次の日、洛山高校のバスケ部一軍は新幹線で東京に移動した。



「あ、飲み物忘れてきた・・・」




 は新幹線の中で自分の荷物を見て、漆黒の瞳を潤ませる。




「机の上に置いてあった奴だろう?僕が持ってきた。」




 赤司は心底呆れたように言って、向かい側の席に座っているにペットボトルのお茶を渡した。




「ありがとう。」

「あと、おまえの洗顔フォームと歯ブラシ、ドライヤー、リップクリーム、日焼け止めも僕が持っている。パソコンの充電器もだ。」

「ドライヤーなんて別にいらないよ?日焼け止め面倒だから嫌。」

、アンタ本当に女の子なの?」




 の隣に座っている実渕が心底呆れた表情でを見下ろす。

 今時の女子高生が泊まりがけともなれば、ドライヤーやカーラーは必須アイテムだ。日焼け止めも夏休みの現在の気候を考えたら当然。洗顔フォームやリップクリームを忘れるなど論外。実渕ですらドライヤーや洗顔フォームなどは持って来ている。




って忘れっぽいの?」




 赤司の隣に座っている葉山が軽く首を傾げて尋ねる。




「忘れっぽいどころか、用意すらしていなかったからな。」




 赤司は着々とインターハイのための準備をしていたが、は話を聞いていたはずなのに、服と下着くらいの準備しかしていなかった。ホテルにシャンプーなどはついているから良いだろうが、それ以外にも女なら持って行くべき物があるだろうに、は全く思い当たらなかったようだ。




「もぅ、髪くらいといてきなさいよ。せっかく綺麗な黒髪なんだから。」

「玲央ちゃん。それナンセンスだよ。わたしの髪はとかない、乾かさなくて良いから短いんだよ。」





 は漆黒でまっすぐの髪を肩より上で切りそろえている。この髪型も多分座敷童というあだ名がつく由縁だ。髪が長くても別にとしては良いのだが、やはり短い方が用意する時間も短くてすむので便利だ。赤司はの髪を乾かしたがるが、は基本的にドライヤーを使わない。

 そのためたまにの髪は跳ねていた。




「本当にアンタ、なんで女の子なの?」





 実渕は容赦のない疑問をぶつける。

 せっかくは女の子として生まれてきて、背も小さく可愛いのに、全く何にも頓着しない。男女関係にも疎く、女子力なんて言葉すらも知らないだろう。容姿がそこそこ整っているし、名門の家出身なので赤司と並んでいてもそれほど何も言われないが、実状は酷すぎる。




「そうだね、それ昔から言われてたな、」




 はミミズクを膝に乗せてにっこりと笑う。

 幼い頃から特別やんちゃというわけではなかったが、女の子同士の遊びにはまったく興味がなかったような気がする。兄がいたし、人形遊びとか、そういうことをそもそもしたことがない。記憶するため、じっとそのあたりをぼんやり見ているか、動く昆虫や動物を追いかけている方が多かった。

 中学時代の合宿では、は青峰とともにザリガニとりにでかけたり、黄瀬の荷物の上にミミズを置いてキャプテンに怒られていた。今となっては良い思い出である。





「最近わたしも思うし、」




 は窓の外の風景をぼんやりと眺める。

 自分が男で、長兄のように天才と言われる才能を持って、もっと背が高くて、バスケが出来ていれば、赤司はあっさりと負けて、気楽に人生を歩んでいたのかも知れない。勝利にこれほどこだわらなかったのかも知れないし、キセキの世代が壊れだした時に、馬鹿なことをするなと殴れたのかも知れない。

 いや、自身であれば、結局気づかず、駄目だったかも知れない。




「本当に、」




 消えてしまいたい、とたまには考える。

 それはいじめを受けていた頃に、自分の弱さと惨めさに震えていた頃によく似ている。あるいはもっと普通であれば、こんな記憶力など持っていなければ、彼らを傷つけることはなかったのだろう。赤司から遠ざかることも出来ていたのだろう。




 ―――――――――――――でも、僕は今のさんのことが大好きですよ。




 今のに会っても、黒子は同じことを言ってくれるだろうか。彼は必死で努力したのに、はあの全中の日、嘆きに震えた所から、未だに動けていないのだ。

 黄瀬がたまに言っていた、つまらなくなると風の音が聞こえるという、あの話をはよく思い出す。





「なんなのよそれ。」





 実渕が少しむっとした顔で、の頬を引っ張る。





「いっ、いった、」

「せっかく女の子に生まれてきたんだから、いっぱい楽しみなさいよ。」

「・・・そうなの?よくわかんないや。でも、関係ないのかも。」






 としては多分、女の子に生まれてきたとか、そういうのが不満なのではなく、今の自分が嫌いなのだ。生まれ変わっても自分になりたくないから、男とか、女とか、多分関係ないのかも知れない。



「もうっ、仕方ないわね。」




 実渕は自分の櫛を取り出してきて、の髪をすく。




「なんか玲央ちゃんってお姉さんみたいね。」

「私、こんな手のかかる妹、嫌よ。」

「え、わたしは玲央ちゃんすきだよ」



 は遠慮もなく玲央に抱きつく。玲央は赤司の手前困った顔をしながら、ぽんぽんとの背中を叩いた。

 正直なところ、の玲央に対する態度は、男に対する物では全くない。いや、そもそもは誰に対しても異性に対する遠慮や恥じらいをほとんど持たない。キャミソールやブラジャーの線が見えても気にならないのだから、本当に困る。

 赤司の前では一定控えてはいるが、それは彼が怒るからだけの気が、実渕はしていた。

 膝の上に乗っているような状態になったは、髪を梳かれて目を細めていたが、実渕が髪をとき終わると、持ってきていた鞄を開き、お菓子を取り出す。




「え、お菓子持ってんの?オレにもちょーだい!」




 葉山がにねだるが、彼女が出してきた物を見て少し目を見開いた。




、おまえ必要な物は持ってこないのに、何故そういうのの用意だけは良いんだ。」




 赤司は呆れを通り越して心底冷ややかな目でそれを見る。

 干しイチジクにレーズン、ぼうろで袋がほとんど埋まっていた。数はのリュックサックのほぼ半分以上で、干しイチジクなどはどこでも手に入るわけではないので、明らかに前から用意していたのだろう。




「何でってポテチとか持ってこないの−?」




 葉山は少し不満そうに頬を膨らませる。正直どれもぱっとしない。




「え、おいしいよ。わたしの好物なんだ。」

「見たらわかるわよ。アンタの好物が偏ってるってことわね。」



 実渕も少し呆れたようにため息をついた。

 女らしくもなければ男らしくもない。そんな感じのラインナップでコメントがしにくいというのが誰もの本音だろう。




「まぁ、ぼうろの食べ過ぎは良くないが、不健康ではないんじゃないか?」




 赤司は栄養面を考えてか、別にそれほど文句は言わなかった。確かに、ドライフルーツはそれほど不健康ではない。




「えー、運動するんだからさ。ポテチとか食べたくなんじゃん!」

「わたし運動しないからならないよ。ぼうろ美味しいし。」

「あ、オレにも頂戴!」

「いや、コタちゃん、たくさん食べるからいや!」

「ちょっとぐらい良いじゃん。5袋ももってんじゃんか、」





 も葉山も見事なほどに精神年齢が幼い。

 まるで子犬と猫の喧嘩だなと思いながら、実渕はため息をつく。赤司も二人の喧嘩を見てくだらなすぎて止める気力もなく、窓の外で過ぎ去っていく風景を眺めた。

 のんびりしたは、急激に変わったりしない。だが熱気を吹くんだ風が、確かに彼女を攫っていく。長く、短い変化の夏が来る。


 がちらりとスマートフォンの画面を見て、漆黒の瞳を瞬く。

 きっと黒子か、黄瀬かそのあたりからなのだろう。が東京に来ると聞いて会いたいとでも言うのだろうと、推測しながら、赤司は彼女をどうすれば良いのか、考えあぐねていた。


Der Einfall 侵攻