インターハイは洛山の優勝で幕を閉じた。

 桐皇は青峰が怪我で出場できなかったため、決勝で洛山に敗退。赤司自身も出場しないままに、優勝を決めた。




「結局、決勝も直接は見に来なかったわね。」




 実渕はぼそりと隣にいる葉山に呟く。




「赤司ベンチでマジ怖かったー。」




 葉山はため息交じりに思わず言ってしまった。

 危なくなれば赤司も出る予定だったが、結局彼は出場しないままに終わった。結果論とすればそういうことだが、彼は出場しているこちらが怖くなるほどの威圧感を醸し出しながら、俯いていた。正直自分たちの試合すら見ていなかったように思う。

 理由はが試合を見にすら来なかったからだ。





「桐皇の統計のみ渡して、それで終了。そっけないもんだ。普通は彼氏の試合くらい見に来るもんじゃないのかね。」




 黛も思わずぽつりと零してしまった。

 先日赤司と喧嘩と思しきことをしてから、“てっちゃん”とか叫んで電話をしながらどこかに行ってしまっただったが、夕方にはちゃんと帰ってきた。ところがはインターハイの決勝に、マネージャーとしてベンチに入らなかった。

 いつも通り統計さえ渡せば必要ない、の一言で赤司をねじ伏せ、後は興味もなさげにイヤホンで音楽を聴いていた。

 赤司は何故かの“必要ない、”に弱い。いや、に弱いと言ってもよいかも知れない。

 彼はのことになると非常に臆病で、あまりに厳しく強制することはないし、束縛することもなかった。にだけは勝手を許すのだ。一見すると確かに必要性で物を割り切るのがうまい赤司にとって、正しいように思えるが、もし、他人が同じことをやれば間違いなく赤司は無理矢理言うことを聞かせただろう。

 それをにしないと言うことは、彼女はやはり彼の特別だからに他ならない。




「そういや、赤司どこにいった?」

を探しに行ったに決まってるでしょ。」




 根武谷の疑問に、実渕はため息交じりで答えた。

 他の部員の話では、一応インターハイでの優勝が決まるまで、はイヤホンをつけながら場外テレビで試合を見ていたらしいが、インタビューなどが始まる頃には消えたそうだ。解散の号令をした後、部員たちは思い思いに東京最後の晩を過ごしており、赤司はを探しに行っている。

 明日には新幹線で京都に戻る予定なので、時間に余裕はあるから、夜にはを見つけてくるだろう。

 根武谷、実渕、黛、そして葉山の4人は小さな祝勝会とせっかく東京に来たからと、観光をしていたのだが、近くにストリートバスケのコートがあると聞き、退屈しのぎに見に来たのだ。




「あれ、赤司?」




 葉山がぱっと顔を上げ、ビルの階段の3階くらいに赤司がいるのを見て、ぶんぶんと手を振ってから、階段を駆け上がる。



「え、征ちゃん?」




 なんでそんなところに、と思ったが、ビルはストリートバスケのコートに面しているので、見やすいようだ。どうやら人が全部のコートを使っているようで、あくのを待つしかなさそうだった。




「俺たちもどうせなら上から見るか。」




 黛もそう言って、根武谷や実渕とともに上へと上がっていく。




「ってか、赤司、探しに行ったんじゃなかったの?」




 葉山が鋭い目をきょとんとさせて、尋ねる。赤司は無言のまま、コートに視線を向けた。




「あれ?なんで?」




 つられるようにコートを見て、実渕が驚きに声を上げる。コートにはと何人かの背の高い少年たちがいて、どうやら3on3をしているようだった。




「あれって緑間真太郎じゃねぇか。」




 根武谷が眼を丸くして、興味深そうに躰を乗り出す。




「ベンチで見ている奴は、黄瀬涼太だな。」




 黛が淡々とした様子ながらも僅かに首を伸ばした。他のキセキの世代を見るのは、正直試合以外では初めてのことだった。










 と緑間、高尾がチーム。そして海常のキャプテンである笠松、黒子、火神がチームとなり、勝った方が負けた方におやつをおごるという条件で3on3をすることになっていた。




「笠松先輩!負けたらおごってくださいッす!」

「なんでてめぇにおごらなくちゃなんねぇんだよ!ざけんな!!」




 黄瀬が叫べば、呼応するように笠松が黄瀬を怒鳴りつけた。黄瀬は先日の試合で足を故障しているので、観戦だけだ。

 が明日には京都に帰ってしまうという話を聞いた黒子が、黄瀬や緑間に声をかけてみんなでバスケをしようという話になったのだ。緑間は最初難色を示していたが、彼の相棒の高尾は非常にフットワークが軽く、あっさりとのり、黄瀬は自分の先輩である笠松を連れてきた。

 多分、黄瀬は自分の相棒をに見せびらかしたかったのだろう。




「おっしゃ!リベンジだぜ!」

「火神君、熱くなりすぎたら駄目ですよ。」





 火神を黒子が注意する。どうやら黒子たちのチームは笠松がポイントガードを努めるらしい。対して緑間側のチームはか高尾が努めることになる。





「勝った方が負けた方におごりだからな!」




 火神はびしっと緑間に指を突きつける。それにふっと緑間はすました顔で眼鏡を引き上げ、笑った。




「馬鹿が、俺が負ける訳がないのだよ。」

「なんで?」




 決め台詞だったはずなのだが、が素朴に首を傾げて尋ねる。




「・・・き、今日のラッキーアイテムの信楽焼の魚は持ってきているのだよ!」

「ラッキーアイテムって役に立つの?」

「たつに決まっているのだよ!」




 素朴すぎる疑問を繰り返すに緑間が苦し紛れに答えるが、はそれでも納得できなかったのか、ますます首を傾げた。緑間もこれ以上どう説明すれば良いのか、そもそも決め台詞は説明すべき物なのか、ひとまず困るしかない。





「昔から、と緑間君は噛みあわないんです。」

「いや、説明されなくても、見りゃわかるぜ。ってか、あいつと噛みあうやつなんていんのかよ〜、」



 高尾は黒子の説明があっさりと言われなくても理解できていたので、二人を見る。

 の身長150センチ、一方緑間の身長190センチを超えているため、まさに大小といった感じだ。精神性もまぁ噛みあっていないが、身長も噛みあっていない。




「仕方ないから俺が守るのだよ。と高尾、おまえらは攻撃に専念すれば良い。」

「簡単に言ってくれんじゃん。結構火神と笠松さん抜くの、厳しいぜ。」

「でも、多分、ディフェンス超弱いよ。」





 は端的に言って、相手チームを見る。

 火神は確かにディフェンスも出来るが、緑間には敵わないだろうし、黒子と笠松はそれほどディフェンスの出来るタイプではない。ただこちらも攻撃力があまりなく、緑間の3に頼るか、がリスク覚悟でペネトレイトするかになる。

 しかも相手には黒子がいるので、その場合高尾が黒子につくことになり、笠松とマッチアップするのはと言うことになる。




「やりがいあるね。がんばろうね。」




 は笑顔で高尾と緑間に笑いかける。




「おっしゃ、ぎゃふんと言わせてやろうぜ!ちゃん!」

「当然なのだよ。」





 ふたりもとハイタッチをして、目の前のライバルたちを見据えた。

 勝てば嬉しくて、多分手をつきあわせるだろう。負ければ悔しくて、泣いてしまうだろうけれど、一緒に泣く仲間がいる。

 京都に戻るが次にこの場所に立てるのはいつになるかわからない。でも、次に会う時、もっと強くなっているであろう彼らと、自身もまた、この場所に立てるように、立つことが不釣り合いでないように、少なくとも頑張りたいと思う。

 そして、遠い日、確かに笑いあうその中心にいた彼を思い出す。




「わたしは、」




 忘れたことなんてない、こうやって笑っていた、彼のことを。
Da ist Raum fuer mich 私の居場所