないかと赤司を不安にさせる。
もっと素直に気持ちを表現しても良いのかもしれないが、それが出来ない。
「まぁ、昼からは合流する予定なんだが。」
果たしてはそれを望んでいるだろうか。
昔からは黄瀬や青峰、そして黒子と馬鹿騒ぎをするのが好きだった。関係が悪くなる前、中学二年の頃は4人で集まっては帰りにコンビニに寄ったり、出かけたりしていたし、幼いのことだ。その感情は今でも変わっていないのかもしれない。
だが、少なくとも黄瀬はを女としてみているだろう。にその気がなくても、身体の小ささも、女性らしい膨らみも、男からすれば目を引く。それがには理解できない。
「なんで赤司はあの子とバスケしないわけ?」
葉山は腰に手を当てて、持っているボールをつく。
「何故って、相手にならないだろう?」
「うっそだー。適当に一つ二つハンデつけりゃ良い勝負できるっしょ。あれ。」
確かに完全な1on1でやると言えば、に勝ち目はないだろう。だがたとえばこの間のように15本で一回シュートを入れられれば良いとか、が赤司からボールをとれば良い、とか、そういう条件をつければ彼女は十分勝負を楽しむはずだ。
女子バスケ部に入れば、間違いなく全国で活躍できるほど、の才能は生半可ではない。
「赤司さ、本当はあの子をバスケに関わらせるのが嫌なんでしょ。」
葉山の言葉は、赤司の本質を見抜いていた。
赤司は、本当は彼女の記憶力を理由に自分の側に置いておきたいだけだ。確かにそれはバスケットボールにも役に立つのも事実だが、彼が彼女の才能の中で使いたいのは本当にそれだけなのだ。それ以外のバスケに関する才能、特に実際のプレイで役に立つ才能は、使いたくない。周りにも見せたくない。
のそれが判明すれば、女子バスケ部はに興味を持つだろうし、それは事実上赤司からが離れることを示している。
は黄瀬と楽しそうにプレイをする。それは帝光中学時代も同じだった。ならば黄瀬の代わりに赤司が彼女の遊び相手を務めれば良かったのだ。仮にそれの勝敗に部活に来ることを条件にすれば、負けた場合彼女は大人しく部活に来ただろう。
それを彼がしなかったのは、彼自身がのその部分の才能を歓迎していなかったからだ。
小手先で誤魔化しながら、決定的なところを踏み出さない。だからだらだらと関係だけが続いている。お互いに決定的な破局には足らない、溝や罅だけを広げていく。
「あの子単純じゃん。わかった途端、動いちゃうよ。」
葉山は彼女と黄瀬のプレイを見て、がどんな人間かわかった。
葉山には難しいことはわからない。それは多分も同じだ。あの子は楽しいからこそ黄瀬と肉体の疲労も忘れるほどプレイをし、同時につまらないから部活に出てこない。彼女は感情に忠実で、とても感情的だ。
ならば、赤司が手をこまねいていてはいけない。感情に嘘をついてはいけない。
は今模索している。自分がどうしたらよいのか、赤司の中の、そして自分の中の何かを探り、決定しようとしている。
多分、バスケに対する自分の理想は、見つけたはずだ。
そしてそれがどういったものなのか、どこにあるのか、探し始める。赤司と彼のバスケ部が合致しないと結論づければ、何か行動に出るだろう。その時赤司が自分の感情を隠したままだと、おそらくはそれを読み間違う。
彼女は深く考えることなど、しないのだから。
「慎重なのは良いことかもだけどさ、攻めあぐねたら、走り出しちゃうよ。あの子。」
葉山の目には、はまだ小さな鳥にしか見えない。でも、おそらく大きな羽を持っている。飛び始めるその瞬間、後ろを振り返るだろうか。
「・・・そう、なんだろうな。」
赤司は目を閉じて、葉山の言葉をかみしめる。
今の赤司には彼女との距離の取り方が、踏み込み方がわからない。だから、それが溝を広げるとわかっていながら、どうしても前に進むことが出来なかった。だが、遅かれ早かれ、どういった形かで、変化は訪れるのだろう。
その時、彼女は赤司の感情をどう評価するか、そして赤司がをそこに留められるだけのものを与えられるのか。
「頭が痛いな。」
答えは出ているのかもしれない。それでも見たくない。目を背けているのは多分、ではなく赤司の方だった。
Keine Bereitschaft 不覚悟