教科書をとられた問題が片付くと、しばらくしては教室に戻るようになったが、赤司も忙しいため、教室でもあまり話さなくなり、一緒に行動することはなくなった。すると、は急速にクラスにも馴染むようになった。




「あんた赤司君とつきあってんの?」



 一人の女子生徒がきんきんした声でに尋ねる。そこには明らかな悪意がすけて見えていて赤司は眉を寄せたが、後ろの席の女子生徒・宮川と話していたは小首を傾げ、顔を上げた。



「え?たぶん?」

「何なのよそれ!アンタなんてふさわしくないのよ!!」



 その叫びに、何人かの女子生徒が賛同する。おきまりの文句に廊下でそれを見ていた赤司はため息をついた。

 やはりある程度いじめと言わないまでも、やっかみは受けていたらしい。最近ははっきりとが助けを求めてこなかったので、赤司も把握していなかったのだ。教室に入って行くと、クラスメイトたちは赤司に気づいて表情を硬くする。

 だが、に声をかけた何人かの女子生徒とは気づいていない。



「・・・誰がふさわしいんだろ。」



 少し考えるそぶりを見せて、はふと口を開いた。



「え?」



 宮川が、首を傾げる。に文句をつけた女子生徒も少しぽかんとしたが、ぎっと目をつり上げた。



「あんた、自分がふさわしいとか思ってんの!?」

「思ってないよ。だから、誰がふさわしいのかなって思ったの。誰だと思う?」



 怒るでもなく、のんびりとした口調で素朴に質問されてしまい、うっと誰もが答えに詰まる。



「美人、とかちゃう?うちのクラスの学級委員の赤坂さんって美人やん。勉強も出来るし。」



 宮川が面白がっての話に乗った。

 赤坂は学級委員と言うだけでなく成績も良く、美人で学年でも有名だった。赤司も割り切った関係が出来ると抱いたことのある生徒で、ただ存外しつこいところがあるのだけは気になっていた。



「駄目よ、あの子、男の前では良い格好するけど、女の前では最悪じゃない!」

「でも美人だよ。」



 はのんびりと返す。

 とはいえ赤坂は少なくともに文句をつけた女子たちの好みのタイプではないらしい。おそらく、彼女たちは赤司とつきあっているから、を気にくわないと言うだけで、誰がふさわしいとか、そういったことを考えたことはなかっただろう。

 に他意はないだろうが、要するにに乗せられただけだ。



「面白そうな話をしてるね。」



 赤司がにっこりと笑って会話に口を差し挟むと、途端に女子生徒は逃げていく。昼休みももうそろそろ終わる頃だから、教室にすぐ戻る気だろう。

 追いかける気にもならず、赤司はの隣の席に腰を下ろした。




「帰っちゃったね。」



 はのんびりとした、相変わらずの口調で、少し残念そうに言った。



「本当にちゃんって、話してみるとほんに変な子よね。ま、可愛いから良いけど。」



 宮川は最近たまたま席がの後ろになったので話すようになり、仲良くなった女子生徒だ。明るい彼女のおかげでは急速にクラスに馴染み、赤司の手をほとんど借りなくなった。赤司も忙しいので教室を離れることが多く、は中学時代のように赤司とともに役職に就いていることもないので、いつもひとりだった。

 だから、クラスに馴染むのは歓迎すべきことだが、赤司は素直にそれを良いことと思えない。少しだけ、少しだけ、彼女が一人になれば、また昔のようにが自分の隣にいてくれるかも知れないと思っていたから。




「ふさわしいも何も、彼女たちが文句をつける話じゃないだろうにね。」



 赤司は小さくため息をついて頬杖を突く。



「そうなの?」

「当たり前だろう。決定権は僕にあるんだから、ふさわしいかどうかを決めるのは僕だ。」



 恋愛なんてそんなものだ。そう言うと、は別に興味もなさげに小首を傾げた。




ちゃん!今度の運動会だけど、200メートルリレーも出てくんない?」




 別の女子生徒がに声をかける。

 一応女子の中では、は学年で一番徒競走が速かったらしい。記録の上では陸上部にも勝るほどで、そのためか、運動会のクラス対抗リレーにもしっかりと名を連ねていた。当然ある程度は出る協議が決められているが、200メートルリレーの方も人員が足りなかったらしい。



「良いよ。」

「え、ちょっとええん??これで5つ目ちゃうの?」




 宮川が安請け合いをするに言う。




「何か駄目なの?」

「駄目ちゃうけど、なんぼはやいいうてもですぎとちゃう?」




 高校にもなればだいたい出る種目は2つくらいものだ。はあらかじめクラス対抗リレーに出ることが決められているため、なおさら一つ少なくてすむ。運動神経が良いとは言え、ひとりで5つはなかなか多い。



「他に出る競技が少ない人間はいないのかい?」



 赤司が問うと、クラスメイトの女子は少し困った顔をしたが、肩を震わせる。

 どうやらがあっさりと同意してくれるため、空いているところはすべてで埋めようという魂胆だったようだ。は小柄だが走りも速く、運動神経も良いので、勝敗を決する上でも重要な存在なのはわかる。

 だが、あからさまにやり過ぎだと赤司は思った。



「え、別に良いよ。やるやる。」



 は女子生徒にあっさりとそう言って、笑う。だがそれを赤司は止めた。



、5つは出過ぎだ。」

「でも困ってるんでしょう。それにわたしが良いって言ってるんだから、良いよ。」

「本当!?ありがとうちゃん!」




 の気が変わらないうちに、そして赤司がこれ以上何かを言わないうちに、とでも言うように、女子生徒はぱっとその場を離れていく。



「・・・。」



 赤司は眉を寄せて隣の席のを見る。ただ彼女は赤司の言っていることを無視するつもりなのか、あっさりとそっぽを向いて、先ほど話していた宮川の方に顔を向けた。




「あかんよちゃん。さすがにおおいわ。」




 宮川は呆れた顔をする。



、何に出るんだ?」




 赤司が尋ねると、は少し考えるそぶりを見せて左手を取り出した。




「えっと、対抗リレーと、50メートル走と、200メートルリレー、あと500メートルリレーと、借り物競走と障害物競走。あれ、6個かも。」




 指を折り曲げていくと、やはり一つ足りない。




「それって完全に押しつけられてるやん」



 宮川はため息交じりで言った。普通の生徒が2,3個しか出ていないところで、6つも出るのは運動神経が良いとはいえおかしい。要するに体よく押しつけられたわけだ。



「別に良いよ。走り速いし、どうにかなると思うよ。」




 は楽観的だった。だが赤司は眉を寄せて立ち上がり、の頭を撫でる。




「だめだ。それに各クラスそういうことをされては、運動神経の良い奴だけの運動会になってしまうだろう?」

「でも出て欲しいって言われたよ。」

「確かに僕も尋ねられはしたが、やはり公平性を保つためにもせいぜい3つまでだ。」




 運動神経が良い生徒ばかりが出場するなら、それはもう陸上大会と何ら変わりがない。学校行事としては問題となるだろうし、各クラス大抵の場合良心的に2個から3個出場することになっているのも、そう言った配慮からだ。




「んー。でも、止められてないし、」



 はいまいち納得できないのか、首を傾げて言いつのる。それは今までになかったことだ。はあまり深く考える方ではなかったため、赤司の言うことに首を傾げてもだいたい判断は明石に任せ、イエスを返していた。



「あかんて、ですぎや。」



 宮川が口を差し挟む。は彼女にちらりと目を向けて少し考えるようなそぶりを見せてから、顎を引いた。





「僕が話しておく。良いね。」




 赤司が確認すると、はやっと「うん。」と返事をした。

 すました顔で赤司は席を立ったが、他人の言う方が、自分が言うより信憑性があるのかと思って、赤司は心の中をかき回されるようで、嫌でたまらなかった。






Ich kann mich unmoeglich von ihr trennen, aber 僕は彼女から離れられない、でも