インターハイが終わり、京都に帰ると、は少し変わっていた。
「・・・どうした?」
夏休みのため朝から練習があるが、練習が終わってからも居残り練習をしていた赤司は、隣でボールをついているに向かって思わずそう尋ねてしまった。
は昔から朝に弱く、朝練がある時は中学時代から赤司がたたき起こしていた。
なのに、今日は自主的に赤司の朝のランニングにつきあうと言いだしただけでなく、朝早くの自主練にまでついてきたのだ。日頃運動しておらず体力のないはもちろんランニングはすぐに力尽きたが、今は居残り練習につきあっている。
相変わらず部活には一週間の半分しか出てこないが、どこに行っていても居残り練習だけは顔を出しに来て、自分も練習する。
「わたしも頑張ろうかなって、」
は目を細めながら、淡く笑う。
――――――――――――だから、青峰っちと黒子っちに一緒にリベンジ行こう。
黄瀬は電話越しににそう言っていた。
帝光中学の、まだ皆が仲間として成り立っていた頃、よく青峰と黒子、そしてと黄瀬は居残り練習をしては2on2をしていた。青峰がバスケを教えたと、青峰に憧れてバスケを始めた黄瀬、よく似た二人は青峰と相棒の黒子によく返り討ちにされていた。
それでも二人はよく青峰に食いついたし、それを楽しんでいた。
もう一年、いや、もっと前の話だ。は全中の試合以来ほとんどバスケをしなくなった。黄瀬が来た時がまさに久々で、それから少しだけ洛山の練習に混ざるようになったが、それでも本気で練習しようとしたことはなかった。
インターハイでの桐皇と海常の試合はの望んだとおりにはならず、青峰の勝利に終わった。それでも彼女は洛山の試合を見る時のようなつまらなそうな顔ではなく、楽しそうな表情で試合を見守っていた。最後には最後まで諦めなかった黄瀬に涙しながらも、彼をたたえるために拍手をしていた。
「負けてられないしね。」
彼女の軽やかにつくドリブルは、規則的ではない。それが青峰と似ていると言われる由縁だ。だが野性的な青峰の動きと違い、彼女の動きはどこか流れるようで優雅だ。まるで何かのリズムに乗るような動きは時にクラッシックを奏でるように穏やかで、それでいて軽快な音楽に突然切り替わる。
時々、この間の試合を思い出すように目を閉じて、黄瀬や青峰のプレイや動きのまねをして自分のものにしながら、自分のペースにあわせていく。
は元々才能があるため、少し練習すれば勘は戻る。
「・・・」
だが赤司にとってそれは良い変化のようには見えなかった。少なくとも、彼女は勝利だけを求める赤司のバスケに対して機械的にしか接さないのに、黒子が少しずつ変えていった黄瀬や緑間のバスケに惹かれている。
はその細い腕を大きく振りかぶって、スリーポイントラインの向こうからまるでドッチボールか何かをするようにボールを放り投げる。それはゴールの枠の下にぶつかり、見事にゴールに入った。
「よし!」
は手を振り上げて笑う。
「ほーんとすげーよね、って。ちょっと相手してよー。」
葉山がボールをつきながら、の所に駆け寄って話しかける。
の才能を見てから、葉山は何かとに構い倒して1on1をねだっていたが、は途中から面倒になったのか、いつも逃げていた。だが今日は、気分が乗ったのか、それとも心境の変化か、あっさりとそれを受け入れた。
「むー、抜けない!」
「抜かせてたまるかよ!」
はなかなか葉山を抜けない。だが葉山もなかなかを抜けない。ただの大きな武器はその不安定な耐性からでも打てるフォームレスシュートであるため、結局の所、点数はすぐにの方に傾く。しかもはよく3ポイントシュートが入る。
男女の差はあるが、技術的な問題でも、平面のみの葉山より一段上だ。とはいえ男女であるため、やはりどうしてもは葉山に劣る。力業にはついて行けないのだ。
「なに?結構、、本気でやる気なの?」
実渕もやってきて、と葉山の1on1を眺める。
葉山は感情的な方で、も同じくなので、互いに楽しんでいるらしい。しかもの方はいつもの手を抜いた感じではなく、最初から完全に本気だ。体力がないので恐らく数分しか続かないだろうが、限界まで本気でやるつもりのようだ。
別に青峰のまねをしているわけでもない。ただ、この間見た試合の黄瀬や黒子の動きをまねた物もあり、青峰のコピーに近かった昔の形式を、ほとんど払拭しつつあった。もともと青峰と性格やプレイスタイルは完全に合致していたが、それでも別個の人間だ。
青峰から離れたことによって、彼女は自分本来のスタイルを見つけつつあるのだ。
不規則で、変調は相変わらずだが、野性的と言うよりは無駄がなく、優雅な、流れるような動きをする。そこは彼女が良いところの育ちというのが大きく影響しているのだろう。ただ、どちらにしても、彼女の才能は徐々に形を持ち始めている。
「・・・まさに天才って奴だな。」
黛は少し口惜しそうに言う。
おそらく、女とは言えすでに黛ではを止めることはほぼ不可能だといって間違いない。彼女の不規則な動きに恐らくついていけない。まさに彼女は女版のキセキの世代だ。
「やべぇな、あいつ。」
根武谷も思わずそう口にしていた。
力があるので根武谷とでは相手にならないが、スピードだけで抜かれる可能性が高いし、何よりも彼女のフォームレスシュートを止める手段はほぼない。一瞬でも隙を与えたらスリーを含めてあっさりと決められてしまうだろう。
しかも彼女は視野が広いのか、相手の手の隙間がよく見えていた。
「あぁもう!」
彼女を抜けないことに躍起になった葉山が、半ば無理矢理を押す形になる。普通の男子部員ならこのぐらいの荒っぽいプレイでも倒れたりはしないし、試合ではファールだが、は一歩後ろに下がったがよけきれず、尻餅をついた。
「わりっ!」
葉山は慌ててに手をさしのべる。は驚いたようだったが、別に気にすることもなく彼の手を取って、立ち上がった。
それに赤司は僅かに苛立ちを覚える。
彼女は楽しそうに笑っているのに、どうしてもいらだつこの感情を抑えられない。それは中学時代、何度かと仲が良い黒子や黄瀬、青峰に感じていたものだった。
「、その辺にしておけ、」
赤司は口を開いて、ため息をつく。
「えー、赤司!もうちょっと!!」
「征くん、まだ大丈夫だよ」
葉山だけでなく、も抗議の声を上げる。だが赤司の表情に気づいていた実渕が、ため息をついての頭を軽く叩いた。
「もうそろそろやめときなさい。私もそろそろ帰りたいのよ。それに、ジャージ持ってきてやりなさいよ。」
「あ。でも・・・」
は気づいたのか、少し目尻を下げる。
灰色のシャツは汗で黒く染まっている。制服のスカートの下にスパッツをはいてやっている状態だ。明日は土曜日なので学校はないが、それでもあまり褒められた行動でないことを、赤司に前言われたのではわかっていた。ただ、それに納得できていないのだ。
「女バスの人たち、誰もそんな格好でバスケしてないでしょう?」
実渕は身をかがめて、に言い聞かせる。
「え?でも、別に変わらないじゃない。バスケをしたいだけだし。」
「バスケはしても良いの。だけど、バスケはバスケ、女の子だって言うのは別の話なの。」
「・・・でも、わたしがやるんでしょ?」
「スカートでやられるとこっちがはらはらするでしょ!アンタは男のパンチらがみたいの?」
いまいち納得しないに実渕は苛々してきたのだろう。勢いのままに尋ねる。するとは少し考えるそぶりを見せて、ぽつりと呟いた。
「・・・見たくないかも。」
「納得するところはそこなのか。」
赤司は思わず冷ややかに突っ込んでしまった。
Das Wachsen 成長