10月も半ばになると2学期の中間テストとともに、実力テストもある。
相変わらずほぼ満点状態をたたき出した赤司だったが、それはも全く同じで、全教科満点でその二つのテストを終えた。赤司は彼女に何も言わなかったし、ノートすらも貸さなかったが、はほぼすべての提出物をだし、成績にも問題はなかった。
「んー、一位かぁ、」
はソファーに座ってテレビを見ながら、紙切れをぼんやりと眺める。
「征くん何番だった?」
「一番に決まっているだろう。」
赤司の成績はいつも通り首位独占だ。今回も全教科満点だったので間違いない。
「じゃあ今回は同じだね。」
はあっさりと言って、興味なさげに席次をゴミ箱に放り込んだ。
「おい、捨てることはないだろう。」
「だって興味ないし、いらないよ。」
これは正式な成績表ではなく、実際の成績表は学期末に出てくる。とはいえ、親などに見せる必要はあるし、一位だ。結果は残しておくべきだろうと思った赤司とは違い、は一片の興味も抱かないのか、テレビに目を向けたままだった。
「おまえ、どうやってノートとか、提出物を出したんだ?」
赤司は疑問に思って首を傾げた。
保健室登校でしかも全教科満点というのには驚いたが、同位ということは、今回彼女はすべての提出物を出したと言うことになる。赤司は何も教えていないから、自発的に出したと言うことだ。
「あぁ、教科書とった人たちに借りたの。」
はけろっとした顔で答えた。
「・・・教科書はとられていたのか?」
教科書をなくしたと言って買い直していたのは、9月の話だ。記憶力の良いがなくした場所を忘れるはずがないし、はぐらかしてくるので怪しいと思っていたが、彼女の最近の変な行動に気をとられて、外部要因を見落としていた。
「うん。その人たちはだいたいわかってたから、先生に言いつけるよって言ったら、貸してくれた。」
は無邪気に言うが、内容は全く無邪気ではない。かなり狡猾だ。それを世の中では一般的に“貸してくれた”とは言わない。脅しと言われるものだ。赤司は驚いて眼を丸くする。
今まで彼女がそういう手段をとったことは一度もなかったし、考えようと思ったこともなかったはずだ。赤司のファンに中学時代も色々言われていたようだが、対応策を考えるのはいつも赤司で、もそれに従っていた。
がそういうことをされたと、言わなかったことも今回が初めてだ。そして、自分で処理したのも、初めて。
「他にも何かされてるんじゃないだろうな?」
赤司はに確認するように尋ねる。
赤司の前でやると角が立つので、隠れてやる生徒がいるとしても全くおかしくない。はいつもそれを赤司に訴えてきたし、それを排除するのは今まで赤司の仕事だったが、彼女はんーと首を傾げる。
「まあ、大丈夫じゃないかな。」
はのんびりとした答えを返した。その声音からは赤司を頼る気は全くうかがえず、赤司は眉を寄せる。
今回のテスト、赤司は彼女に対して全く手助けをしなかった。なのに、席次の方は赤司と並んでおり、互いに一位だ。テストの点数は二人とも満点であったため、誰も文句など言わない。はノートを写していない、授業を受けていないところを、脅した学生に言ってノートを借り、埋めたのだ。
とは言っても、見たものをすべて記憶できるにとってそれは別に難しいことではなかっただろう。
「何故すぐに言わなかった。」
赤司がを睨むが、彼女の目は赤司から見ればつまらない歴史番組に向けられている。
「んー、」
「もし中学の時みたいになったらどうするんだ。」
は赤司から離れて別の私学中学に行っていたが、いじめに遭って、帝光中学に転校した。いじめというのは基本的に理不尽なもので、すぐに酷い暴力に変わることを、はよく知っているはずだ。それを身をもって経験し、対人恐怖症にまでなったのだから。
だが赤司が言っても、の反応はすこぶる鈍い。
「どうにかなったから、良いんじゃないかな。征くんに関係ないし、」
のんびりしたいつもの口調で返ってきたのは、結果論だった。
「、」
赤司はの隣に腰を下ろし、彼女に手を伸ばす。髪を撫で、頬に手を添えてこちらを無理矢理向かせると、彼女は細い眉を寄せた。
「なぁに?」
「、」
じっと彼女の漆黒の瞳を見つめる。丸くて大きな瞳には、昔のような絶対的な信頼はなく、不機嫌なのか、責めるような色合いがそこにはあった。
「なんで、そんな風に言うんだ。」
赤司の口を突いて出たのは、そんな言葉だった。
「僕はを心配してるだけだ。それも許されないのか?」
目尻を下げて彼女に問えば、の瞳は途端に潤む。だが泣きはせず、ぐっと唇を噛んだ。ごめんなさいと、泣きじゃくって自分に抱きついてきた彼女はいない。それがどうしてか、どこから壊れたのか、赤司にはわからない。
「は僕のことを嫌いなのか?」
揺らぐ細い声音で漏れた本音に、は首を振った。
「そ、そんなこと、絶対にない、征十郎は、わたしにとって一番大事だもん。」
「・・・僕にはの気持ちがわからないよ。」
大事だと言いながら、背を向けて、傍にいなくなるが、赤司にはわからない。
もちろん、すれ違いはあるだろうし、考え方の違いはある。彼女が恐れていることもわかる。でも、それでも傍にいて欲しいと思うことはわがままなんだろうか。
「僕はおまえのためになんだって出来るのに、おまえは僕のために何も出来ないんだね。」
赤司が自嘲気味に呟くと、はその漆黒の大きな瞳をまん丸にしたが、ふっと小さく淡い笑みを浮かべた。
「征くんのために、なるの、かな。」
「僕はがいれば僕のためになると言っているだろう?」
「・・・」
は答えなかった。ただ悲しそうに目を伏せるだけだ。赤司はそんな彼女のつむじを眺めながら、大きくため息をつく。
「、どうしておまえは好きなことをしてはいけないのかと問うていたな。」
先日言い争いになった時、は言っていた。
―――――――――――――――なんで、わたしが好きなことをしちゃいけないの。
赤司は好きなようにするのに、どうしても自分には規制をかけるのか、はそう言っていらだっていた。ある意味でそれは彼女なりの自立のつもりなのかも知れない。だが、赤司は彼女に規制をかける理由をそのまま答えることが出来る。
「僕の方がうまく事を運べるからに決まっているだろう?」
赤司はの身体を自分の方に抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「今回のことだって、言ってくれれば、教科書を買い換える必要性もなかったんだ。」
教科書をいつなくしたかをが覚えているなら、犯人を見つけるのはそれほど難しい話ではない。なくした当日に言ってくれたなら、赤司はすぐに犯人にそれなりの報復を与え、二度とそんなことはさせないようにしただろうし、教科書も取り戻せたはずだ。
ノートをかりたりできたのは確かに良かったかも知れないが、割に合わなすぎる。
「もしも好きなことがあるのなら、僕に言えばよい。僕がかなえてあげるから。」
やりたいことがあるのならば、赤司の傍にいる範囲でのことならば、赤司は最良の形をに与えることが出来る。許可だってする。さぼりのことだって、いくらでも良い方法はあるし、それを言ってくれさえすれば、赤司が場を整えれば良いのだ。
勝手な行動ばかりをするから、赤司も対応しきれなくなるだけだ。
「僕はおまえのために何だってしてやれる。昔から、そうだっただろう?」
今の赤司は、確かに昔の彼とは違うのかも知れない。でも、今の赤司はどんなことであっても、のためにしてやれる。そういう強さがある。ただ、彼女が自分の側から離れない限り、という条件がついているだけだ。
だから、が一言言ってくれればよいのだ。
「征くん、」
はか細い声で名前を呼び、彼の背中に手を回す。
赤司は気づいていない。気づかないふりをしている。でもは自分が望む者が今のままの彼では一生叶わないことも、このまま自分が傍に居続けることが彼のためにならないことにも、気づいていた。
Die Veraenderung 変化