練習試合が終わってからも着信が入っていたので、仕方なく黒子は電話に出た。
『テツヤか?』
久しぶりに聞く赤司の声は少し疲れたようで、それでいて怒りも含んでいた。
「お久しぶりです。赤司君。」
『挨拶はいい。が来てるだろう。にかわれ。』
もうある程度事情を理解している彼の言葉は怒りの割に実に淡々としている。黒子はため息をついてちらりとを見た。
は楽しそうに秀徳や誠凛のメンバーと話している。
「・・・−、お電話ですけど・・・。」
歓談をぶち切るのはあまりしたくなかったが、黒子としても電話の向こうの恐怖が迫ってくる気がして、言わずにはいられなかった。
「えー?誰から?」
は間の抜けた声を出して首を傾げる。
緑間は頬をひくりとさせて、を見下ろした。親の心子知らずと言うが、赤司の心をは本当に慮れないのだ。電話の向こうから赤司の怒りが伝わってくる気がして、黒子は頬を引きつらせた。
「赤司君からに決まってるでしょう。」
「どうして征くんがてっちゃんの携帯に電話をかけてくるの?」
「、スマホ見てます?」
黒子は一応確認する。は鞄の中を探り、「あ。」と間の抜けた声を上げた。
「あれ?征くんから着信14件、玲央ちゃんからも5件来てる。」
彼女の危機感はあららぁ、ぐらいの物だったが、正直赤司の着信を無視できるのは世界広しといえどくらいだろう。
「ひとまず出てください。」
黒子は必死の形相で、ひとまず自分の携帯電話を渡す。気休めでも良いから早く赤司から遠ざかりたかった。
「はーい。もしもーし。」
は怒られると言うことがよくわかっていないのか、ふわっとしたいつも通りの声のまま電話に出た。
『おまえ、今どこにいるんだ。』
「えー、ここどこだっけ?誠凛と秀徳の合宿してるところの体育館。」
赤司に問われても、は現在位置がよくわかっていないのか、曖昧な答えを返す。
『早く戻ってこい。』
「なんで?まだ東京にいるんでしょう?」
『僕たちはインターハイに来たのであって、遊びに来たんじゃない。』
「でもどうせ勝つでしょう?まだ東京でしょ。征くんも出ないし、征くん相手ならきっとあっちゃんは出てこないだろうからね。大輝ちゃんと涼ちゃんの試合はちゃんと見に行くよ。」
別には予定のすべてを忘れているわけではない。
トーナメントの上で、一番に当たるのは間違いなく紫原だが、赤司との直接対決を彼は望まないだろう。そのため絶対に逃げる。それを考えればトーナメントを上がってきて洛山と対戦するのは間違いなく黄瀬のいる海常か、青峰のいる桐皇のどちらかだ。
もちゃんとこの二つの学校の試合は見に行くつもりだ。しかし、それ以外の試合を見に行く意味をは感じない。赤司とて同じだろう。
「勝てば良いんでしょう?だったら今日の試合わたしいらないもん。ちゃんと明日、そのまま試合を見に行くよ。」
はむっとした顔で黒子の電話を握りしめる。赤司が掲げるのが成果主義だというのならば今はいらない。明日は桐皇と海常が戦う予定なので、それはちゃんと見に行く。
『明日、そのまま?何故・・・』
「だってせっかくてっちゃんも真ちゃんもいるから、いっぱいお話ししたいし、泊まって帰るよ。」
『・・・は?』
「だって疲れたもん。眠たいし、民宿ぼろくてひとりぐらい泊まれそうだから、大丈夫。」
元々運動部でも何でもないので、は体力に問題がある。大抵プレイしている時は楽しくて気にならないが、当然疲れれば動きたくないし眠たい。ここから歩いて駅まで行って、東京のホテルまで帰る気力なんてもうなかった。
だから最初から民宿に頼み込んで泊めてもらうつもりだったのだ。ただそんなこと赤司にとって簡単に受け入れられる物ではない。
『タクシーを使っても良い。いったん帰ってこい。』
「やだよそんなの。疲れるもん。」
赤司の主張としては自分の目の届かないところで、男ばかりの他校の合宿先で泊まって帰ってくるなどあり得ないという物だが、男女の違いが理解できないには赤司の気持ちなどわからない。
「なんかもめてね?」
火神はと赤司の電話が長引いているのを見て、黒子に尋ねる。黒子は悲しげにを見た。
「・・・すれ違いが、酷くなってますね。」
元々と赤司は性格が正反対だ。
は素直で感性で動く、非常に感情的なタイプだ。対して赤司はその正反対で、理性的で、動く時はきちんと考えてから動く。そのためだいたいの物事は赤司が考え、がそれに従う形で動いていた。だが、全中の決勝から、は赤司を疑っている。
それはバスケだけではない。赤司が絶対に正しいとは思えなくなったのだ。
が自分で物を考えるようになったと思えば確かに聞こえは良いが、元々は思慮深いタイプではないし、非常に安易で流されやすい。今まで赤司が押さえていたの悪い部分もまた、顔を出すようになっていた。
それは特に赤司との精神年齢の違いがもろに出る男女問題に集中している。は高校生にもなって未だ男女の感情の機微がよくわかっていない。対して赤司は女性を女性として扱い、わきまえている。この二人が恋人同士でもめないはずがないのだ。
「ひとまずちゃんと明日試合を見に行くよ。何が駄目なの?」
『・・・』
赤司からの返事はない。確かに試合としては、どうせ当たるキセキの世代は青峰か、黄瀬なのだから、二人の試合を明日見に行けば問題はない。だが、男ばかりのところに恋人を泊める赤司の複雑な心境を、は理解できない。
バスケの“良い”と男女関係の“良い”が完全に混同している。の足りない頭では、それを分けて考えられない。
「征くん?」
『勝手にしろ。』
ぷつりと通話が途切れる。
「・・・、」
は黒子の携帯電話の通話が切れたことを確認して、目尻を下げてもう一度電話おかけなおす。すぐに赤司が出た。
『なんだ。』
「・・・どうして切るの?」
先ほどの強気が嘘のように、泣きそうに震えた声音では言う。大きな漆黒の瞳は潤んでいて、今にもあふれてしまいそうだ。
『おまえは僕の言うことが聞けないんだろう?電話で話しても無駄だ。』
「なんで征くんは怒ってるの?」
周りの誠凛と秀徳の面々は、ふるふると震えて問うに一瞬可哀想だと思っていたが、その発言で頭を抱えたくなった。
誰が考えても京都からインターハイのためにやってきたのに、勝手に他校の合宿に遊びに行ったら、そりゃ誰だって怒るだろう。ましてや他校の男バスに、恋人が泊まりに行きたいと言っている、なんて普通は断固拒否だ。
「なんで、なんで怒るの?・・・勝てれば良いなら、今日はわたし、いらないでしょう?」
の言葉に、黒子は目を閉じ、嘆息する。
は今でも彼の勝利を求める方針に、一定必要だ。ただは今日の試合に現状自分が必要ないことを理解した上で、彼に何がおかしいのかわからないと真っ向から突きつけている。だが、彼がに傍にいて欲しい理由は、勝利のためではない。
でも彼いつもならは勝利に必要ない物は切り捨てるから、それをは信じない。それは相反する存在を、バスケに勝利しか求めていない赤司が、バスケに楽しみだけしか求めていないを愛する矛盾そのものだった。
彼がもっと感情的にに傍にいて欲しいと素直に言うことが出来れば、は納得するのだろう。だが、彼は何かと感情に理由をつけたがる。自分のバスケの理論では必要ないだろうとに突きつけられれば、それを受け入れてしまうのだ。
だが、それを受け入れてはいけない。赤司がその理論を振りかざすたびに、は自分が否定されていると感じる。そしては自分の傷をえぐっていることに気づいていない。
「、」
黒子は泣きそうな顔をしているの名前を呼び、携帯を彼女の手からとる。二人とも、恐らくもう限界だろう。
「はうちの監督が女性なので、必ず監督と一緒の部屋で眠らせます。」
『そんなこと納得できると思うのか?』
「監督に代わります。」
黒子は携帯電話をそのまま相田に渡した。彼女はある程度状況を理解したのか、に視線をやってから、ふっと息を吸って口を開いた。
「こんにちは、誠凛高校監督の相田リコです。勝手にちゃんをお借りして挨拶もせず悪かったわ。」
『・・・』
「偵察という点でも悪いことではないでしょうし、責任を持って預かるわ。明日についても桐皇と海常の試合を見に行くみたいだし、私も見に行くから、送っていく。」
洛山のマネージャーであるにとって、秀徳、誠凛の試合を見ると言うことは偵察になるだろう。こちらもを見ることによって少なくとも青峰と赤司の分析は出来る。彼女がここにいることは勝利できることがわかっている洛山の試合を見るより意味がある。
と、理性的な言い訳を並べて、ふっと相田は一息つく。
相手の顔は見えていない、声もほとんど聞いていない。だが電話越しに独特の威圧感を感じて自分が緊張しているのがわかり、相田はごくりと唾を飲み込んだ。
『わかりました。をよろしくお願いします。』
時間をかけて赤司から出てきたのは、形通りの言葉だったが、それでも低い声には驚くほどの感情がこもっている。
それは酷く切なくて、相田は目尻を下げた。
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