「だーれだ。」
高い声音が響き渡る。
それは中学時代にはよく聞いた物だったが、古ぼけた民宿近くの体育館には不釣り合いな物で、一瞬首を傾げてしまう。だが、どちらにしても変わりはない。
「、久しぶりですね。」
黒子が笑って手を外し、振り返ると、小さな躰が黒子に飛び込んでくる。だがあまりに軽くて、受け止めるのも簡単だった。
「・・・!?何をしているのだよ!?」
体育館にいた緑間も突然現れた小さな少女に呆然と眼を丸くして叫ぶ。
「あれ、真ちゃん、その可愛いこちゃんと知り合い?」
高尾は首を傾げて黒子に抱きついている少女を見た。
肩より短い漆黒の髪に小柄な体躯、大きな漆黒の瞳。中学生ぐらいだろうか、身長は150センチあるかないかくらいで、手足もすらりとしているが、すこしぶかついた青色の薄いシャツからわかる胸元は案外ふくよかなのか、もしくは腰が細いのかなかなかのプロポーションだ。
外の太陽の光も強いため、体育館の中でも幼げな容姿と白い肌の艶やかさのギャップでどきりとする。
ただ何よりも印象的なのは彼女の肩に乗っている巨大なミミズクだ。羽繕いをしているが、正直彼女の頭よりサイズがでかい。少女が黒子に抱きついた途端、そのミミズクはホーホー鳴きながら彼女から離れ、スコア表にとまった。
「黒子、誰だ、その子。」
誠凛のキャプテンである日向が軽く首を傾げて尋ねる。監督の相田や木吉、伊月、秀徳の面々も突如現れた小柄な少女に視線を向けた。
「彼女は。なんて言ったらよいんでしょう・・・。洛山高校のマネージャーで、キセキの世代、キャプテンだった赤司君の・・・」
黒子は少し困ったような顔で言う。
「え!?洛山!?」
日向も目をぱちくりさせる。
洛山と言ったら昨年のインターハイ、ウィンターカップの王者であり、今年度キセキの世代のキャプテンだった赤司征十郎を獲得した、京都の古豪だ。そのマネージャーが来たとなれば、当然偵察というわけになるが、いまいち目の前の小柄な少女はその狡猾なイメージと結びつかない。
「てっちゃん、あとでバスケしよう、遊んで。」
黒子に抱きついてねだるは、どう見ても大人に遊べと訴える子供そのものだ。正直何しに来たのかわからない。
「それよりも、どうしてこんな所にいるんですか?」
黒子は少し身体を離して、の頭を撫でながら言う。
「え?征くんと一緒にインターハイに東京に来たら、秀徳と誠凛はここで合宿をしてるよって言われたから見にきたの。」
にっこりとは笑って、嬉しそうに黒子の腰に抱きつく。だがその幼さ故か、いやらしさは全くない。
「・・・誰が言ってたんですか?」
赤司のことをよく知る黒子からすると、誠凛と秀徳が合宿をしているなんて言う情報を進んで彼がに話すとは思えない。特に昔から彼は黒子との仲を疑っており、それはいつも彼の中に小さな懸念としてあったはずだ。
赤司がと自分を会わせたがっているはずがないし、賢い彼が情報をに漏らしたとは思えない。
「えっとねー、」
は少し宙に視線をさまよわせてから、緑間に目を向ける。
「・・・緑間君が教えたんですか。怒られますよ。」
「たまに愚痴りたい時があるのだよ。」
緑間は眼鏡をあげ、視線をそらした。
どうやら誠凛に会ったことが不本意だった緑間は、愚痴ついでににラインかメールを送ったらしい。それで丁度インターハイに東京に来ていたは耐えられなくなって、遊びに来たのだ。
「、ちゃんと行き先の連絡したんですか?きっと心配してますよ。っていうか今日洛山は試合だったはずじゃ・・・」
「え−、さっきまで先輩一緒だったから多分報告されたかも?でもちゃんと置き手紙はしたよ。」
は当てにならない返事をしてくる。
「なんて書いたんですか。」
「てっちゃんと真ちゃんところに遊びにいってきます、って書いたよ。」
「それ、行き先がないですよ。っていうか、貴方よくここまで来れましたね。方向感覚悪いのに。」
赤司が彼女に対して過保護なのは昔からだが、その気持ちは黒子にもよくわかる。
赤司と常に行動しているため目立たないが、彼女は酷い方向音痴だし、いらないことしいだ。そのくせ才能だけは一級品のため、やることが大きく、同時に問題が大きくなる。一人で動くには非常に危険な存在だと、黒子ですらも思う。
しかも女としての自覚も足りないので、変な人について行ったことは中学時代数知れずだ。
「あのねー、ホテルから駅までのタクシーのおじさんが心配して、海の家のおじさんに連絡してくれたの。あとは電車を教えてくれて、駅に着いたらお迎えしてくれて、ここまで運んでくれた。」
「いや、一緒にいたって先輩はどうしたんですか?」
「んー、非協力的だから巻いてきた。」
インターハイで洛山が泊まっているホテルからタクシーに乗ったのだが、あまりに幼い容姿のを心配した運転手が行き先を聞き、連絡までしてくれたのだ。おかげで民宿近くにある体育館の最寄り駅から海の家のおじさんが親切に送り届けてくれた。
おかげでの方向音痴を発揮する場はなかった。
ちなみについてきてくれていた黛はに帰ろうと言うだけだったので、途中で適当に巻いてきた。どこまでついてきているかは知らないが、どうでも良い。告げ口したとしても、赤司はどうせ迎えに来れないだろう。
なんと言っても本日洛山はインターハイの試合中である。スタメンでないとはいえ、キャプテンが試合を投げ捨てることはないし、迎えにまでは来ないはずだ。
「・・・緑間君、連絡してください。」
「俺は絶対に嫌なのだよ!」
「どうせはばれますよ。潔く首をくくりましょう。」
緑間は青い顔をしているが、黒子は悟りを開いたように、大きく頷く。
このまま放って置いてもどうせ赤司にバレているのだ。身の潔白を示し、会った時のもめ事を大きくしないためにも、先に自己申告しておいた方が安全だと黒子は判断していた。だが当然緑間も、黒子もお互いに赤司に電話などしたくもない。
特にのことになると赤司は恐ろしかった。
「そんなことはどうでも良いから、あとで遊んでよ。」
諸悪の根源であるはくいくいと黒子の袖を引っ張って無邪気な笑顔で言う。
もちゃんと今秀徳と誠凛が練習中だと言うことは理解している。だから“あとで”と付け足しているのだ。だが、ふと黒子は気づく。
「・・・監督、を入れても良いですか?」
「え?」
監督の相田は首を傾げて黒子を見返した。黒子はの頭をくしゃくしゃと撫でてから、相田の方へと歩み寄り、耳打ちする。
「は青峰君の教え子で、似たプレイをするんです。それに、赤司君と似たポイントガードの動きをします。」
帝光中学時代、遊んでいた時からは男子のように力こそないが、青峰と同じ規則性のない動きとフォームレスシュートをすると同時に、ポイントガードをさせると赤司とよく似た詰め将棋のような試合運びをしていた。
恐らくは膨大な記憶を持っており、どうしても記憶で一番持っている動きに合わせるのだろう。
「・・・」
相田はじっとを見つめる。は自分が見られているとわかったのかきょとんとした顔で相田の方を見た。
シャツと短いスカートであるためポテンシャルは簡単にすけて見える。きちんと見たことはなかったし、まさかと思っていたが、その天才的な潜在能力に、相田は呆然と目を見張った。
「・・・何これ、男子の平均を軽く超えてるわよ・・・」
彼女の身長はスポーツ選手としては小柄すぎるため、誰もがスポーツなど無理だと思うだろう。だが、彼女の脚力、瞬発力、潜在能力のすべては、伸びしろが見えない上、非常に柔軟で驚くほどの反射神経が窺われた。
小さいと言うことを差し引きしても、勝負が出来ないとは思えない。まさに彼女が持つのはキセキの世代にも勝るとも劣らない、天賦の才だ。
「良いわ。私も見てみたい。」
相田は大きく頷いて、近くにあったゼッケンつきの青のユニフォームをに渡す。
「貴方、今からするゲームに入ってみない?」
「え?今、遊んで良いの?」
は無邪気に笑って、ひょこひょこと跳ねる。
一応合宿と言うことで、後で遊んでもらえるかも知れないが、今は無理だと言うことを理解していたらしい。そのため入って良いと言われたことに驚いては目をぱちくりさせる。
「良いわよ。その代わり見せて頂戴よ。」
相田はにバスケットボールを渡す。
「貴方の全力、」
Eiin Maedchen 女の子