一般的に、赤司征十郎とは正反対の存在に見える。
赤司は理性的で、必要ない物は上手に切り捨てていく。何をやらせても非常に優秀で、運動神経にも優れ、間違ったことなど一度もないようにすました顔でそれを淡々とこなしていく。バスケに関して喜びを見せることはあったが、それも全中2連覇をした後、なくなっていった。
たいして、はとても感情的だ。本質的には自分のやりたいことに忠実で、面白いことと面白くないことに多くの物が分類されており、他のことは気にしない。のんびりはしているが、興味本位で動くことが多く、それ故問題を起こすこともあった。
正反対で、その資質を補い合う二人は、幼馴染み同士で、同時に恋人同士である。なんて美しい図式だろう。
だが、黒子はを見た時から、違和感を持っていた。
当初それはのいじめ問題や対人恐怖症を心配しての赤司の過保護かと思っていたが、2年になってと赤司が同じクラスになり、すべての役職が重なり合うようになってきた時に、気づいた。
2年の後期の赤司は、それをぽつりと零したことがある。
「俺は、に依存してるんだと思う。」
自分に与えられた義務を淡々とこなす彼が悩みを口に出すのは、初めてのことだった。
多分黒子が、荻原との約束について、口にしたから、そのお返し的な意味もあったのかも知れない。だが、口から出てきたそれは多分、本音だったと思う。彼が黒子に本音をさらけ出したのは、後にも先にもこれが最後だった。
彼は多くのことを悩んでいたと思う。
青峰のこと、目覚め始めたそれぞれの才能、そしてそれでも一番をとり続けなければならないという家からのプレッシャー。
それを彼が口に出したことはなかったが、ある意味でのことは赤司の根幹の問題だった。
「どういう意味ですか?」
黒子はいまいち赤司の言うことがつかめず、首を傾げる。
「なんとなくは気づいてるだろ?」
赤司は苦笑するように黒子を見た。
その通りだ。ずっと疑問に思っていた。そして赤司の言葉は要するに、黒子が元々赤司との関係に抱いていた違和感を言葉で具現化したようなものだった。
「俺がいなければ、あいつは理想的な天才だったと思う。俺なんかよりは。」
自嘲気味に笑ったそれは、彼の孤独そのものだった。
どうしても完璧である赤司は近寄りがたい。そのためか、マネージャーのまとめ役となり、部の役職場は副主将であるの元に大方の部員の悩みはすべて集まる。小柄で小動物みたい、ころころとしていて、成績が良いくせに馬鹿みたいな会話をする。親しみやすいのだ。は。
成績としては赤司と変わらない、運動神経もきわめて良い。自分勝手なところもあるが、それは興味や感情に忠実だと言うことで、逆に相手の気持ちになって泣くことを厭わない。
邪険に扱うと素直に目尻を下げるに、よほどの悪意がない限り、誰も酷く言えないのだ。
「だから、本当は離れるべきだと、考える時がある。」
赤司は自分の組んだ手をぼんやりと見ていた。
は赤司と中学で離れたが、彼女は一年もしないうちにいじめに遭い、赤司のいる帝光中学に編入した。いじめや対人恐怖症への対処を考えれば幼馴染みである赤司の中学に転校することは当然のことだったが、そもそもいじめの原因は赤司を面白く思っていなかった、小学校時代の同窓生で、彼がそのことをことのほか気に負っていることを黒子は知っていた。
彼はを本当に大切に思っている。だからこそ、にとって何が一番良いかを考えた上で、そう口にするのだ。
「・・・他のことはわかりませんが、確かにのバスケの才能は、もったいないですね。」
黒子は居残り練習などでと一緒にいる機会も多いため、彼女のプレイを間近で見ている。
恐らくは女子バスケ部に入れば、あっという間にレギュラーを勝ち取り、全国で有数の選手になるだろう。それほどにの才能は圧倒的だ。男子バスケ部のマネージャーとして終わらせるのは、埋もれていくのはもったいなすぎる。
そしてまた、黒子も少し、公式のコートでがプレイをする姿を、見てみたかった。
「俺も、そう思うんだ。」
赤司は少し目尻を下げて、複雑そうな、困ったような顔で同意する。黒子には何となく、赤司の言いたいことが明確にわかり始めていた。
赤司とは根本的な生い立ちはよく似ている。二人とも名門の家に生まれた。
だが、赤司は嫡男としてありとあらゆる物を求められ、それに応えなければならなかった。対しては末っ子長女であり、兄たちも優秀であるためのびのび育った。もちろん性別も関係はあるだろうが、もしも赤司のようにが教育されていれば、彼女は赤司と並ぶ、もしくは超える天才となっただろう。
なぜなら彼女は何もしなくても、赤司の次点に並ぶだけの力を、持っているのだから。
特に同じ中学、同じクラス、いる場所がほとんど同じであればなおさら、誰もが明るい光である赤司に目をやり、には目をとめない。はある意味で赤司にくっついて歩くことで、自分の才能をつぶしているような物だ。
それを赤司は感じていたのだろう。
「は女子バスケ部に入るべきだと、いや、彼女は彼女の才能を生かすために、そうしなければならないと思う。」
その言葉を、赤司はに向けて一度だけ言ったことがある。中学の2年が始まったばかりの頃だ。黒子たちもいる居残り練習の場で、口にしていたが、自信のないはそれを拒絶していた。
「ただ、・・・自分を信じられない人は、失敗しますよ。」
には才能がある。だが一つだけ、最も重要な物を欠いている。それが自信だ。
決して無謀な自意識過剰はいけないが、自分なら絶対出来ると自分を信じる心。それが彼女には根本的に欠けている。だからこそ、にバスケを教えた青峰も、女子バスケ部に入るという可能性を提示しながら、積極的にすすめなかったのだ。
赤司は黒子の指摘に、同じ懸念を持っていたのか、ふっと困ったような笑みを浮かべる。
「そうだな。ただ自信はあっさりつくものだ。」
何らかの形で他者と競わせ、優越をつければ良いのだ。それは彼女の実力を考えればそれほど難しいことではない。
「まぁ、俺の問題でもあって、自分の隣にいるを見ているとね、言わなければと思うのだけど、前のように泣かれるだろうし、俺自身も傍にいて欲しい。だから、どうして良いかわからなくなる。」
赤司は優しく、それでいて悲しそうに笑っていた。
「赤司君の業務、増えちゃうでしょうしね。」
黒子も目尻を下げる。
赤司が主将になると同時に、はマネージャーのまとめ役として副主将となった。元々副主将は二人だが、片方はマネージャーのまとめ役が、片方は選手がなると決まっている。とはいえ、赤司が2年で主将になるのも異例だったが、同じくも異例だった。
もしもが女子バスケ部に行くことになれば、抜けた穴は大きいし、赤司は相当の努力をせねばならないだろう。は赤司を良く理解しており、手足のように動いて赤司の業務を画期的に減らすが、他人ではそうはいかないのだ。
「確かに。ただ、それだけじゃなくて、多分俺の方が不安なんだろうな。は、恋も何も、わかっていないから、」
が離れてしまえば、他の人の物になるんじゃないか、それは中学生らしい嫉妬だった。
もともと幼馴染み同士で仲の良かった赤司とだが、2年の6月、学園祭頃から所謂“おつきあい”という奴を始めた。赤司がある少女と試し気分でつきあい始め、寂しくなったが、黒子とつきあい始めて大げんかになり、結果的に赤司とがひっつくことになったのだ。
確かに、赤司がを見る目は、思いに自覚のなかった頃から考えると、変わったと黒子も思う。
ただが赤司に抱いている信頼と、親愛はまったく最初から変わっておらず、たまにキスなどはしているところ見かけるが、は何も感じていないようだった。
にとって赤司は身近で、もちろん大好きな存在だろうが、何かが違う気がする。そしてそのことを、鋭い赤司が感じていないとは思えない。
「、背が子供ですけど、心も子供ですもんね。」
黒子はわざとそう言って笑う。
「そうだな。でもあれで案外胸は普通だぞ。」
赤司らしくない、年相応のあざとい皮肉だ。
なんだかんだ言っても中学生の健全な男子生徒であれば、そういうことに興味が出てくるのは当然のことで、性的なことも気になる。
「・・・いまだにしょっちゅう服を借りに来るんだがな・・・」
赤司は楽しそうに笑っていたが、思い出したのか大きなため息をついた。
それはが未だに赤司を明確に違う異性だと認めていないということであり、恋人である赤司としては複雑なのだろう。彼女は本当に女だという自覚があまりない。兄がおり、しかも男ばかりの部活で、男にいつも囲まれているからかも知れない。
「ズボンまで借りに来るんだ。複雑だろう?」
「なんか一瞬うらやましいかもとか思いましたが、そこまで行くとご愁傷様です。」
黒子は苦笑して、赤司に笑う。彼も笑っていた。そう、このときまではまだ、彼は自分のためでなく、のため決断をしようとしていた。
ただこのすぐ後、彼は変わった。彼の考えも同時に変わった。
『あれは僕の物だ。離れることも、他の奴を見ることも許さない。』
そう言って、を鎖で繋ぐと言ったのは彼が誰だったのか、あの優しい目で自分の苦しみにふたをして、を思っていた彼がどこに行ったのか、黒子にはわからない。
苦しみの箱の中に自分を閉じ込めて、いなくなってしまった彼のことなど。
die vergangene Geschichte 昔の話