いくつか寺や神社を回って、新幹線に乗る黄瀬を京都駅まで見送ると、もう夜の11時、家に着く頃には12時を過ぎていた。





「せ、せい、く、」




 が掠れた声で名前を呼ぶ。彼女を玄関すぐの壁に追い詰めて逃げられないようにしてから口づけると、酷く驚いた顔をしていたが、すぐに赤司を受け入れた。

 とはいえ戸惑いは大きいらしい、潤んだ瞳が窺うように赤司を見上げてくる。




「ど、どうしたの?」

「一応、嫉妬は示しておこうかと思ってね。」

「しっと?」






 幼げな声音が赤司の言葉を反芻する。力の抜けた身体を支えて、赤司は電気もつけぬまま自分の部屋にを引きずり込んだ。

 明日はゴールデンウィーク最終日、幸い部活すらも休みだ。

 は別に抵抗することもなく、流されるままにベッドの端に座る。赤司はベッドサイドの電気だけをつけて、の頬にそっと口づける。




「僕は黄瀬とが出かけるのがすごく嫌だった。」

「え?」





 はっきりと口にすると、は酷く狼狽えたような顔をして、目尻を下げた。




「ど、どうして?」

「嫉妬するから。」

「しっと?」




 辞書的な説明をするなら、それは自分とは異なるもの、自分から見てよく見えるもの、そして自分が欲しいものなどを持っている相手に対して抱く、快くないという感情だ。は記憶力が良いから、広辞苑の文句は覚えているだろう。

 でも、覚えていることと、実際にわかることは全く異なる。




「征くんはわたしが嫌なの?」





 悲しそうには瞳を潤ませて赤司に尋ねる。






「・・・違うよ、の黄瀬と出かけるって言う行動が嫌なだけだ。」

「それはわたしが嫌とは違うの?」

「・・・」





 彼女の漆黒の瞳は潤んで涙をたたえ、ただ汚い感情を持つ赤司を丸く映す。





 ―――――――――――んなの、わかんないし、俺なら絶対嫌だもん。嫌って言っちゃえば良いんだよ。





 葉山は赤司にそう言っていた。だがやはり素直に言ったところで、には理解できないらしい。

 確かに嫉妬は嫌だという気持ちに似ているのかもしれない。でも、自身が嫌いだから嫉妬を抱くのではない。彼女が好きだからこそ嫉妬を抱くのだ。それをは根本的に理解できないから、自分が嫌いだと言われたと思ってショックを受ける。

 その悲しそうな顔を見て、赤司は思わず仕方ないと笑ってしまった。




「違うよ。のことは好きだよ。ただ涼太にいらだつって言うだけで、」

「涼ちゃんはいい子だよ。」

「知ってる。」




 でも恋愛ごとは別だ。彼女と一緒に出かけられれば疎ましい、と言っても多分、はわからないだろう。自分が相手の一番でいたいと思う気持ちがわかってもらえないのならば、こちらがむなしいだけだ。やっぱり言うだけ無駄。




「・・・わかんない、わかんないよ。」




 は酷く悲しそうな震える声で言う。声音から本気で戸惑っていることが伝わってきて、思わず赤司は苦笑してしまった。




「いや、もう良いよ。変なことを言ったね。」

「え?」

「うん。良い。」




 の目尻にたまる涙を軽く拭ってやると、彼女はほっと安堵の息を吐いた。ふわっと笑うその表情は幼い頃とあまりに変わっていない。





「良いか?」






 赤司がの来ているカーディガンに手をかけて問うと、はじっとこちらを見上げて返事をしてこない。ただ拒んでいる風もなくて、どうしようかと戸惑う。





「どうした?」

「うん。わたしは征くんが大好きだよ。」

「なんだ突然、」

「涼ちゃんが、相手の気持ちがわからない時は、自分の気持ちを伝えないといけないって。」




 黄瀬の入れ知恵らしい。は昔から精神的にきわめて幼いが、言われたことは素直に聞くし、それが良いと言われればきちんとする。そういう所が赤司は好きだが、赤司が気になるのは、そこではない。




「僕の気持ちがわからないのか?」

「・・・んー、」





 は言いづらいのか、それとも言葉にする方法がわからないのか、目を伏せて自分のくんだ指先を見つめる。

 多分、がわからないのはこのすれ違いの解消方法だ。

 全中の試合後、は赤司の傍にいることに戸惑うようになった。否、もっと前からだったのかもしれない。勝利のみを求め、チームプレイをやめた。それによって生じた不和は取り返しのつかない物であると同時に、キセキの世代は全員が互いにとっての敵となった。

 全員と仲の良かったは取り残されたような気持ちになったのかもしれない。きっとそれは黒子も同じだった。

 洛山に来てから、はバスケ部にマネージャーとして赤司によって入部させられた。当初部を掌握していない頃、彼女は赤司から離れず、いつも通りのように見えていたが、赤司が部長になるとはサボるようになり、今となってはほとんど公式戦を見に行く以外しない。

 誰かとバスケをすることもなくなった。




、おまえは僕にどうして欲しい、」





 赤司は率直に尋ねた。彼女は弾かれたように顔を上げて、大きな瞳で赤司を映す。




「おまえもわかっているはずだ。僕にとって勝利は基礎代謝だ。」





 赤司にとって、勝利は基礎代謝だ。それがなければ生きていけないし、当たり前のようにそれをこなすことによって生存している。

 対しては勝利を必要としない。

 圧倒的な名門の子供として生まれながらも、彼女は嫡男ではなく、優秀な兄二人がいる。幸せになれば良いと思われているだけで、期待はされていない。ありのまま楽しむことが出来るのは、絶対に得なければならない物がないからだ。

 ただ愛されている。

 にももう、赤司と自分の大きな違いについては理解できるはずだ。求められている物が違う。それは動き方の違いにも現れている。

 は感情的だ。対して赤司は理性的だ。それを求められているから。




「・・・」

「それをわかった上で、、おまえは僕にどうして欲しい。」





 まっすぐと問われて、は戸惑う。

 自分の不満がうまく形にならないというのに、彼にして欲しいことなど見つかるはずもない。だが何が嫌なのかわからなければ、彼もフォローのしようがないのは当然だ。





「・・・どうしたら、良いんだろう、わたしは、何がしたいのかな・・・」






 は目尻を下げて、思わず呟いた。

 赤司のことは大好きだ。でも彼のバスケのやり方や、勝利しか必要としないところは好きではない。でも彼には勝利が必要で、だからこそ、勝利しか求めないやり方で戦っている。自分の力でそれを勝ち取るように周りを使う。利用する。

 ループするその思いは、に答えをなかなか与えてくれないし、不満はわかってもその解決方法がわからない。





「ごめん、わかんないかも。・・・でも、また征くんとバスケがしたいな、」

「練習はいつもしていただろう?それをしなくなったのはだ。」





 は女子バスケ部でも十分に活躍できるほどの実力がある。キセキの世代がお互いに敵同士になってからは、中学時代も時々赤司の練習を手伝っていた。とはいえそれも、全中の試合の以後、が拒むようになったため、なくなったが。






「うん。でも、わたし、征くんの役に立ちたい。」 






 はぐずるようにそう言って、表情を隠すように赤司の肩に顔を埋める。




「バスケ部にちゃんとさぼらず来れば役に立つ。」

「うそ。征くんの役に立ってるわけじゃない。」





 例えバスケ部の試合を見に行かず、統計をしなかったとしても、今やどうせ赤司は勝つのだ。が行けば赤司が出ずとも簡単に勝てるようになるだけで、結局全中の時と同じ、完全な退屈を生み出すだけだ。そんなこと役に立っていると言えない。

 その思いを感じて、赤司は小さく息を吐く。




「僕はね、。」






 おまえが役に立つことが重要だとは思っていないんだよ、傍にいて欲しいだけだ、と、簡単に口にすることが出来れば良いのにと、赤司はの身体をそっと抱きしめた。

Wo ist die Liebe?愛はどこ