「征くんには内緒ね、ね。」





 は人差し指を唇に当てて、黒子と緑間に言う。

 赤司はが勝手に誰かと試合をすることを非常に嫌う。彼女の頭には膨大な量の記憶があり、バスケをする時にはそれを統計化して、近い、有効的な動きを自分に使えるように変えて使う。当然それには一番よく見ている赤司の物も含まれており、それが赤司が、安易なの勝手な“遊び”を嫌う要因の一つでもあった。

 しかもは自分の能力を隠すと言うことを知らない。





「わかっているのだよ。」

「わかってますよ。」






 緑間と黒子は大きく頷いた。わざわざ赤司の怒りを買いたいわけではない。




「こんにちはー、はじめまして、です。やっぱり実物の方が怖い顔だね。」




 は一番に火神の所に駆け寄り、興味があったのか、悪気なくにこにこと笑って火神に言う。




「おい、なんだよそれ。」

「だって、涼ちゃんが写真と映像を見せてくれたんだ。犯罪者みたいっしょって。」

「はぁ!?ってか涼ちゃんって誰!?」




 火神はむかつきと驚きとでに叫んでしまった。




「・・・は認めた仲の良い人をちゃん付けで呼びます。ちなみに、の言う涼ちゃんは黄瀬君のことです。」

「それどっかでも聞いたぞ、おい。」

「でも、もまたある意味で、キセキの世代です。」




 黒子はふっと細く息を吐いて、を見る。火神もそれに倣って彼女を見やる。

 一見すれば彼女はただの背の小さな子供だ。しかし、その小さな背中に驚くほど力がある。性別など関係ない。それはまさに強者のにおいだった。




「ずっと会うの楽しみにしてたんだ。会えて嬉しいよ。」





 もちろん変な意味がないことはわかっている。だが率直な発言に、火神はどきまぎする。



「じゃあ、用意するね。」




 は体育館の外に出て、ごそごそと着替える。とは言っても、ミニスカートの下にズボンをはくだけだが。




「桐皇のマネージャーとは違うタイプだが、可愛いよねー、」




 小金井が軽い笑顔で言う。

 桐皇のマネージャーの桃井は豊満ないかにもな美女といった感じで、しかも自分の魅力を百も承知だった。だが洛山のマネージャーだというは正反対で可愛らしく、女らしいというのに、無邪気でどこまでも子供だ。

 それが逆に清楚で、素直なイメージを相手に与える。




「確かに、変に突っかかってこないから、私も好感が持てるわ。」




 相田も思わず小金井の評価に頷く。

 対戦するかも知れないチームのマネージャーだし、桃井は女性という感じを前面に出すため、どうしても敵対心が生まれてしまうが、の場合は何やらとても子供で、どうにも敵という感じがしない。言うなれば子供に対して本気で怒れないのと同じ現象だ。




「ちっこくて可愛いもんなぁ。」




 木吉もまるでおじいちゃんが孫を見るような目でを見る。だが、他の面々は普通に恋愛対象として可愛いと思っているだろう。ただそれは危険な話だ。




「でも一つだけ忠告しておきます。彼女だけはやめた方が良い。」




 黒子が挙手をして、目尻を下げて全員を見回す。




「え?」

「女の子が、理由もなく京都の高校に一人で行くと思います?」




 学生の多い帝光中学で京都に進学したのはたった二人だ。しかもその二人が同じバスケ部で、キャプテンとマネージャーなんていうのは、偶然ではあり得ない。必然でしか。




「・・・はあの赤司の幼馴染みで、恋人なのだよ。」




 緑間が額を押さえて言う。





「え、は?」




 高尾は予想だにしない答えにぽかんとする。秀徳と誠凛の面々も全員口を開いたまま、首を傾げた。

 確かに先ほどから連絡を、とか言う話をしていたが、それはあくまで洛山のマネージャーだからとばかり思っていた。




「ちなみに赤司君はのことになると感情的になるので、・・・あとが怖いですね。しかもインターハイの試合そっちのけで来たとか・・・どうなってるんだか、」

「まったくなのだよ。今あいつがどんな顔をしているかと思うと、しばらくは絶対に会いたくないのだよ。」




 黒子と緑間はどんよりとした空気を纏ってため息をつく。

 赤司は特に試合がある時にを傍から離すのを嫌う。がいなくなると調子が狂うし、苛々するからだそうだ。それは中学2年生の時に判明してから、キセキの世代がそれぞれ反目し合うようになっても変わらなかった。


 そう、と赤司の関係は何ら変化はない、むしろ恋人同士になり、深くなっていたはずだった。


 赤司がを好きだと自覚しだしたあたりから赤司の嫉妬は本格化し、周囲ににらみをきかせるようになった。が女として非常に自覚がなく、徐々にもてるようになったが警戒心が薄いというところへの心配もあるのだろう。

 赤司は性格的に他人に当たることはないが、黙り込んだりするので、洛山の部員たちはびくびくしていることだろう。気の毒だ。




「よし!スパッツはいた。」





 は楽しそうに体育館の外から中へと入ってくる。だがその微妙な雰囲気に首を傾げる。




「どうしたの?」

「・・・赤司って奴は、良い奴なのか?」




 火神はよくわからないまま、なんと聞いて良いのかもわからず、全くデリカシーのない質問をする。だがは全く気づかなかったのか、何度かその大きな瞳を瞬いて、頷く。



「うん。征くんは優しいよ。ただ征くんのバスケは好きじゃない。」




 あまりにはっきりした答えに、火神の方が驚く。




「・・・それ、赤司君にも言ったんですか?」




 黒子が少し目尻を下げて、に尋ねた。

 黒子も、が全中の決勝でが受けた衝撃を忘れたわけではない。赤司が黒子に向けて放った言葉は、むしろを鋭く傷つけた。彼女は自分の力が他人を傷つけたことを、赤司が他人を傷つけるためにの力を利用したと気づいた。そしてそれを自分のせいだと理解した。

 はインターハイの洛山の試合を見ることを拒否し、サボってここに来ている。それはどんなに取り繕っても、洛山の試合に興味がなく、黒子と緑間の合宿の方が面白いと言ったも同然だ。の素直さは理解しているが、それは時に刃になる。

 そして赤司の勝利しか求めない、それ以外はどうでも良いと行使するの力は、を傷つける。




「言ったよ。だって、征くんのバスケはつまんないもん。」




 は実にあっさりと言った。




「たまに遊んでくれる時は楽しいけど、みんなで手を振り上げるような面白さもないし、楽しそうでもないし、面白くないよ。」




 彼女は遊びと言うが、本気でバスケをやっている。ただそのことに気づいていない。勝利にはこだわるけれど、楽しさにもこだわる。それが許されている。

 だが、赤司にはどうしても勝利を求める理由がある。彼は部長であり、誰にも負けられない立場にあった。それ故に勝利しか求めなかったという背景も、黒子はある意味で理解している。だが、そんな彼を恋人であるは全否定したことになる。




「・・・、」




 黒子は赤司のやり方を好んでいる訳では決してない。だが、彼にとってに否定されるというのは身を切るように辛いことだろう。彼に寄り添っている温もりは、今も昔もだけなのだから。

 それをは何もわかっていない。




「重要な試合は相手の統計するけど、それ以外はしないよ。っていうか本当は全部したくないし、だって、わたし、全中の時みたいなの、嫌だもん。」




 漆黒の大きな瞳が潤む。彼女も彼女で、自分の心を支えようと精一杯なのだ。



「だから、きっと、わたし征くんにとって、いらないね。」




 ぞくりとするほど、の声が冷たく響く。




「え?」




 黒子は意味がわからず、思わず問い返した。だが、は一瞬前の表情が嘘のように、楽しそうに笑ってバスケットボールをくるくると回す。




ちゃんの体力を考えて勝負は5分5分、最初はちゃんには誠凛側に入ってもらうわ、その次、秀徳側、良いわね。火神!アンタも入るのよ!!」

「おっす!!」




 火神は大きな声を上げて手を振り上げる。先ほどまで走らされていた身としては、練習試合に参加させてもらえるだけ朗報なのだろう。相田は相手方の監督である中谷とすでに話を済ませ、を見た。




「うーん、良いよー。よろしくお願いします!」




 はにこにこと笑って誠凛の面々に頭を下げる。

 メンバーは木吉、火神、日向、黒子、そしてだ。伊月の代わりにがポイントガードをするが、3分後には黒子と伊月を変える。伊月は間近でのやり方を見ることが出来るだろう。だがそれは同時に秀徳のポイントガードである高尾にとっても、を見るチャンスになる。




「高尾、女だと思ってを甘く見るなよ。」





 緑間は相棒でもある高尾に釘を刺す。




「わぁってるって、」






 高尾は軽い調子で緑間の懸念を笑う。だが本質的に理解していなかった。



Die Angst 心配