はぼんやりとベンチで相手チームを眺めながら足をふらふらさせる。




、落ち着きがない。」





 赤司は試合に出ておらず、ただじっと試合を見ているだけで、彼はの動きの方が気になったらしく、注意された。

 インターハイという大舞台なので、危なくなったら出る予定だが、そもそも無冠の五将が3人もいるので、そうそう危ない状態になどなるはずもない。ただ淡々と勝利を重ねていく。相手チームのあきらめの目が冷ややかで、はベンチに座っていること自体も苦痛だった。

 これを重ねることへの意味を感じない。

 終わるとバスでホテルに戻る。練習をし、また試合。単調な生活と、役に立っていないと明らかにわかる自分に嫌気が差しながらも、無駄な時間を積み重ねていた。













 ホテルに戻ったは、その日、スカウティングではなく、レギュラーたちとトランプゲームに興じることになった。




「赤司無双じゃん。」



 葉山は唇をとがらせて言う。




「確かに征ちゃん無双だけど、も無双なんだけど。」




 実渕が葉山の言葉に付け足した。

 赤司がチートなほどに強いのは理解していた。だが、驚いたことにもまたカードゲームに関しても、だいたい何をやらせてもものすごく強かった。記憶力が良すぎるので、記憶の必要となる神経衰弱などのゲームは避けたはずだが、彼女はあまり頭が良い方ではないはずなのに、驚くほどゲームに強い。

 ばば抜きだというのに、いつの間にか赤司はあっさりと上がっており、も後一枚を葉山に引かせれば終わりだ。

 対して黛が5枚、根武谷が8枚、実渕が3枚、葉山に至っては9枚のカードが残っている。




「うん。自分でもびっくりしてる。」





 も自分が強いとは思っていなかったのか、心底不思議そうな顔をしていた。

 暇にかまけて始めたトランプだが、ダウト1回、大富豪3回、七並べ2回、ばば抜き3回、と続けて今のところ赤司が不動の一位、が二位を続けている。




「わたし、案外強いんだね。家では負けてばっかりだったんだよ。」




 は少し首を傾げて、葉山に最後の一枚のカードを引かせてゲームを終えた。

 幼い頃からカードゲームなどはするが、相手は大抵兄二人と赤司だ。兄二人は記憶力がと同じように良いだけでなくIQも高い方なので、到底勝てるはずもない。赤司にも勝てないので、毎回どべばかり、基本的に面白くないのでゲームは見ているだけで、やらなくなっていた。




はおそらく僕や他の人のやり方を記憶しているから強いんだろう。」




 赤司はソファーに座って、地べたに座り込んでトランプをやっているのを眺めながら言う。ゲームの終わったも赤司の隣に座り、眠たいのか赤司にもたれた。




「そりゃチートなわけだぜ。」





 葉山と同じくらい負けている根武谷も、少し不満そうにふんと鼻を鳴らした。

 大方の所、黛や実渕はそこそこ勝利している。大抵どべの争いをするのは葉山と根武谷で、もう決まり切ったコンビになっていた。




、眠るならちゃんと自分の部屋に戻れよ。」




 自分にもたれて眠たそうなに赤司が声をかけると、は「んー、」と当てにならない返事を返した。

 ここは実渕と赤司の部屋だ。レギュラー陣は大抵二人一部屋で、だけが唯一女のマネージャーであるため、一人部屋をあてがわれている。流石に男と相部屋にするのは気が引けるという、監督たちの配慮だろう。

 ただ、と赤司が恋人同士であることは周知の事実なので、多少の出入りは大目に見られていた。




「それにしても、アンタなにその寝間着、征ちゃんのお古なの?」




 実渕は少し呆れたように言う。

 夕飯が終わって早々にお風呂に入ったは寝間着のジャージ姿で髪の毛も濡れたままふらふらしているのを赤司に捕らえられ、そのまま髪の毛をドライヤーで乾かすために赤司の部屋にいるところにゲームをしたがる他の面々と合流することになった。

 だがそのジャージは明らかに大きめで、しかも胸やズボンに赤司と刺繍まで入っていた。




「うん。征ちゃんのミニバスの時のなの。」

ってたまに普段着で小中の時の征ちゃんの制服ブラウスとか着てない?」

「玲央ちゃんめざといね。買いにいくの面倒くさいし。」





 は小さく首を傾げて、乾かしたばかりでさらさら揺れる自分の黒髪を書き上げる。

 基本的にに物欲はない。服に関しても着れたら良いという精神の持ち主で、別段服に頓着はない。下着など必要な物は買うが、服に関してわざわざ買いに行くことはなく、母親が海外になってからなおさら酷くなった。

 中学時代はたまに桃井など女友達に無理矢理つれて行かれて買わされていたが、京都に来てからは女友達は皆無であるため、赤司が無理矢理引きずったり、実渕が誘わない限りは行くことすらもなかった。

 ただ一応身長が伸びているので、自然と服が入らなくなったりする。その時一時的に赤司が貸した自分の小さかった時の服がの物になることが多かった。




「せっかく可愛いのに、何してんのよ。」

「結構、ぴったりだよ。」

「全然ぴったりじゃないわよ。肩幅あまってんじゃない!男物と女物の寸法は違うのよ!」

「あ、そうなの、入って、長すぎなければぴったりって言うんじゃないかな。」





 は実渕の言っていることが理解できないというよりは、本気で着れれば良い程度にしか思っていないらしい。




「もう少し男でも似合う物とか考えるもんじゃないのか。」




 黛は葉山からひいたカードが自分の持っていた手札と同じであることを確認して、自分のゲームの終了を山にその二枚のカードを放り出すことで告げた。




「黛さん、終わり?」

「あぁ、実渕も終わるんじゃないのか?」



 の質問にちらりと黛が目を向けると、実渕も最後の一枚を根武谷に引かせるところだった。

 これでまたもや恒例の根武谷、葉山対決である。この二人はそろって顔に出るタイプなので、面白いほどに勝負がつかない。最後の方は周りも勝負がつかなすぎて飽きる傾向にあった。




、なんでそんなに身長小さいわけ?」




 葉山は無邪気にに問いかける。それには少しむっとした。

 最近身長が伸びてきたと言っても現在150センチに届くか届かないか、一般的な女子としても低い方だ。対してバスケ部の部員たちは皆身長が軒並み高く、170センチを超えていない部員は数えるほどしかいない。




「それってコタちゃんがどうしていつまでたっても上がれないの?って聞いてるような物だよ。」

「言葉きっつ!ってオレに風当たり強くねー?」




 葉山はわざとらしく嘆いてみせる。

 は眠たくて機嫌が悪いのか少し眉を寄せてから、一つ欠伸をした。だが部屋に戻ろうとする気配もない。動くのも面倒らしい。




「明日も試合だよなー、食いだめしねぇと。」




 根武谷が近くにあったポテトチップスをばりばり食べながら、葉山にカードを差し出す。




「でも本当に手応えないよねー。」




 葉山は退屈そうに唇をとがらせた。実渕がちらりとを窺うと、眠たいせいか、それとも心底興味がないのか、ぼんやりとリビングの光を眺めていた。




「そうね。も退屈そうだし。」




 実渕は頬に手を当てて、ソファーに座っているを見やる。

 はいつも洛山の、赤司のバスケをとても冷ややかな目で見ている。退屈そうな、今にも泣きそうな、ただ本当に記憶するためだけに見ていて、酷く無感情な、そんな感じ。何も感じていないように見せるのに、たまに内包される悲しみが見えるから、実渕はその表情に酷く惹かれる。

 なのに、黄瀬からの電話があったあの歩道橋で、彼女は前にも電話していた“てっちゃん”の敗北に涙した。てっちゃんというのあだ名に該当するキセキの世代はいない。赤司が彼の名前が出る度に嫌そうな顔をしているから、少なくとも帝光中学時代の部員だったのだろう。


 彼女がバスケで感情を吐露するのは、初めてだったように思う。

 そしてその知らせを聞いた時の、赤司の酷く無感情で、それでいて安堵したような、あの表情は、何を示しているのだろうか。

 ソファーで赤司にもたれているは、すでに目を閉じている。それを眺めている赤司の目は悲しそうで、嬉しそうで、そんな全部がない交ぜになった、優しい眼差しだった。きっと彼女は彼のそんな表情知らないのだろう。

 は赤司を酷く疑っている。役立つ物しか必要としない、勝利に必要な物のみしか求めない、そんな彼がいつか役に立たない自分を捨てるだろうと思っている。そして同時に多分、赤司もを酷く疑っている。勝利しか必要としない赤司を見限り、が自分から離れていくのを。


 バスケと、それぞれが持つ感情を蝕み、壊していく。

 他人である実渕にもその兆候はもうとっくに見えていて、それは他人が止められるレベルをすでに超えていることは、明白だった。

 カウントダウンはもうとっくに始まっていた。



Der Joker ジョーカー