葉山はの携帯電話にラインでメッセージを送る。
『赤司怒ってんだけどー、早く帰ってきて(ToT)』
試合中に隠れて送ったそれにはなかなか返信が帰ってこない。だが試合が終わってミーティングが終わる夕方頃になってそれが既読になり、赤司の携帯電話に旧友からの電話が入ってますます機嫌が悪くなり、そしてと連絡がついてからすごみが増した。
から帰ってきたメッセージに葉山はため息をついた。
『てっちゃんと真ちゃんと大我ちゃんと一緒に遊んだー。楽しかったぁー!明日みんなで試合にそのまま行ってからホテルに帰るよ。』
先のメッセージを本当に見たのかどうか怪しいくらいの明るいながら意味不明の文章に、思わず葉山は眉を寄せる。
「何よ、どうしたの?」
実渕が携帯を見て眉を寄せている葉山に問いかける。
「、明日そのままあっちの人たちと試合見に行くってー、見てよこれ、また赤司怒るよ。」
「もう怒ってるわよ。それにしてもあの子、何考えてんの。」
一軍のマネージャーがインターハイの試合をサボって見に来ないなど、前代未聞である。赤司がスタメンではなく、二度と当たらないであろうまぐれで勝ち上がってきたチームだったことは事実だが、自軍の問題の洗い出しのためにも来て欲しかった。
とはいえ、彼女がいなくてもいても、結果が変わらないくらい弱いチームであったのは事実だ。
しかし、マネージャーの仕事が選手の精神安定も含まれるというならば、間違いなくはマネージャー失格だ。少なくとも赤司はスタメンではなかったがベンチに座っており、なのにずっと自分のスマートフォンを気にしていた。
の不在は赤司の精神的負担を増幅させる。
「ってかさぁー、大我ちゃんってだれ?」
葉山はの送ってきたメッセージを見て、首を傾げて突っ込んだ。
「何楽しんでんのよ、あの子、」
実渕も思わず叫んで、葉山の携帯電話のメッセージを見る。完全に遊びに行っているらしいに、怒りを通り越してため息しか出ない。
「可愛そうな征ちゃん。」
実渕は思わず少し遠く、ホテルのロビーで本を読んでいる赤司に目を向ける。
今からスタメンで夕飯を食べに行く予定なのだが、根武谷がまだシャワーを終えていないので、待っている。ちなみにホテルを勝手に出るをつけていた黛はいつの間にかに巻かれてしまい、もうすぐホテルに戻ってくるらしい。
ただ、彼の話では少なくともは秀徳と誠凛の合宿場所に遊びに行っており、わかっているのは東京近郊の海側で合宿をしているようだと言うことだった。
明日戻ってくると言うことは、彼女は今日その合宿先に泊まると言うことだ。
恋人が他校の男子バスケ部の合宿に一緒にいると思うとそりゃ嫌だろう。だがにはそう言った感情の機微がよくわからないのだ。
実渕が腰に手を当てて今日何度目とも言いがたいため息をついていると、ふと携帯電話が鳴った。
「誰?レオ姉。」
「・・・だわ。」
そういえばがいなくなったとわかってから、赤司もの携帯電話に着信を入れていたが、実渕もまた彼女に何度か電話した。先ほど赤司もと電話をしていたから、そのついでにしてきたのだ。
『あ、玲央ちゃん。電話したでしょ?』
「電話したでしょ?じゃないわよ!アンタ何考えてんの!!」
実渕は思わずを怒鳴りつける。ロビーに声が響いたのか、赤司が腰を上げ、こちらへと歩み寄ってくる。
『え、え?玲央ちゃんなんで怒ってるの?・・・おこらないで・・・』
ぐずっと震える声が聞こえる。いつもが目の前にいると大きなチワワが目尻を下げているようで、どうしてもやめてしまうが、声だけならば威力は低い。それでも僅かに聞こえてきた泣きそうな声に、赤司は耐えきれないのか眉を寄せた。
だが実渕はやめない。友人でもあるため、の泣くのには慣れ始めているし、わかっている。
「インターハイの試合休んで、征ちゃんに心配かけて、何やってんの!?」
『え、えっと、真ちゃんが、合宿するって、てっちゃんとこの・・・』
「それは征ちゃんに心配かけるほど大切なことだったわけ!?」
『で、でも征くん出ないよ、』
「それは結果論でしょう!?ベンチに座ってる征ちゃん苛々させるほどの理由なのかって聞いてんのよ!」
確かに彼はスタメンではなく、出ない予定だったし、実際に試合が危うくなることもなかった。だが、それでもベンチに座っている彼をいらだたせるに足りる理由だとでも言うのか。それに出なかったというのは結果論で、危なくなれば出る予定だった。
『で、でも、どうせわたしがいてもいなくても勝つから関係ないよ、』
は泣き声混じりの高い声音で悲鳴のように叫ぶ。だが実渕はそんなことには怯まない。
「はぁ?そんなの関係ないでしょ!一緒いろって言われてんのに、いなくなって、それで遊びに行くって何よ!?」
勝つか勝たないかではなく、赤司がを必要だと言っているのだ。何故それに従えないのか、その理由は恋人だからで、恋人として傍にいて欲しいと、何故理解できないのか、実渕にはわからない。
『・・・なんで怒るの――?いてもなんにも役に立たないじゃない・・・!』
鼻をすする音が聞こえて、悲しそうな高い声を電話が拾う。
は自分のキャパシティが超えると泣き出す。無意識に泣いたら許してもらえると知っているからだ。賢い赤司は責めても無意味だと引く傾向にある。だが、それでははいつまでたってもこりない。本質的な所を理解しない。
「だから、それを決めんのは征ちゃんだって言ってんでしょ!?誰にも説明なく、アンタは何でもかんでも自己完結しすぎなのよ!言葉にする努力をしなさい、そしてわがままもいい加減にしなさい!!」
は自分の思い込みだけで話して、いつも赤司の本心を聞かない。赤司の答えから逃げて逃げて、行き着く先はきっと彼の望みとは違う場所だ。それには気づかない。
赤司がを必要ないなどと言ったことはない。確かにバスケでは、彼女がいなくても勝てるかも知れない。だが、精神敵安定のために彼女を求めているし、いつも側に置きたいと考えている。彼女がいなくなれば心乱す。
彼のバスケを嫌いになっても、協力したくなくても、そこを疑ってはいけないのだ。
「今日は遅いからもう仕方がないけど、男子ばっかの所に泊まるなんて言い出すこと自体、あり得ないんだからね。彼氏いる子たちに聞いてみなさい!」
『で、でも監督さん・・・女だし・・・、』
「どうやって不貞がないって証明するのよ!?無自覚もほどほどにしなさい。」
実渕はそう言って携帯電話の電源を落とした。のことだ、明日泣きながら実渕と赤司に謝るに来るに違いない。ただし、本質はわかっていないだろう。怒られたことだけに謝りに来るはずだ。それでも次はやらないだろう。ひとまずはそれで良い。
「レオ姉こわぁ、」
葉山がぽかんとした顔で実渕を見上げる。
「だって女の子でしょ!?せっかく女の子に生まれてきたのに、なんでそういう自覚がないのよ!!普通に考えて男所帯に遊びに行って泊まる!?」
「あり得ないが、だからな。」
赤司はもうため息もつき飽きるほどのそういう不注意で無自覚なところを見ている。そして彼女が傷つかないように周りを牽制してきたのも赤司だ。
「征ちゃんもそれを許しちゃうからいけないの。これぐらい言って怒らないと、あの子わからないんだから。第一説明くらいしなさいよね。」
実渕は腰に手を当ててぱちんと携帯電話を閉じる。
赤司に関係なく、実渕はのことを親友だと思っている。赤司と実渕は所詮バスケという物に結びつけられた、主従関係のような物だ。実渕が優秀でなければ、彼は一切見向きもしなかっただろう。だが、は違う。
あの子は間違いなく実渕の友人だ。興味を持ったのは確かに赤司の恋人だったからだが、間違いなくという存在そのものを大切に思っている。
実渕という特別な内面を持つ存在を自然に、あっさりと受け入れたあの子が、個人的に好きなのだ。
だからこそ、歯がゆい。本当なら問い詰めてでも実渕は聞きたいけれど、根本的なところ、彼女が何故インターハイの試合を休むような行動をしたのか、赤司は絶対に聞き出さないだろう。ただ実渕が問い詰めるのを止めるはずだ。
白黒物事にはっきりと指標をつける赤司が、に対してだけは曖昧を望み、結論を恐れる。
「そう、なんだろうな。」
赤司はどうしてを前にすると厳しいことが言えない。心の中に嫌われたくないという気持ちもあるし、自分が強いとわかっているからこそ、を傷つけてしまうかも知れないと懸念する。そして自分といることが、全中の時のようにを泣かしてしまうかも知れない、と。
「・・・ちゃんと話した方が良いわ。」
実渕は目尻を下げて赤司にそう助言をする。だが話したところで、互いの本音をさらけ出せるのか、赤司にはわからなかった。
Ausser dir liebe ich nicht 君以外を愛していない