は赤司が役員会などと色々忙しく、昼食をとる時間がないので、実渕とともに食事をすることが多かったが、2学期が始まるとそこに葉山と根武谷、そして黛が最近混ざるようになってきていた。その理由は、の作るご飯だった。




「まじうまいわー、の飯。」




 葉山は満面の笑みでタッパーに入れられた竜田揚げをつつく。根武谷も隣の牛肉のしぐれ煮と自分で持ってきた白ご飯を食べることに忙しく、黛はバレないように葉山の持っている竜田揚げを頂戴していた。



「・・・もうちょっと綺麗に食べなさいよ。あんたたち。」




 実渕は心底呆れたように頬に手を当てて、ため息をつく。だが彼もまた確実に竜田揚げを確保していた。




「だいたいのことはハイスペックなんだな。おまえ。」




 黛は少し感心したように言う。




「そうかな?」

「そうだろ。」




 赤司がいるため目立たないし、には自覚はないらしいが、だいたいのことに関して、はよく出来ている。

 成績も赤司に続いて良く、スポーツテストにおいては学年一位、徒競走も一番速く、だいたいスポーツは万能だ。ついでに料理も出来るし、男女の区別をつけられないという点を除けば、見た目はとても可愛らしい。





「そういや、ってさぁ、サッカー部の奴に告られなかったー?」




 葉山は竜田揚げで口をいっぱいにしながら、に尋ねる。

 は自分のご飯を食べながら、ミミズクに冷凍ネズミを与えていた。正直グロいと実渕は思うが、彼女は全く気にならないらしい。正直、彼女よりも絶対に精神的に女らしい自信が実渕にはある。




「んー、告るって大好きだってことだよね?知らないかも。」

「あっれ−?なんかダメ元で告りたいとか言う話だったんだけどな。」




 実はそのサッカー部の男は、葉山と同じクラスだった。

 たまたま一年のクラスに行った時にを偶然見かけ、赤司とつきあっていることは知っていたがダメ元で告白するとか言っていたのだ。




「サッカー部・・・?そういや、好きですって言われた」

「告られてんじゃん。なんて答えたの−?」

「え?わたし、好きじゃないですって答えたけど。」




 はきょとんとして、不思議そうに首を傾げる。




「おいおい、ひでぇ振り方だな。ショックだろうなあいつも。」




 根武谷が頭を抱えて、哀れみを捧げる。どうやら葉山だけでなく、根武谷も知っている男子生徒だったらしい。

 だが、をよく知る実渕と、人間観察をしている黛は、その答えを不思議に思った。




「なぁ、おまえさ、仮にそうだな。実渕が、好きだって言ったらなんて答えたんだ?」

「ちょっ、アンタ、」






 黛の質問に、実渕が凍り付く。

 それは赤司のに対する執着をよく知っており、それを恐れているからだ。赤司のカリスマ性というか、危うさは誰もが知っている、に手を出せば噂だけでも本当に刺されそうだ。




「好きだよって答えるけど。」

「・・・え?」





 あっさりとした答えに、実渕の頭は混乱する。




「だって、玲央ちゃんのことは好きだよ?」

「そ、そう意味じゃないでしょ。それにじゃあ、征ちゃんのことは?」

「征くんのこと?好きだよ?」

「・・・は?」





 違いが全く見えず、鈍い葉山ですらも首を傾げる。根武谷も話が見えず、眉を寄せた。だが、黛はの性格を把握しつつあったことと、もう一つ気づいていることがあったため、口を開く。






「おまえが大好きな奴は、誰なんだよ。」




 最初には告白するというのは大好きだと言うことだと定義していた。もし彼女の認識において、“好き”と“大好き”に差異があるのだとすれば、そこに当てはまるのは誰なのか。

 はにっこりと笑って、軽く首を傾げる。



「征ちゃんと、てっちゃん。」

「やっぱり赤司のこと好きなのかよ。のろけかこのやろー」




 葉山は唇をとがらせてに言う。は自分の中ではちゃんと完結していることなのか、それ以上の説明はしない。



「征ちゃん?」



 ただ、のことをよく知る実渕はそれに反応した。

 は仲の良い友人のことだけを“ちゃん”漬けで呼ぶのだという。それは赤司も言っていたことで、間違いはないだろう。だが、はいつも赤司のことを“征くん”と呼んでいる。だが、時々は昔のことを話すときに“征ちゃん”と言うことがあった。

 ミスディレクションのために人間観察をしていた黛も、同じことを疑問に思っていた。


「じゃあアンタ、なんで征くんとつきあってんのよ。」

「えっと、征十郎が傍にいて欲しいって言ってくれたから、かな。」




 それはにとって、最もはっきりとしていることだった。

 どちらの赤司にも求められていると思っていたから、は彼が変わっても、何があっても彼の傍にいた。それは当然の自信のなさの表れでもあったけれど、彼を大切に思い、同時に彼がを必要だと言ってくれたからこそ、成り立つ関係だった。

 だが、それは徐々に変わりつつあり、“征くん”にとって、はどんどん不必要になっている。



「・・・区別があるのか?」



 黛はぼそりと、に聞こえないような声で呟いた。

 今回のの言動ではっきりしたのは、は“征くん”と“征ちゃん”、そして“征十郎”という単語を明確に使い分けていると言うことだ。

 そして、“征くん”のランクはあくまで実渕と同じ『好き』。“征ちゃん”は彼女の枠組みではこの世に二人しかいない『大好き』だ。ただつきあっている理由はこの二つをあわせた“征十郎”がいて欲しいというから。




「そういえばと赤司って幼馴染みなんだよね−?本当に赤司が負けたことってないの?」




 葉山は無邪気にそのどんぐりみたいな形の目を瞬かせる。




「んー、ないかな。」

「げぇ、あんな大人びたガキとか、ちょっと怖いぜ。」




 根武谷も単純に今のままの赤司を子供にした姿を想像したのか、笑う。




「そんなことないよ、征ちゃんは普通に笑ったり、すました顔してたわけじゃないし。・・・厳しかったし、」




 はむぅっとして言ったが、自分の言った言葉に眉を寄せた。

 昔の赤司は、厳しかった。いじめの時も対人恐怖症だったのことを精一杯部員などに話してフォローしてくれたが、が部屋で閉じこもることを擁護したりはしなかった。いつも基本的にの出来ることを手助けすることはなく、ただ手を繋いで、背中を押してくれるだけだった。

 今は違う。は真綿にくるまれるように、何もない。




「あれ、どういうことなんだろ。」




 は自分の中にあったもやもやしたものの一つが解けていくのを感じながらも、その輪郭をはっきりと思い浮かべられない。

 幼い頃からいつも一緒にいて、頼りがいがあって、が何かしたいと思った時、嫌がらずに背中を押してくれる。だからも彼が苦しいと思ったり、重圧に負けそうな時、隣で一生懸命に彼を助けたいと思った。

 だが、全中の試合で戯れに弱者をもてあそぶ姿を見て、重圧に負けそうで、一緒にいて欲しいといってくれた彼はいなくて、それすら見せかけでないかと思ってしまったのだ。




「あ、わたし、征くん責められないや、」




 洛山の統計を渡したのではないかと赤司に疑われた時、はそれがショックでたまらなかった。

 でも、それならば、は彼を責めることが出来ない。全中に優勝したあの日から、は赤司の言葉を信じていないし、どれほど求められてもそれは利用であり、利用価値がなければ捨てられると決めつけていた。

 利用価値を生まなくてはならないという重圧と、そのために統計をすれば、一生懸命戦う弱者を踏みつぶし、絶望を与えることになるという悲しみと。それに挟まれては、いつの間にか動けなくなっていた。




「はーーーー、」




 は三角座りをして、ため息とともに膝を抱える。

 サボりも、全部、全部、許されるのは彼が“征くん”だからなのだ。もしも昔の“征ちゃん”が今のを見たら、昼休みにを無理矢理委員会にでもどこにでも連れて行って同席させ、挙げ句一緒に部活につれて行っただろう。の気持ちを聞いて、納得できるまで話し合い、妥協点を見つけてくれただろう。

 それをしないのは、今の“征くん”が体面を重んじているからだ。は彼にとってそのくらいの存在なのだ。




「ど、どうしたんだよー、突然!」





 葉山が竜田揚げをくわえながら、を心配そうに見た。




「泣きそう、」

「は!?泣くなよ!オレらが赤司に殺されちゃうだろ!!」

「・・・消えちゃえば良いのに。」

「ひでっ!」




 が自分に対して向けた言葉にオーバーリアクションをする彼を見ながら、は昔を思って小さくため息をついた。





Das Erloeschen