マッチアップは基本的にポイントガードとして赤司と実渕が、葉山とが、そして黛と根武谷が相対するというアンバランスで力関係が明確な組み合わせとなった。
赤司と実渕の力の差は赤司の方に完全に傾いているし、黛と根武谷など力比べをするまでもなく根武谷の方が強い。だが、意外なことに、葉山とは葉山の方が明らかに強いと思われていたのに、葉山は抜かれることこそないが、を抜けず、挙げ句スティールされる始末だった。しかも回数を重ねるごとに頻度が増している。
「なんでだよっ、」
葉山は小声で思わず舌打ちをして呟いた。
目の前の少女は非常に小柄だ。確かにスピードは驚くほどに早い。だがそれだけのはずだ。なのに、彼女の動きが予想できない。感性でわかるはずなのに、彼女は感性を超えてくる。全く読めないのだ。感性通りに動き、それを読まれ、スティールされる。
ドリブルが始まるその瞬間にあわせてくる上、そのテンポが徐々にぴったりとあいつつある。
「やばい、」
これ以上やれば、もっとタイミングがあってくる、おそらく葉山の動きに合わせてボールをスティールしてくるだろう。しかも彼女はディフェンスもうまく、抜こうとする葉山の5本の速度についてくる上、あまり無理矢理行けば彼女にあたり、ファールをとる可能性が高かった。
速さで勝り、抜かなければならない。なのに、彼女をかわせない。その苛々が葉山を襲えば襲うほど、を追えない。不規則な動きを追うために神経を研ぎ澄まさなければならないのに、苛々が邪魔をする。
スティールされ、ボールが実渕へと渡る。だがそれを赤司がとって、ゴールに入れた。
ほぼ葉山がにボールをとられるのを、赤司がフォローして取り返しているような状態。それがまた、葉山にプレッシャーをかける。
すでには赤司が条件としていた2本のゴールをあっさりと葉山から奪う形で決めていた。ただし全体的なスコアはやはり赤司がいるため、負けている。
「玲央ちゃん、だめ、そこで下がっちゃったらアンクルブレイクが来るから、間合いに入らなくちゃだめだよ」
ポイントガードとして赤司と相対している実渕に、が悔しそうに言った。
「簡単に言うけどねぇ、タイミング計んなきゃいけないし、かなりしんどいのよ、」
実渕は腰に手を当ててため息をつく。
タイミングがつかめない、というのが実渕の本音だ。が言っていることはわかる。アンクルブレイクをされないためには間合いを詰め、その切り返す間をなくすことが重要だ。しかし、抜かれる可能性もあり、そのタイミングを把握するのは非常に難しい。
「あんた、平気そうねぇ・・・しかも小太郎止めるなんて・・・」
「ちょっと大輝ちゃんのマネは難しいけど、別に?葉山先輩のタイミングがわかるから。」
「タイミングぅ?」
「そうだよ。わたしは記憶力が良いから、たくさん見てればそれを重ねて、タイミングがわかるんだ。」
には分析はよくわからない。ただ無意識にたくさん記憶した映像を統計化し、感性として本能的に理解するのだ。
「根武谷先輩、あの位置は駄目だよ。8割の確率で征くんに止められちゃうし、黛先輩がフォローに入っちゃう。」
「はぁ!?いつの話だよ。」
「二回前のスティールしたあとだよ。」
はぺらぺらと今まで見てきた統計の結果と天才的な感性でその大問具を見抜いているが、それが他人にはよくわからないと言うことが理解できないらしい。ただ十分に頷けるところはあって、頭の中で自分の動きを反芻する。
実渕はボールを持っていたが、ふぅっと息を吐き、それをに渡した。
「、アンタがポイントガードやりなさい。」
「え、征くんとマッチアップとかいやだよ。それにもう葉山先輩におごってもらうこと決まったもん」
すでに2本のゴールを奪っているは、もうやる気がない。ましてや赤司とやり合うとなれば集中力は並大抵ではない。最初に思いっきり飛ばしていたため、あと残り2分でそんな体力の奪われるようなことはしたくなかった。
「じゃあ、ついでに昼ご飯おごってあげるからかわりなさい!私三本まだシュート入れてないのよ!今から体育館10周とか絶対に嫌なの!」
赤司の言うことは絶対だ。は2本シュートが入ればマッチアップしている葉山にかき氷をおごってもらえるということで、すでに2本のシュートを入れている。だが、レギュラーに赤司が出した条件は3本以上のシュートを入れることで、それが出来なければ体育館10周だ。
練習後、しかもこれだけの運動量でそれは非常に厳しいので、避けて通りたい。
残念なことに実渕はマッチアップが赤司であったため、まだシュートが2本しか入っていなかった。このままではアウトである。ちなみに根武谷はマッチアップが黛であったため、すでに3本を終えていた。
「わかった、ごはんおごりね。」
は疲れすらも感じさせないうきうきした様子でひょこひょこと跳ねた。始まった途端に、ポイントガードのにボールが渡される。
「ふー、」
は自分を落ち着けるように息を吐き、目の前の少年を見すえた。赤と橙の色の瞳は鋭く細められていて、の一挙一動を見逃さない。ただ、彼の動き方を自身もよく知っている。いつも一緒にいた。それは互いに一緒だ。
腰をかがめ、は自分の動きのリズムをとる。
感性でしか動けないはまさに野生の勘だけで彼の動きを捉える。ただしその中には頭の中に思い浮かべている統計もあるため、なかなか捕まらない。
はちらりと実渕の動きを確認しながら、動く、と見せかけて右手で背中にボールを通した。赤司の手が右側に伸びてくるのがわかったからだ。しかしすぐに赤司の手が左側に伸びる。本来なら右手でボールを叩けばすぐに左側の手でドリブルを交替しなければならない。
だがは右手でそのままもう一度ボールを弾き、右側に踏み出した。
「!」
左側に手を伸ばしていた赤司はかわされる形になる。
「抜いた!?」
葉山が驚きのあまりに呆然と叫んだ。ただ、赤司はそこまで甘くはない。右手でのボールを後ろ向きにとろうとする。バックチップだ。だがもそれを予想していたのか、そのボールを右手で、右側にいた実渕の方にたたき出した。元々抜けないとわかっていたらしい。
赤司も今度こそ目を見張る。それは黒子のパスの仕方によく似ていたからだ。
「ナイスパス!」
実渕がに声をかけて、そこからスリーポイントシュートを打つ。それは吸い込まれるようにゴールへと飲み込まれていった。
これで三人ともノルマはクリアだ。
「・・・でも、結構大差ねぇ・・・」
実渕は頬に手を当てて困った顔でふっと息を吐く。
が葉山にマッチアップしている時、ほぼ彼を止めていたため、彼は未だに3本シュートを入れられていない。黛も根武谷が押さえていた。だが、結局実渕が赤司に抜かれてばっかりだったため、点数としては全体的に19対28で、たちのチームは負けていた。
「それにしてもよくやったじゃねぇか。」
根武谷はの背中を叩こうとして、ふっと彼女が女であると言うことに気づいたのか、頭を撫でるのに切り換える。
「・・・終わりだな。」
赤司が告げて、黛と葉山を見る。二人は3本シュートを決められていないため、今から体育館を10周走ることになる。しかも葉山に至ってはにも抜かれて2本入れられたため、20周だ。
「ちくしょう!」
葉山はぐっと唇を噛む。確かになめていたのは事実だが、ここまで捕まらないとは思わなかったのだ。しかも彼女は低い位置でドリブルをしてくるし、読めない。野生の勘とも違う方向で攻めてくるため、反応のしようがなかった。
それでふと赤司が言っていた言葉に気がつく。
「・・・もしかしてこれって、」
「あぁ、は大輝にバスケを教わっていてな。プレイスタイルはよく似ている。小太郎、おまえには大輝をある程度止めてもらわねば困るからな。」
キセキの世代の誰が上へと上がってくるかはもちろんわからない。だが上がってくるとして、青峰を相手にするのはパワーフォワードの黛では荷が重すぎるため葉山になるだろう。ならば先にある程度対策はしておくべきだ。
その意図から、一定の相違点があるとは言え感性のよく似ているに、葉山の相手をさせた。
「やった、ご飯とかき氷。」
そんなことに全く気づいていないは、鼻歌交じりでバスケットボールを用具入れの籠に放り込み、嬉しそうな顔でスキップをしている。
「・・・」
何やら葉山は悔しがる気すらも失せて、大きく息を吐いた。明日は日曜日で一日部活がないため休みだが、今から20周は結構きつかった。
Das Talent 才能