「も一回!もー一回!!」

 葉山は昼休みご飯そっちのけでを追いかけに来たかと思うと、1on1をしようと声をかけてきた。しかも彼は結構すばしっこく、小回りもきき、しかもと同じ感性型であるため、彼から逃げるのはなかなか難しかった。

 しかも、面倒になった1on1をすると、男女差があるため10回に4本くらいしかはとれないのだが、それでも悔しいのか、もう一回としつこい。

 だがバスケに真面目に取り組む彼を邪険に扱うことも出来ず、彼に捕まえられた時は仕方なく部活に参加をし、部活が終わると葉山の相手をする羽目になった。




「もう疲れたよ。征くん、助けて・・・。」





 はボールを適当に投げ飛ばすようにシュートし、赤司の方に逃げていく。

 まだ何人か残っていた男子バスケ部部員の全員がの身体能力に驚愕していたが、女子であるというだけでなく、真面目に練習をしたこともないの体力は皆無だ。

 基本的にフルでの運動は15分が限界だった。




「日頃の運動不足だな。自業自得だろう。まだ10分だぞ。あと5分はいけるはずだ。」

「もうしんどいよ」

「黄瀬との試合は10分なんて物じゃなかったと思うが?そうだな、15分したら助けてやる。」




 赤司は冷静にマネージャーからの報告を聞いたり、書き物をしながら、の援護要求をあっさりと流した。




「なんか、ちゃんどんどん強くなってる?」



 実渕が葉山との1on1を眺めながら、頬に手を当てて首を傾げて見せる。



「なんか追いつくようになってきてないか?」




 黛も驚いて眼を丸くした。

 男女の脚力の差は非常に大きい。反射神経や動体視力が良かったとしても、本来であれば運動能力としてついて行けないはずだ。なのには徐々に葉山の動きに完全についてくるようになっている。




「そういうわけじゃないが、そうだな。ただ、このままだとどんどん止められなくなるだろうな。」




 赤司も彼女の様子をつぶさに見ながらふうっと息を吐いた。

 赤司にはだいたいの限界など見えている。段々自分の動きに対する葉山の動きの統計がとれてきているため、葉山はに抜かれたりする悔しさ故に勝負を挑んでいるが、が葉山を止めるタイミングはぴったりになってきている。

 確かには性別という点で脚力や腕力に関して葉山に劣るが、それでも確実に来るタイミングがわかっていたらある程度葉山を止められるのは当然だし、彼女自身天才的な才能がある。身体能力はずば抜けているため予測できる物を止められないはずがない。

 しかも一瞬でも葉山が怯めば不安定な体勢でもシュートを打ってくる。一瞬の隙も許されない。しかもその才能でやればやるほど止められていく。それがの恐ろしいところだ。

 葉山がが抜いてくると予想して一瞬後ろに下がった途端に、逆に自分が後ろに下がることでは山から距離をとり、がシュートを打つ。それを葉山はブロックしようとしたが、の方が一歩早く、高さが足りない。




「くそっ!ちくしょう!!」




 葉山は悔しそうに声を上げ、を睨む。はもう疲れたのか、ベンチに帰ろうと踵返す。だがその首根っこを葉山が引っ張った。




「もっかい!」

「やだ」




 は子供のようにぶんぶんと首を振って、歩こうとするが、首根っこを掴まれているため、前に進めない。ただもう絶対にやりたくないようだ。



「征くん、助けて・・・」




 だっこをねだる子供のように叫ぶことなく、潤んだ漆黒の瞳で手を伸ばしてくるの姿が昔と全く変わっていなくて、赤司はそれを無視しようとそっぽを向いた。字を書く手は自然と止まる。




「・・・」

「征ちゃん、どうしたの?」





 実渕は不思議そうに赤司の表情を窺う。赤司は大きなため息をついて後ろを振り返った。



「・・・征くん・・・、助けて・・・」




 が潤んだ瞳でこちらを見ている。漆黒の瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど潤んでいて、今にも泣き出しそうに表情が歪んでいる。随分可愛い顔立ちをしているため、他人でも少しうずっとするが、幼馴染みでいつもこの目を向けられてきた赤司は、めっきりそれに弱かった。




「小太郎、今日はもうその辺にしろ。」

「ええええええ!もうちょっと!!」

「駄目だ。」




 赤司はそう言って、に背を向ける。だが自分でもに酷く甘い自覚があったため、ため息しか出ず、こめかみを押さえて長いため息をつく。




「征ちゃん、を甘やかしちゃ駄目よ。」

「・・・わかっている。わかっているんだが、な。」




 実渕に言われなくても、自分が一番を甘やかしており、それが良くないこともわかっている。

 帝光中学の頃、崩壊の最初のきっかけは青峰のサボりを許したことだった。勝利のために試合に勝っている限りは練習に来なくて良いとしたためだ。今のも、公式戦には来るが、それ以外は見てもみなくても統計を取らずとも勝利するに決まっている。だから来ない。

 それについて、厳しくしかりつけるだけの権限が赤司にはあるし、もっと本気で彼女が練習に来るよう脅す方法はいくらでもある。だが、赤司はそう言った手をに使うことをしなかったし、仮に使ったとしても、目尻を下げて悲しそうな顔をすれば多分、やめてしまうだろう。

 結局のところ赤司にとってが離れていくことの方が怖いのだ。だから他のすべてに目をつむってしまう。




「もう疲れた・・・眠たい、」




 はベンチまでたどり着くのも面倒なのか、その場に座り込む。そしてそのままくるりと丸まって目を閉じる。固くて冷たい体育館の板張りの床が、とても気持ちが良かった。




「ちょっと!女の子がそんな所に横たわらないの。」




 実渕が怒っての手を引っ張り、身体を起こさせる。だがそれ以上は面倒くさくて動きたくないらしい。




「あと、30分。」

「30分ってそんなのもう帰るわよ!!」





 練習は終わっているのだ。実渕としては葉山との1on1が終わったのなら早く帰りたいに決まっている。だが、は実渕の手が離れると、また体育館の床に沈んだ。運動後で眠たいらしい。



、自分で起きれるだろう、」



 赤司も流石に体育館の板張りの床の上で仮眠をとるのを許すわけにはいかない。しかも赤司はが別に起き上がる体力は十分に残っていることを知っている。




「・・・やだ、」

「おまえがバスケをしたいと言ったんだろうが。」

「征くんとバスケがしたいとは言ったけど、葉山先輩したいって言ってない。」

「ひでっ!そういうつれないこと言うなよー。」




 葉山はむっとしての所にしゃがみ込み、膨らんだ頬をつつく。はそれを嫌がるようにころんと転がった。だがすぐに本当に眠気が出てうとうとしてきたのか、漆黒の大きな瞳がとろんとして、焦点を失い始める。

 赤司は仕方がなくの頭の近くに膝をつき、を抱き上げた。も細い手を赤司の首に回す。赤司はをベンチまで運ぶと、抱きついてきている彼女の背中を強く叩いた。



「ほら、シャワーを浴びて、早く着替えてこい。」

「う・・・はい。」




 はのろのろと立ち上がり、体育館を出て行く。




「征ちゃん、やっぱり甘やかしちゃ駄目よ。」




 実渕は言って、赤司に哀れみの目を向ける。

 と実渕は親友同士だが、それ故に実渕は彼女に甘くない。それは彼女を対等に見ているからだ。が涙目になっても言う時はきちんと言う。

 だが、赤司はそれが出来ない。いつからか彼女の心に怖くて踏み込めなくなった。




「・・・」




 サボりのことも、全部怒れば彼女はバスケ部を辞めると言い出すだろう。それが怖くて、自分の元から離れていく彼女を見たくなくて、踏み出せない自分が、一番溝を掘っているのだと赤司は知っていたが、それでもどうしようもなかった。



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