「ちょっと!アンタもっと本気でやりなさいよ!!」
終わりがけになって、むっとした顔で上総がを怒鳴りつけた。
「え?やってるよー?」
は首を伝う汗を拭いながら、上総に言う。
実際にスコアは5対4という接戦の状態で、互角そのものだ。彼女はバスケ部らしく、身長も高く力もあり、速さもなかなかだ。とはいえにとって上総のスピードは赤司や青峰に比べたらなんてことのないもので、別に問題なかった。怯むこともない。
「やってないわよ!すぐ諦めるじゃない!!」
上総はむっとした顔でボールをついたまま叫んだ。
「え?そうだっけ?」
は少し考えてみる。
確かには遊びであるため、あまり深追いをしない。無理だと思った時に力押しで進もうとすることは絶対にないし、危ないと思えばすぐに後ろに下がる。それを本気ではないと言われれば、確かにその通りなのかも知れない。
そう思っていると、ふと後ろから声をかけられた。
「、」
コートに入ってきたのは、赤司と実渕、そして葉山だった。
「えっと・・・?」
赤司の顔を知っていたのか、上総が眼を丸くしてドリブルをやめる。
彼女が赤司に会いたがっていたことは知っていたので、良かったなと思いながら、何か面白くない。は胸を押さえて呟く。
「なんかむかむかする、」
何が嫌なのかはわからないが、苛々する。その感覚を初めて感じ、は首を傾げた。赤司が来て苛々するなど、赤司に失礼にも程がある。
「・・・樟蔭上総、か?」
赤司は彼女のことを知っていたらしく、少し眉を寄せた。
「え、知ってるの?征くん。」
は驚いて赤司を振り返る。赤司もが勝手にバスケをやっていたため不機嫌だったが、も何やら不機嫌そうで、赤司の方が首を傾げた。
「・・・女バスで、とても有名な選手だ。僕たちのように、な。」
あまり興味を持たれても困るので、赤司はぼかして答える。
は知らないことだろうが、彼女、樟蔭上総は女子バスケでは非常に有名な選手で、中学時代から何度も月バスに取り上げられている。現在は海常高校の所属で、今日は京都の強豪である洛山の女子バスケ部と試合があったはずだ。
その関係でたまたまやってきたのだろう。
「なになに?、1on1してたのー?またその格好で?」
葉山は怒られるよーと、懲りないを笑う。
「あ。」
「アンタ、また忘れたの?女の子なんだからって言ってるでしょ?」
実渕が頬に手を当てて、心底呆れた顔でため息をついた。は赤司の目を見るのが怖くて、足下に視線をやった。
制服のままバスケをするとスカートの下が見えるのでやめろと赤司にきつく言われていることを知っているからだ。はまずいと思って少し考えたが、もうやってしまったので、怒られるのは同じだと思って諦めた。
そういえば彼女は赤司のバスケを見たがっていたなと思い、は上総を振り返る。
「かずちゃん、彼が赤司・・・」
「そんなこと良いから!続きやるわよ!!」
と赤司が話し終わったのを確認して、上総はまたボールをつき始めた。
「え?征くんのバスケ見たいって、」
先ほど彼女がここにやってきた目的は、赤司のバスケを見ることだと聞いていた。なのに、目の前に彼がいるのに、今、上総の視線はにまっすぐ向けられている。
「対戦できない奴に興味ないわ。」
上総ははっきりと言ってを見据えた。
確かにスコアとしては、5対4で、僅差で上総が負けている状態だ。もちろん上総が手を抜いているのではない、むしろ手を抜いているのは恐らく、目の前のの方だ。彼女は無意識に自分の力にセーブをかけている。だが、これは上総がある意味で望んだことでもあった。
やっと、やっと見つけたのだ。
「樟蔭!貴方何やってんのよ!!」
ぞろぞろと出てきた上総のチームの選手たちが、1on1をしている上総を見て目を見開く。どうやら上総を探して出てきたようだが、上総はやめる気は全くなかった。
「・・・童ちゃんと、赤司君?」
出てきた部員の中にいた少女が、驚いた顔をする。
「あれ?鴻池先輩?」
はきょとんとしてそちらに視線を向けた。
帝光中学時代、たちよりも一つ年上で、マネージャーのまとめ役をしていた人だ。優秀な人だったため、どこかでマネージャーをまたしているかも知れないと思っていたが、どうやらその通りらしい。
久しぶりの思いがけない再会に、は彼女に駆け寄ろうとしたが、それを止められた。
「待ちなさい!あと一本でしょ。あたし、今負けてるんだから。」
真剣な表情のまま、上総がに言う。
「え、えっと、」
「ちょっと、樟蔭!野良試合は禁止だって言われてるでしょ!!」
戸惑うが答える前に、部員が上総に叫ぶが、上総はそいつらを睨みつけて怒鳴る。だが、上総は負けじとチームメイトを睨み付けた。
「邪魔すんじゃないわよ。初めて見つけた好敵手なんだから」
樟蔭上総は運動で有名な海常高校のバスケ部だった。
女子バスケでは全国で一番のプレイヤーと言われるほどの天才で、キセキの世代のような天才が何人もいるわけではない女子バスケ界では、1on1なら敵なしと言われるほどだった。
とはいえ、上総は強豪校からの招きを拒否し、内部推薦でそのまま持ち上がりで、海常高校に進んだ。
設備は非常に良かったし、強豪の一つではあるが、インターハイで頂点に立ったことのない高校だ。それでも、中学の時から一緒に歩んできた先輩たちがいる海常高校に行く道を上総は選んだ。
結果、インターハイは4位。
準決勝で当たった洛山高校は上総を一人でマークできる選手はおらず、常にダブルチーム。それでフリーの選手が出来ているはずなのに、チームメイトがどうしても洛山の他の選手を押さえられず、敗れた。
上総に勝てる人間はいないのに、他が弱いから負ける。
いつしか上総は徐々にバスケへの情熱を失い、どうせ1on1で自分に勝てる人間なんていないんだから、勝利のためには強豪に言った方が良かったと思うようになっていた。
だが、確かに目の前に、自分と互角に戦う少女がいる。自分が求めた好敵手が、道ばたに落ちていたのだ。
「好敵手?」
誰それ、と小柄な少女は首を傾げた。
その頼りなく細い手は、自在にボールを扱い、天才と言われる上総から、あっさりとボールを奪っていく。
酷く心がざわめく。それは悔しさだけではない、わき上がるような感情に、上総は身を任せた。
Der ebenburtige Gegner 好敵手