予想したよりもはずっとポイントガードとしては堅実だったが、攻めると決めた時の彼女はまさに青峰そのものだった。



「くっそっ!」




 高尾は思わず舌打ちをする。

 高さはない。ただ低さがあるためどうしてもボールを拾えず、しかもほとんど予測不能な動きをしてくる。まるでリズムに乗るかのように軽やかに、彼女は高尾をかわす。それも丁度高尾が足に重心を乗せた、動こうと思ったその瞬間を見抜いてくる。




「木吉さん、秀徳の人には左から8割、リバウンドは確実に。火神くん、真ちゃんに対するフォローが遅い。5回中3回は同じ向きからだったよ。左足にちゃんと重点置かないと駄目。」




 は非常に広い視野を持つと同時に、指示も細かく、ポイントガードとしてもよく周りを見ている。本人も前後ろだけの緩急で抜いたり、パスを出したりするのがうまい。高尾は体格でこそ勝っているが、の方がスピードが一段上だ。

 しかしそれだけでなく、全体的な把握能力もまた、一回りの方が上で、2手、3手先まで見えているかのように戦略を組んでくる。




「でも多分、あの子、ポイントガードとしては、多分人のまねごとをしているだけでしょうね。」




 相田は彼女の動きを見ながら、肘をついて考える。




「どういうことっすか?」




 降旗は言っている意味がわからず、首を傾げた。

 同じポイントガードというポジションの降旗から見ても、のポイントガードとしての完成度は高い。他人のまねごとだとは思えないほどに能力的にも向いているはずだ。緻密な戦略を組む頭も持ち合わせている。




「あの子は多分、よく知っている人の、そう多分、赤司君のまねをしているだけだわ。」




 相田は噂で、キセキの世代を支えた帝光中学のマネージャーの中に、化け物のような記憶力をもっており、それを使った統計で相手の癖や動きを割り出すことを得意とした人物がいたと、聞いたことがあった。

 彼女がその本人だというなら、恐らく彼女の中には膨大な量の情報の蓄積があるはずだ。特に幼馴染みである赤司の動きの記憶は彼女の本質的な資質を変えるほどに、大きい。そのためポイントガードとしての彼女の動きは一部無駄な物が混ざっていたり、どうしても彼女の脚力や腕力では出来ず、失敗する物が一定量ある。

 対して自由な動きをする時の彼女は予測不可能だが、流れるように軽やかで、リズムに乗った動きをするし、ミスは全くといって良い程ない。空間把握能力が高いのか、フォームレスのシュートも難なく入れてくる。

 要するにの本質は後者にあると言うことだ。



、どうですか?」




 伊月と交替した黒子が、相田の隣にやってきて尋ねる。




「あの子、フィジカルが天才的だわ。キセキの世代、もっとかもしれないくらい。女の子とは思えない。」

「そうでしょうね。」




 相田の端的な答えをある程度予測していたのか、タオルで汗を拭きながら黒子は大きく頷く。




「元々あの子に才能があると見抜いた青峰君が面白いからと、バスケを教え始めました。」




 の才能を見て、面白いと思った青峰は、彼女にバスケを教え始めた。幼馴染みの赤司がずっとやっていたため元々興味のあった彼女は喜んでそれを望み、負けず嫌いな性格もあってあっという間に実力をつけていった。

 と青峰は好むプレイなどが非常に似通っており、そのせいか適当で感性的な青峰は、にとって誰よりも良い教師だった。とはいえ、幼馴染みの赤司の影響も大きい。




「赤司君の幼馴染みなので、小さい頃から、赤司君のバスケを見てきましたから、なんだかんだ言っても染みついてます。」




 それが、恐らくポイントガードとしてのだ。元々非常に高い潜在能力がある上、赤司に幼い頃から一定の制限をされてきたため、制限の中で才能を発揮することに慣れている。本来なら向かないポジションであるはずのポイントガードも、赤司のコピーである程度のこなすのだ。

 ただそれは同時に、赤司が非常に多彩な状況に様々な戦略を用いて対応し、その記憶をが持っているためだとも言える。




「あの子どうして、バスケしないの。」




 相田はその一つがどうしても疑問だった。




「背が、足りないって言うのが、本人の言ですけど・・・」

「なら大丈夫。あの子まだまだ伸びるわ。今はちょっと小さいかも知れないけど、多分そこそこ伸びるはずよ。」




 今はどうしてかはわからないが、は随分と背が小さい。バスケをやるには確かに小さすぎるかも知れないが、見る限りあと10センチは伸びるだろう。160センチくらいにはなるはずだ。あのポテンシャルがあれば、選手として生きていくに160センチは十分だった。

 あの才能をどぶに捨てるのはもったいなすぎる。



「でも、なんだかんだ言いながらは多分、赤司君から離れたくないんだと思います。」




 赤司もにこだわっているが、もまた赤司から離れるのが不安なのだ。

 幼稚園、小学校と赤司とともにあり、中学時代、は赤司とは別の中学にいたが、結局いじめで一年もしないうちに帝光中学に転校し、赤司の傍に戻った。は素直すぎて人付き合いがそれほどうまくはないし、幼い頃から赤司にずっとフォローされ続けてきたため自分の才能の使い方がよくわからず、問題を起こしがちだ。

 中学のいじめはにそのことを自覚させ、ますます赤司から離れ難くさせた。

 女子バスケ部に入るならば、は赤司から離れることになる。そのことをは怖がっているため、絶対に踏み出さないのだ。




「もったいない子ね。本当に・・・」




 相田は小さく息を吐いて、を見つめる。

 男相手に全く引けをとらず攻めていく彼女の才能は、キセキの世代を遙かに凌駕している。だが、本人にその意志もない。埋もれていくにはあまりに不釣り合いでもったいなすぎる。



「大我ちゃん!」




 が火神をちらりと見て、ゴール近くにパスをする。それは十分に火神が走れる距離の場所で、それに反応した火神は軽くそれを受け取った。




「おっしゃぁ!」




 ボールが綺麗にゴールへと吸い込まれていく。火神が手を出すとはそれにハイタッチをしてから、ガッツポーズをする。

 の笑顔は赤司のことを話していたときの曇った物ではなく、清々しいほどに明るい。




「ねーね、伊月さん、ポイントガード変わって。点とりたい。」




 は黒子に変わって入った伊月にねだる。

 元々ポイントガードはあまり好きではないらしい。もともとのポジションではないためなおさらだ。すでに完全に秀徳を圧倒しており、伊月はふっと息を吐いた。




「良いよ。俺もを見ていてポイントガードをやりたくなった。」




 優れたプレイを見ればやはり自分のものに生かしたくなるのは必然だ。




「やった!大我ちゃん、一緒にオフェンスしよう!」

「おぉ!」





 は楽しそうに火神とこぶしを交わして笑う。

 その姿はやはり昔と何も変わっていない。中学時代の一番楽しかった頃、笑いあって練習をしていた頃と何も。は全中の時に黒子と同じように自分たちのバスケに疑問を持ち、同時に赤司のバスケに疑問を持った。

 だがそのことを知っていても、赤司は彼女を手放さない。彼は彼女の笑顔を一番願っていながら、それを作り出すことが出来ないとわかっていながら、それでも彼女のことを好きで、否定されても手放すことが出来ない。


 黒子はそれを悲しく思う。彼の思いも、の思いも知っているから。




「ん?」




 ふと荷物を見ると、携帯電話のバイブが鳴っているのが横目でわかった。自分の携帯電話に間違いない。



「・・・あとで見ましょうかね。」




 黒子は自嘲気味に呟いて、緑間の方を見る。どうやら彼も自分のベンチの携帯電話に着信履歴があることに気づいたらしい。

 相手が誰かはもうわかりきっていて、ため息しか出なかった。


Die Unverantwortlichkeit 無自覚