土曜日の部活後、赤司を待つまでの間にがシュートの練習をしていると、いつの間にか洛山の制服ではないが、どこかで見覚えのある制服姿の少女が立っていた。
「へー、うまいねぇ、アンタ、バスケ部?」
楽しそうに笑いながら、彼女はの所までやってきて、にっと笑う。
「・・・おっきい。」
は思わず彼女を見上げて言ってしまった。
薄い茶色の長い髪を一つに束ねた少女は、近くに来れば一目瞭然、あまりに大きかった。女子だというのに多分身長は赤司と同じぐらいあるだろう。きりりとつり上がった茶色の瞳は少しきつそうに見えるが、からからと笑うので、きつさはなかった。
「あははー、170あるから。アンタちっこいねー。中等部かー、可愛いなぁ」
彼女は笑っての頭をぐしゃぐしゃと撫でて言う。
「わたし、高等部だよ」
「え、うそっ、だ、だってアンタ、どう見ても140くらいじゃ・・・あ、そんなことないかも、顔にだまされたかもしんない。150はあるわ。ごめんごめん。」
悪気は全くなかったらしい。が抗議すれば、手をひらひらさせて謝った。
「そういえばさ。ここ、キセキの世代の赤司征十郎いるんでしょ?あたし練習見たいんだけど、入れんの?」
「入れないよ。そう言うの嫌いだから、関係者以外は入れないんだよ。」
基本的に、練習中の体育館にも、ジムにも、一般生徒は入れないことになっている。赤司だけでなく、有名な選手がいるため、集中して練習できるように配慮されているのだ。特に赤司は愛想は良いが、ミーハーな女子を心底嫌っているので、なおさらである。
その傾向は彼が変わってから、より強くなった。
「それにもう、練習は終わってるよ。みんなシャワー浴びて帰るところ。」
が部活を終えた時、赤司はまだ実渕などと打ち合わせをしていた。
多分それからシャワーを浴びて出てくるだろうから、おそらくあと10分ほどで出てくるだろう。だからはこんなところでシュートの練習をしているのだ。
「えー、みんなんとこから逃げ出してせっかく見に来たのに−!」
おーまいごっー!と大きなリアクションをして、彼女は頭を抱えた。どうやら彼女は赤司を見に来たらしい。はなんとなくそれにむかむかして首を傾げる。
何故赤司を彼女が見に来てむかむかするのか、自分でもわからない。だが何故か嫌だった。
「・・・まぁ、見ることくらいは、ここで待ってたら、出来ると思う、けど?」
苛々を誤魔化すように言ってから、は自分で後悔した。なぜかずんっと心が酷く落ち込む。
どうせ後から赤司はここにを迎えに来る。だから見ること位は出来るだろうと思っての親切心だったが、自分で言って、自分で後悔してしまった。だが、彼女の望んだのはそういう意味ではなかったらしく、首を振った。
「良いわよ。別に本人見たいわけじゃなくて、どんなバスケをするか、見たかっただけだから。練習じゃなきゃどうでも良いわ。」
どうやら赤司自身に興味があるのではなく、バスケの練習、赤司のバスケ自体に興味があっただけのようだ。それが少し今までのミーハーな女の子たちと全く違っていて、は少し意外に思った。
「ねー、ね。アンタ、バスケの練習してるのよね、あたしも混ぜなさいよ。」
の手からボールをとって、彼女はにっと笑って見せる。
「・・・良いけど、お姉さんおおきいね。」
「アンタ一年?」
「うん。」
「あたしも一年だから、お姉さんじゃないわよ。」
「ふぅん。一緒に、するの?」
はそう言いながらも、少しだけわくわくした。
実はは、男子以外とバスケをしたことがなかった。は選手としてバスケ部に所属したことは一度もなく、にバスケを教えたのは青峰だ。キセキの世代のバスケに混ぜてもらうことはあったが、いつも実力差は歴然で、遊んでもらってばかり。
今も葉山などの相手はするが、それでもよく言ってせいぜい4割程度とれれば良い方だった。体力の問題もあるので、すぐにもたなくなる。
そのため自分のバスケをうまい、下手で捉えたことがなく、強い、弱いという観点から考えれば、は自分のことを弱いとは考えていないまでも、あまり強くないと思っていた。
まだに明確な男女の区別がないからなおさらだ。
「アンタ、なまえは?」
「、。」
「ふーん、男の子みたいな名前ね、あんたちっちゃくて可愛いのに。」
彼女は楽しそうに笑って、荷物をそのあたりに放り出す。そこには大きくバスケ部とかいてあったが、学校名までは見えない。
「あたしは樟蔭上総、上総よ。」
「上総さん?」
「上総で良いわよ。あたしもって呼ぶわね。」
随分とフレンドリーな人だとは思ったが、どうせ赤司を待つまでの間、時間がある。女子と1on1が出来るのは結構楽しいかも知れないとは思った。
赤司から制服でバスケはするなと言われていたが、相手も同じなのだから、良いだろう。は着ていたセーターをベンチに適当に脱ぎ捨て、袖をめくり上げ、ネクタイを外した。
「1on1、10本で良いわよね。」
上総がボールをぽんぽんとついて、真ん中に立ち、腰をかがめる。
「うん。良いよ。」
も真ん中に駆け寄り、同じ体勢で構えて、集中力を高める。目の前の彼女は隙がなさそうで、多分かなり強いのだろう。運動部、多分バスケ部のようだし、は元々あまり体力のある方ではないので、早く決めてしまうに越したことはない。
そう思って、は本気で攻めに回ることにした。
「なっ!」
上総はあまりの速さに目を見張った。は彼女が一瞬動こうとしてボールを浮かせた瞬間を狙ってボールをたたき落とす。
そしてそのまま走り出したが、そこは彼女の反応が早かった。
あっという間に追いついて、の前に立ちはだかる。伸ばされる手には軽く逡巡したが、軽く身を引く。それは背の低い赤司がよくする、後ろにひいてパスをするというパターンだが、はそのまま腕を振りかぶった。
「う、」
嘘でしょ、と上総が呆然と目を見張る。だがの手から放たれたボールは、ゴールに吸い込まれるように入った。
「え、うっそ、え、」
今起きたことが理解できないとでも言うように、彼女は呆然としたを見ている。
「あ、え?ご、ごめん?」
あまりの驚きようには逆に狼狽えて、何かいけないことをしたんだろうかと、目尻を下げてしまった。だがその姿を見て、上総は慌てて手を振って、違うのよと首を横に振る。
「違うの、まさかあたしが抜かれる、思わなくて、」
たどたどしく言葉を選ぶ姿は、先ほどまでの気楽な彼女と同じとは思えない。
「アンタ、バスケ部にはいなかったわよねぇ。」
少しだけ薄茶色の瞳を細めて、彼女は確認するように言う。
「だって、わたし女子バスケ部じゃないから、」
「なんでそんなにうまいのよ、偶然では出来ないわよ。こりゃ、」
「わたし、うまいの?いつも負けてばっかりだけど、」
は彼女の質問に目をぱちくりさせて、首を傾げる。彼女は少しショックの抜けきらない表情ながらも、気を取り直すように笑って、自分の前髪をかきあげた。
「あははは、だからバスケって好きだわ。」
そう言って、彼女は構える体勢をとる。はボールを拾って、今度はから始めるべく、ドリブルを始めた。
彼女は先ほどとは打って変わって鋭い目でを見ている。
その真剣な瞳を向けられるのは初めてではないが、やはり慣れない。ただ、それでもはその鋭い目に慣れている。プレッシャーも、知っている。そして彼女の持つ長身という圧迫感も、青峰や紫原に比べれば笑えるほどに低い物だ。
ただ、まだには覚悟が足りない。
「勝てれば、良いか、」
はまだ、バスケを遊びとしか認識していなかった。
Das Spass