昼ご飯を食べ終わると、は黄瀬に冊子と言っても遜色はない、パソコン打ちの紙を渡してきた。




「これあげる。」




 えらく軽い口調だが、冊子は結構でかい。




「え?」







 黄瀬は文字を見るのが元もちと嫌いだったため、思わず眉を寄せたが、中をぱらりと確認して、眼を丸くする。





っち、これって。」





 それはが帝光中学で他のマネージャーと一線を画した能力だ。

 考えられない精密な記憶力による情報の蓄積と、それによる統計。が特別たる由縁であり、スカウティングなんてものではなく、もうそれは短期予測の域に達していた。相手の癖、どんなときにどう動くかのパターン、それを数値としてすべてはじき出す。

 どうしても人間動きにはパターンというものがある。そのすべてを把握するの統計は、誰もが欲し、そして赤司だけが独占していたものだ。





「統計のデータ。わたしが書いただけのものだから、多分いらないところがたくさんあるから必要な情報はその中から探してね。」





 は統計は得意だが、それを分析し、対策を立てたりする能力に欠けている。どれが必要なのか取捨選択することが出来ない。だからプレイ中のすべての情報がその中にある。その必要な部分を選択するのは、いつも赤司だった。




「・・・ほとんどの強豪校が入ってるじゃないっスか。」




 黄瀬はぺらぺらと冊子の索引らしき所を見て、呆然とする。




「うん。征くんに見せられてるから。」 





 最近の有名所の試合はすべて見せられている。はバスケ部をサボりがちだが、一応場所を選んでサボっていた。大切そうな時は赤司も本気でを捕らえに来るし、そういう時は大人しく掴まっている。だから、だいたい有名高校の試合は見ていた。

 この統計を見れば、ある程度相手のチームの癖は見えるはずだ。





「・・・え?え、でもっち、こんなの。」





 黄瀬との高校は別だ。この冊子はバスケ部ならば大金をはたいてでも欲しいほどの価値がある。それをあっさりくれるなど、意味がわからない。

 黄瀬が戸惑っていると、は飲んでいたミックスジュースのストローをくるりとグラスの中で回した。




「楽しかったから、手伝ってあげる。それを読み終わったら、てっちゃんに渡して。」




 はにっこりと笑って、清々しい表情で黄瀬にそれを渡した。

 中には青峰のデータも入っている。もちろんその情報は今現状のもので、彼はあまり試合に出てこないのでどの程度成長しているかはわからないが、ある程度の予想もつけてあった。




「良いんっスか?もしかしたら俺黒子っちに渡さないかも・・・」




 黄瀬は少し意地悪く、そんな気などないが、に言う。




「涼ちゃんはそんなことしないよ。」




 はあっさりとその意地悪を返した。そういう点では、黄瀬はに信頼されているらしい。だからこそ、この冊子を渡してきたのだろう。




「あ、ちなみに、洛山のぶんはないけど、ね。」

「やっぱり。」

「一応ね、情はあるから。」







 は目尻を下げて、悲しそうに笑う。

 赤司のバスケに賛同は出来ない。でも彼には常があるから、裏切ることも出来ない。一番大好きな人が一番ではないと言う事実が、そこにある。





「それでも、やっぱりわたし、勝ったら手を振り上げられるような、勝利が良いんだ。」





 帝光中学にいた頃、はマネージャーをして、今と同じように相手の統計を取っていた。それによってもたらされる精密な分析と対策は、勝利を確実なものにした。選手が勝利した時、自分が勝ったと時のように嬉しくて、手を振り上げたものだ。

 もう赤司のバスケにそんなものは存在しない。それでも、は諦められない。

 ただしには諦められないのが自分のバスケの理想なのか、それとも赤司自身なのかはまだよくわからなかった。




「だから応援はしたいの。」




 黄瀬とした“遊び”は楽しくて、自分の望んだものだった。黒子と黄瀬が今も仲間と楽しくバスケをしたいと願っているのなら、は素直にその応援をしたい。そして、赤司のように勝利だけを目指すバスケをしている人に負けて欲しくない。

 それは間接的とはいえ、今まで唯々諾々と不満を言いながらも赤司の意志に従ってきたの、小さな抵抗でもあった。でもはそのことに気づかない。





「じゃあ、俺と黒子っちと、っちだけの、秘密っスね。」





 黄瀬はにっこり笑って人差し指を唇に当てる。





「そうだよ。しーね。」






 もそれをマネして人差し指を立てて言った。




「緑間っちに見せたらだめっスか?」

「んー、あの人なんか苦手なんだよね。」





 と緑間は何故かいまいちあわない。というか、正直噛みあっていたのは赤司くらいのものだとは思う。




「うっわーひっでー」





 黄瀬はころころと笑うが、別に酷いなどと思っていないだろう。むしろ自分も絶対そう思っているに違いない。




「今度関東来たら、俺おごるッスわ。」

「え?今日もおごってもらってるよ。」

「それは一昨日の遊びの勝者の当然の権利っスよ。だから、これの分。」





 黄瀬はぱらぱらと冊子をめくる。

 あまりスカウティングは得意ではないが、笠松あたりに見せれば重要な情報源となるだろう。勝利に大きくつなげることが出来る。対策も考えられるだろう。





「んー、でも悪いよ。」

「何言ってるんスか。それに俺モデルで稼いでるんで大丈夫っス。」

「ふぅん。モデル業なんて今は片手間でしょ?」

「そりゃぁ、バスケ楽しいっスから!」





 黄瀬は心の底からそう思っている。

 黒子たちに負けてから、どうしても練習が楽しくて仕方がないし、仲間たちもやはり熱心に取り組めば自分を認めてくれる。みんなで上を目指すのは楽しい。そして楽しいからこそもっと続けていたい、勝ちたいと思える。





「うん。楽しいね。」






 もそんな黄瀬に笑顔で返す。そんな黄瀬を少しでも助けられたら、も嬉しい。





っちは絶対誠凛の試合を見に行くべきっスよ!」

「誠凛って、てっちゃんとこ?」

「そ。火神って見せたっしょ?写真。あいつと黒子っち、めっちゃ楽しそうッスよ。絶対っちも好きになる。今俺が楽しくバスケやれるのも、ある意味であいつらのおかげっスから。」

「ふぅん。」




 足をぶらぶらさせて、は黄瀬の話を聞く。

 誠凛との試合や、緑間との再会。彼がラッキーアイテムで蛙を持っていたことや、それが割れたこと、他にも皆の近況などが含まれていて、あっという間にケーキと紅茶を頼んで話しているだけで2時を過ぎていた。




「観光するんじゃなかったのか?」





 バスケ部の鞄を持ったままの赤司が、練習を終えたのかやってくる。




「うちの実家に行ってきたよ。」

「あぁ、の本家か。他は?」

「しゃべるので夢中で忘れてたッス。」





 もうこうなっては観光に来たのか、ただの井戸端会議に来たのか、さっぱりわからない。赤司は少し呆れたのか小さく息を吐いて、の頭をぽんっと撫で、の隣に座った。





「ふたりとも本当によく話すな。」

「えーそんなことないっスよ。俺は寡黙な男っスよ。」

「嘘だー。涼ちゃんはやかしましいよ。」

「安心しろ。、おまえも姦しい。」

「酷いよ。征くん。」








 は少し唇をとがらせて、残っていた冷め切った紅茶を一気に喉に流し込んだ。

 中学時代からと黄瀬はよく話していた。お互いよく話すのでくだらないことを話しては時間を忘れ、よくバスケ部ではうるさいと赤司に叱られていた。

 楽しかった中学の頃を思い出して、はただ笑っていた。

Die Laestigen Menschen