葉山との1on1が終わって、赤司がシャワーを浴びに行っても、は黙々とシュートの練習を30分ほど続けた。



「なんで距離感つかめんだよー。」




 葉山はまだの隣に張り付いて尋ねる。さっきからと同じ場所からシュートをしてみるのだが、ちっとも入らない。同じフォームとか思って、と同じようにドッチボールの時のように放り投げてみるが、入るはずもない。

 練習で入らないものが、一瞬の判断が物を言う試合中に入るはずもない。

 は制服から見るに見かねた赤司の練習用のかえのシャツを借りて着ている。だがやはり赤司がどれほど小柄だと言ってもは150センチしか身長がない。の制服のスカートを覆う長さの裾からスパッツが見えている。

 シャツは薄いからどうしてもキャミソールの色が見えて、葉山は少しだけを女の子だと意識した。

 ただあまりそれを意識すると赤司にバレてしまいそうで、シュートの方に集中する。これだけバスケがうまくて、可愛くて、それが赤司の彼女だというのは少し残念だ。




、もうそろそろ帰るぞ。」




 シャワーを浴び、着替えて髪まで乾かして来た赤司がを呼ぶ。




「え、もうちょっとシュートの練習がしたいよ。」

「もう十分だろう。それにほとんど外していない。」

「うん。でもなんとなく、何かつかめそうなんだよね。コタちゃんとやってると、」




 は熱に浮かされるような表情で、ボールをつく。そしてそのままそれをすっと綺麗なフォームで宙に放り投げた。それはスリーポイントラインを遙かに超えたところからだったが、ゴールにほとんど当たることなく綺麗に決まった。



「よし、」




 は小さくガッツポーズをして、ボールを取りに行く。

 何故だかはわからないが、葉山と1on1をしていると、夢中になるだけでなく、何かをその先に見つけられそうな気がするのだ。もちろん動きに関しても色々な人の物を見て、自分に向いていると思ったところはまねている。ただ、何となく自分の中に何かが固まる感覚があった。

 青峰と自分は似ていると思っていたから、プレイスタイルも彼の物を参考にしていたが、多分自分はそれだけじゃない。今まであった違和感が、葉山という壁を越えるために解消されていく。

 それがどういうことなのかにはわからないが、それが楽しいのだ。




「なんなんだろう、」



 は片手でボールをつきながら、もう片方の自分の手を見つめて、呟く。

 相変わらず自分の手はとても小さい。そのはずなのに、バスケットボールを自分が思うままに動かすことが出来る気がする。

 感覚が研ぎ澄まされる、そんな感じだ。




「変なの、」




 はドリブルをしながら躰を揺らす。だがそのボールを赤司が取り上げた。




「帰るぞ。」

「えー、もうちょっと」




 は赤司の手にあるボールを取り返そうとひょこひょこと跳ねるが、ボールを持っていない方の赤司の手がの頭を押さえる。




「駄目だ。帰るぞ。シャワーを浴びてこい。」




 すでにシャワーを浴び、制服に着替えきている。




「でもタオル持ってきてない。」

「・・・貸すから、早く行け。」





 赤司は自分の荷物からタオルを出してきての背中を押して、半ば無理矢理行かせる。は少し不満そうな顔をしたが、赤司がボールを返してくれないことはわかったのか、むっとした顔ながらも仕方なくシャワールームの方へと足を運んだ。





「自分からやり出すなんて、何があったのかしら。」




 着替えの終わった実渕も不思議そうに首を傾げてみせる。

 は少しだけ、部活に顔を出すようになっていた。相変わらず部活にやってきてもは部員たちの練習や試合をつまらなそうにしか見ない。代わりに彼女はせっせとマネージャー業務だけを手伝っていた。だが、自分のプレイにいかせると思うのか、たまに鋭い視線を向けて、躰を揺らす。

 夏休みのため、練習は早くに終わる。部活後は赤司が用事を終える間、葉山や実渕の自主練習につきあい、自分も練習していた。





「わからない。だが、少なくとも涼太やテツヤに触発されたんだろう。」



 赤司は冷ややかな視線で彼女を見送る。

 は別に赤司に協力しているわけではない。ただ本当に普通のマネージャーと同じように、ドリンクを作ったり、洗い物を手伝っていただけだ。そう、彼女はまさに普通のマネージャーとして振る舞っていた。

 その証拠に、赤司が声をかけて統計を取れと言った時は心底嫌そうな顔をして適当なものを渡してきたし、退屈そうに練習や試合を見ていた。おそらくただ単に、黄瀬に、青峰と黒子に一緒にリベンジをしようと言われて、自分の技術的な衰えを改善しようとしている、多分それだけだ。

 周囲にはインターハイで優勝し、それに触発されたが真面目にバスケ部の業務をしているように見えるかも知れないが、それは本質的に全く違う。




「そういや、うちの女バスも強かったよね。」




 葉山がボールをしまいながら、赤司に尋ねた。 




「あぁ、そうだな。インターハイで、ベスト3だったかな。」




 赤司が聞いているところでは、準決勝で負けていた気がする。生徒会長の戸院が所属しているので、彼女自身からちらりと聞いた。




が入ったら、余裕で勝てそうじゃない?」




 葉山は笑いながら言う。

 は無冠の五将と言われた葉山が楽しめるくらいに実力がある。基礎能力も天才的で、背は低いが、男子とばかり練習しているので背の高い選手に対する対処法はよく知っている。彼女なら軽く全国レベルで仕事が出来るだろう。




「絶対、女バスには言ったら向かうところ敵なしだよー、」



 葉山は少しがバスケをするところを見てみたいと思った。彼女の才能がどこまで女子バスケで通用するのか見てみたいと思うのは自然な感情だろう。

 だが、後ろからひんやりとした空気を感じて、葉山は振り返る。




「だろうな。だが僕はそれを許すつもりはない。」




 赤司は冷ややかに返した。その冷たさに葉山が笑みを消し、驚いたような顔をする。それは実渕も同じだったらしく、眼を丸くした。



「前に言わなかったか。にこだわっているのは僕だ、と。」




 赤司はが残していったボールを軽くつく。

 彼女の才能は誰が見ても明確な物なのだろう。一番近くにいた赤司ですらも嫉妬してしまいそうになるほど、圧倒的な才能が彼女の元にはある。もしも彼女にたりない物があるとしたら、自信と勇気くらいの物だ。

 だから赤司はいつもそれを与えないようにしていた。




「僕は確かにに甘い。だが、が僕から離れる気なら、我慢する必要もないしな。」



 赤司がに対して様々なことを言わずに我慢しているのは、が赤司の傍にいるからだ。だからいつも彼女に遠慮して言わず、ストレスをかさませているのだ。彼女がもしも離れていくならば、我慢する必要などない。




を手放す気はない。」




 赤司は色違いの瞳を鋭くする。

 あの日から赤司の気持ちは全く変わっていない。彼女を傍に置くためなら何でもする。それが彼女を守ることになるならそれも然り、傷つけることになったとしても、元々彼女のためにしているわけではない。

 に依存しているのは、赤司そのものだった。



Ich klammere mich an ihr 僕は彼女に執着してる