日曜日の朝、河原町で待ち合わせたと黄瀬は、京都観光に乗り出した。





「えー、この家ってっちの家で、しかも重要文化財なんっすか?」

「うん。といっても、おじいさまが生きていた頃のだけどね。」




 黄瀬の驚きにはあっさりと言って笑う。

 もう5月なのでラフな格好の人が行き交う。日曜日と言うこともあって人通りは結構ある。中に入れば見慣れた学芸員がと黄瀬を特別な部屋に案内してくれて、お茶も飲ませてくれた。も普通の半袖ワンピースにカーディガンといったいでたちで、一見すれば若い学生のデートにしか見えないだろう。

 の実家は京都の有名な公家の本家で、先祖代々の実家は今や重要文化財で、茶道具なども軒並みすごいものが残っている。学芸員はただの学生の黄瀬にもわかりやすいようにおもしろおかしく話してくれたおかげで、黄瀬も退屈しなかったようだった。





「ちなみにお嬢さんは小さい頃、このひしゃくの柄を引っこ抜きになりはったんですよ。」





 お茶を点ててくれた仲居が、小さく笑って言う。




「征十郎さん、邪魔するなってえらい怒りはって。」

「そうだっけ?」

「ぷぷぷぷ、っちならやりそうッスわ。」





 はとぼけて見せたが、黄瀬はぷくくと笑って見せた。

 幼い頃はこの家の茶室で、の親族から茶道を習っていた赤司についてきていた。とはいえ、は習うためでなく、お菓子を食べたかっただけで、そのためいつも真面目に習っていた赤司に怒られてばかりいた。

 と黄瀬はそこでお茶を一服とお菓子を食べてから、その町屋を出て、商店街の方に出てお餅を食べる店に入った。そこは餅つきを実際に見せてくれる上、体験も出来、そのおもちも食べることが出来るという所だった。

 先に出てきたお茶をすすりながら、二人で先ほどのことを交えながら話す。




「そういや、赤司っちとっちって、幼馴染みッスもんね。」





 黄瀬は二人の関係を再確認したのか、町屋で幼い頃の二人のエピソードを聞くたびに、楽しそうに笑っていた。





「そんなに面白かった?」

「絶対赤司っち、困ってたっスよ。っちに。」

「どうして?」

「だって、タイプが正反対じゃないっすか。」






 はどちらかというと素直で、感情的なタイプだ。対して赤司は理性的で、理論を重要とする。まさに全く噛みあわない二人だっただろう。今となっては赤司も退くと言うことを覚えているが、昔はきっとが理解できないことにやきもきしたはずだ。

 それを想像すれば、黄瀬は笑いが止まらなかった。

 今でもなんだかんだ言って、赤司が感情的に苛立ちを見せるのはのことだけだ。幼い頃から変わっていないのだろう。




「・・・小さいままで、いられたら良かったのになぁ。」




 は思わず目尻を下げてそう言った。

 幼い頃は当たり前のようにお互いに言い合い、喧嘩をし、が泣いたり、赤司が怒ったり、二人で笑ったり、そうやって寄り添い合い、もっと近くにいた気がする。

 今は身体を重ね、物理的に近くなったのかもしれないが、心は離れてしまったようだ。お互いに踏み込めない場所が出来て、素直に言えないことがたくさんあって、それが徐々に溝を作って言っている。それを感じていても、怖くて踏み出せない。

 一緒にいたいと思っているはずなのに、離れたい。




「・・・っち、赤司っちとうまくいってないんっすか。」




 黄瀬は何か感じるものがあったのかもしれない。確認するように尋ねた。




「さぁ、どうなんだろう。」





 正直うまくいっているのか言っていないのかさえも、にはわからなかった。

 確実に距離は遠くなっている気がするが、表向きに喧嘩をしているわけでもない。バスケ部のことさえ関わらなければ彼は優しく、自分を気にかけてくれるし、忙しい中でも時間をとってくれる。食事も一緒にすることが多い。

 ただ確実に会話は減っている。バスケの会話を家の中でしないのが暗黙の了解になった。




「もう、わたしが傍にいる必要なんて、ないだろうにね。」





 は自嘲気味に笑った。

 彼のバスケに、はもう必要にないだろう。は彼の勝利だけしか見てない、そのためだったらどんなことでもするという姿勢が、あまり好きではない。そして本来なら、その彼の方針に添えないはいらないはずだ。

 には確かに記憶力という誰にもまねできない才能があるが、それも今の洛山の強さを見れば必要あるとは思えないし、仮に必要だったとしても全中と同じことをされるためならは協力したくない。




「・・・わたしはもう、征くん強くなりすぎて、正直バスケではいらないから、いつ、いらないって言われるか、怖いよ。」




 彼は利益勘定でしか動かなくなっている。それが自分にいつ適応されるかは、いつも覚悟しなければならない。

 がそう言うと、黄瀬は少し驚いた顔をして、ぽかんと口を開ける。




「ど、どうしたの?」

「赤司っちって、そんなに変わったんっスか?」

「え?」

「だって・・・」




 黄瀬が知る赤司は、にべた惚れだ。

 彼が変わってからも、の前では感情をむき出しにするし、はっきりとものを言わない時もある。それはが好きだからで、彼女を大切に思っているからだ。なんだかんだ変わったと言っても、根本的に彼がを大切に思っている気持ちは変わっていないと思っていた。

 一昨日の“遊び”の件の時も、赤司はの限界を理解していたのか、声を荒げて止めていた。正直、彼が声を荒げて怒るなど、黄瀬はほとんど見たことがない。





「・・・俺は、赤司っちはっちのことに関しては、変わってないって、思うっス。相手の気持ちがわかんなくて不安な時は、自分の気持ちを伝えなくちゃだめッすよ。」






 彼は確かに勝利のために手段を選ばなくなったかもしれない。感情よりも合理性を求めているのは事実だし、それがとは全く合致しないのも間違いない。でも、本当に彼のに対する感情は変わっているのだろうか。

 変わっていないから、のサボりを許しているのではないのだろうか。




「わかんない。でも、・・・わたしは楽しいバスケが良い、」




 は一昨日の楽しさを思い出して、言う。黄瀬はの小さな頭を見下ろしながら、気づいた。

 なんだかんだ言っても黄瀬たちは勝利にこだわる。だがは勝利にこだわらず、どこまでも“楽しい”ことにこだわっている。もちろん負ければ悔しいし、負けず嫌いなので意固地にもなる。でも、彼女にとって敗北もまた一つの燃える要素なのだ。

 そしてだからこそ、どこまでも赤司のバスケを受け入れられない。協力したくない。特に全中の最後の試合を見てから、は疑っている。赤司が勝利を求め、感情を否定するたびに、は自分を否定されている気がするのだ。

 自身も多分わかっていない。ただ彼が役に立たない自分を捨てるかもしれないと怯えている。でも本質は多分、役に立つ、立たないではなく、自分が赤司の否定するものそのものだと、無意識に理解しているのだ。




「・・・これは、」




 やばいすれ違いかもしれない、と黄瀬ですらも思った。

 赤司はを大切にしているし、離れがたく思っている。その感情は例え自分と違うものだったとしても、例え否定している感情を抱いていたとしても、そのものだと思って受け入れて、その上で愛している。長い間、とともにいる彼は、そのものとしてしか見ておらず、他との比較をしていない。空気のように必要な存在だ。

 だから、彼が否定しているものが、自身だと気づいていない。は無意識に気づき始めている。

 それには赤司の自分に対する愛情そのものを疑っている。赤司が否定するものと自分が同じであるという事実に気づいた時、赤司を信じることの出来ないは、彼から離れる以外に方法がない。

 そして必ずが向かうのは、自分と同じ存在だ。




っち、今でも黒子っちと連絡とってるんっスか?」

「え?もちろんだよ。」





 は明るい笑顔で答える。と黒子は中学生時代から非常に仲良しだ。その絆が全中の後、すべて途切れたとは思えない。それは、赤司が一番嫌っている絆だ。




「わたし、てっちゃん大好きだもん。」




 は気づいていない。でも多分、赤司は気づいている。

 は素直だ。よくも悪くもどこまでも素直だ。好き嫌いも比較的はっきり口にするし、その言葉は本当にまっすぐ向けられる。だから黄瀬ですらも気づいている。彼女が大好きだと口にするのは、この世界でたった二人だけだ。

 黒子テツヤと、赤司征十郎。たった二人だけだった。





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