初夏になればインターハイの予選が始まる。



「・・・あれ、5位だ。」




 は張り出された席次を見て首を傾げた。

 は比較的学校成績は良い方で、大抵は赤司と同位か、赤司に続くくらい成績が良いのが常だ。そのため、5位というのは、確かに成績としては申し分はないが、日頃の成績から考えると相当酷い。確かに今回の点数は赤司ほどよくはなかった。だが、それだけでは絶対にない。



「おまえ、僕が言った提出物を出さなかったのか?」




 赤司が少し眉を寄せてを睨む。




「そうだったかも、」




 は何の気もなくさらりと言った。

 確かに、いつもなら彼の言うとおり提出物を出していたが、今回は逃げ回ることの方に忙しくて出していなかったかも知れない。一学期は中間テストのあと一ヶ月で期末テストが来るが、期末テストをどれだけ頑張ってもこの分だと総合点数は赤司に及ばないだろう。

 ただ、は元々席次にこだわりはまったくなかったので、そのまま張り出された紙を素通りする。だが、赤司がその前から動かなかったので、振り返った。



「征くん?」




 立ち尽くしている彼を見て、は首を傾げる。




「・・・、おまえは、」




 赤司はをその色違いの瞳で映して、悲しそうに目尻を下げた。紡がれた言葉の続きはどこにもない。ただその物言いたげな悲しい瞳を見て、は自分が何か間違ったことをしたのだと悟る。




「え、ご、ごめんなさい、次からはちゃんと出すよ。」




 は慌てて彼の元に駆け寄り、彼の手を握る。その自分より一回り大きな手は、温かい。

 そういえば、中学が一緒になってから、席次が彼と並ばなかったことは本当に初めてかも知れない。大抵同位で一位か、が二位かで、いつも彼の名前の次に自分の名前があった。今回は提出物を出さなかったからこの成績だったが、いつも通りちゃんと提出物を出したら、赤司に勝てないまでも実力テスト結果との合算で2位に戻るだろう。




「・・・次からは気をつけろよ。」




 赤司は何かを言いたげだったが、それでもそのことについて言及せず、の頭を撫でて、ぐっと繋いだ手を強く握った。痛いくらいの力には驚いて彼を見上げるが、いつも通り色違いの瞳は優しい。



「あぁ、あと、僕はこれから生徒会に出入りすることになるから、」

「ふぅん、いってらっしゃい。」



 は実にあっさりと言った。またその手に力がこもる。

 そういえば帝光中学時代も、彼は生徒会長をしていて、は書記だった。また高校でも生徒会長を目指す気なのだろう。彼は部活でも主将になったり、リーダーというか、一番上に立つ場所へ行きたがる。相変わらず熱心だなと感心するが、には不釣り合いな場所だ。興味もない。

 ただ昼休むに教室を放れる日も増えるだろうから、が彼から逃げられて部活に出ない日が増えそうだった。



「そう、か。」



 赤司はの実にあっさりとした回答に縋ることも出来ず、手を握っただけだった。

 本当は一緒に来て欲しいと思った。前のように自分を支えて欲しいと。でも全中の試合以来、彼女が赤司に積極的に協力しようとすることはなく、むしろどんどん離れていこうとしている気すらする。それが赤司は怖くてたまらない。



「赤司君?」




 成績の張り出しを過ぎて歩き出そうとすると、ふと呼び止められた。見ればそこに、黒髪を一つに束ねた、気の強そうな美人がいる。




「戸院先輩ですね。こんにちは。」




 赤司は礼儀正しく挨拶をしたが、初対面の人が苦手なは赤司の後ろに隠れていた。



「だれ?」

「生徒会長。入学式で見なかったか?挨拶していたぞ。」




 入学式の時も生徒会長として挨拶をしていたはずだ。は記憶力が良い方なので、見た人間を忘れたりはしない。




「え、知らないと思うけど。」

「・・・そういえば、おまえ、途中から寝ていたか?」




 赤司はふと入学式の時の光景を思い出して、額を押さえる。

 赤司と同じく入学試験の主席であるため、は赤司の隣で女子の新入生代表で、相変わらずの記憶力で赤司の書いた原稿をすらすらとしとやかに読み上げただったが、疲れて眠たくなったのか、途中から赤司の肩にもたれるようにして眠ってしまっていた。




「かもしれないね。どこまで起きてたかな・・・」





 は少し考え込む。だが少なくとも生徒会長の挨拶までは間違いなく起きていなかったのだろう。



「あれれ、この子は?」




 戸院は赤司の後ろにいるを見て、首を傾げる。

 長い黒髪にすらりと長い足、戸院は170センチ近い長身で、バスケ部だ。対しては未だ140センチという低身長。足も長いし胸もそれなりにあるが華奢でどちらかというと小動物系だ。




「あぁ、、僕の恋人です。」




 赤司はの背中を押して、自分の隣へと導く。は少し目尻を下げて、赤司の腕に手を添えた。




「こ、恋人?」




 あからさまに戸院が声を震わせて、じっとを見聞する。それが不快なのか、はぎゅっと赤司の手を握った。




「はい。幼馴染みで、家同士も仲が良いんです。」

「あ、あぁ、家って言ったら、公家の名門だもんね。」




 戸院は少し納得したのか、言いたいことはありそうだが頷いていた。

 当たり前だ。家と言ったら千年前から系図の残る名門中の名門だ。赤司家も確かに日本有数の名門だが、家と言ったら日本の首相も輩出したことのあるほどの家柄だった。




「何か用事ですか?」

「あ、うん。生徒会の話し合いがあるから、今から来れないかと思って呼びに来たのよ。」




 赤司はまだ正式なメンバーではないが、参加したいという意図はすで聞いているため、戸院は赤司を呼びに来たのだ。




「そうですか。」




 赤司はそう言って、に目線を向ける。本当は彼女も連れて行きたいのだが、は来たくないだろう。ただここで離れれば間違いなく彼女は昼からの授業に出てこない。そしてそれは自動的に部活にも出てこないと言うことになる。

 にとっては逆に赤司が生徒会に行くのは朗報かも知れない。そう考えれば赤司の気分はどん底まで沈みそうだった。 

 だがここでそれを口にすれば、現実を突きつけられる気がして赤司は結局何も言えない。




「ちゃんと授業は出てこいよ。」





 赤司はの頬を手の甲で優しく叩いて、言う。



「んー、」




 は基本的に嘘はつかないので、イエスとは言わなかった。出てこない気なのだろう。赤司はため息をついて、戸院に続く。




「可愛い子ね、彼女。」




 から少し離れたところで、戸院がぽつりと言う。

 確かに誰から見てもは可愛いし、どちらかというと漆黒の髪に大きな漆黒の瞳、色白でいかにも日本人と言った容姿はしとやかそうに見える。中身はともかく、ちょっと童顔すぎるくらいだが、それでもかわいさを考えればパーフェクトだ。




「本当に、困った子ですよ。」




 赤司は口からぽろりと本音を漏らしていた。

 自分はこんなにも彼女が好きで、傍にいて欲しくて、依存しきっているのに、彼女はどんどん遠くなる。よく中学に上がれば男女の幼馴染みも離れると言われるが、まさか恋人同士になって、高校にもなった今更、そんなことを悩むとは思わなかった。

 ちらりと赤司は振り返る。はもうそこにはいなかった。
Warum 何故