「ちゃん、たまには昼ご飯一緒に食べへん?」
クラスメイトが初めてにそう言ったのは、10月のテストも終わり、運動会の終わった頃だった。
今まではどうしても赤司が隣にいて、彼がの代わりに話すため、どうしてもクラスメイトと関わりがなかったのだ。赤司が生徒会などの仕事で忙しくなり、昼休みや休み時間すらも席を外すようになってから、いじめられることも増え、はクラスに基本的に行かなくなっていたわけだが、それを自力撃退してから、徐々にはクラスメイトと話せるようになっていった。
勉強も出来る、運動も出来る。性格は温厚であるは人と関わりさえ持てば、あっさりと受け入れられた。
「んー、前から玲央ちゃんと食べてるから、」
はふわっと返す。
クラスメイトと仲良くなってからも、は変わらず実渕と昼休みの大半の時間を過ごしていた。大抵は葉山や根武谷、黛も一緒で、屋上などで他からの喧噪から遠い場所で静かに、でも騒がしく食事をするのが常だった。
決まった曜日には赤司も参加して食堂で食べることもあるが、食堂はうるさいのでどうしても落ち着けない。
「バスケ部の綺麗な人やんね。よくちゃんを迎えに来てる・・・」
の隣の席の宮川が思い出したように言う。
「女子力高いよね。髪の毛さらさらっぽいし、色白いし。」
他の女子も笑った。
のことを迎えに来たり、訪ねてきたりする実渕は、このクラスの中では小さな有名人だ。元々バスケ部のエースであるため憧れも含まれるが、何よりも女性を大切にするあの立ち居振る舞いが人気の元である。
「彼女いるのかな?」
「玲央ちゃん?彼女はいないって言ってたけど、気になる人が部内にいるんだって。」
女子の質問に、は別に何でもないことのようにさらりと言う。すると何人かの女子が「残念―」と目尻を下げた。
「っていうか、あの人ゲイなん、バイなん?」
宮川はそちらの方が根本的に気になってに問う。は軽く小首を傾げて、でも笑顔で答える。
「さぁ。でも一番の親友なの。」
の笑顔は曇りなく無邪気で、その実渕と話すのを楽しみにしているとよくわかった。
「――――!飯行こうぜ!」
「ちょっと、ここ一年生の教室なのよ。目立つでしょ!」
廊下の方から、ぶんぶんと手を振っているのは、バスケ部のレギュラーの一人である葉山だ。背は高いが子供っぽい行動の目立つ彼を、後ろから実渕が呆れたように止めた。
「いーじゃん。にわかれば良いんだよ−。、はやくはやく、」
葉山はむっとした顔で実渕に言ってから、をせかす。は少し慌てた様子で小さなお弁当箱と、大きなタッパーを二つ、手提げ袋の中から出してくる。
「前から思ってたんだけど、ちゃんって大食なの?」
気になって、思わず尋ねるとは首を横に振った。
「違う違う。これはみんなの分なの。昨日のご飯とか、お弁当のあまりなんだけど、美味しいって言ってくれるから。」
は毎日赤司と自分のお弁当を作るし、最近は別々に食べることが多いが、それでも夜ご飯はだいたい八割が作ることになっているため、二人で食べきれなかった分が余るのだ。
「でも、二つ分って多くない?」
「うーん。でもみんな食べちゃうんだよね。」
確かにタッパー二つ分はかなり多いのだが、だいたい根武谷と葉山が大食だし、黛もなんだかんだ言ってもそこそこ食べてくれる。実渕もヘルシーだと言って結局食べるので、余ればそのまま持って帰ってもらえば良いと思っているが、余ったことはなかった。
は二つのタッパーとお弁当箱を別の手提げ袋に入れる。
「持つわ。」
教室に入ってきた実渕がを気遣ってか、手提げ袋を手に取った。
「そんな良いのに。」
「作らせてきて挙げ句持たせるって問題でしょ。」
「今日何!肉?肉もあるよね!?」
「言ってる暇があるならアンタが持ちなさいよ・・・あ、やっぱ良いわ。」
うきうきしている葉山に実渕は手提げ袋を持たせようとしたが、遠足の弁当を楽しみにする小学生のようなテンションで、手提げ袋を振られても困ると思ったのか、賢明な実渕はすぐに踏みとどまった。
「今日は牛肉のしぐれ煮のおにぎりと、豆腐ハンバーグの大根おろしポン酢と生春巻きの野菜巻きかなぁ。」
「やったー、超うまそう!」
「っていうか、もう残り物の粋を超してるわよ。」
喜ぶ葉山と裏腹に、実渕は少し心配そうな顔でを見る。
「でも、コタちゃんと永ちゃんは肉が良いって言うし、ちーちゃんはさっぱりしたものが良いらしいし、玲央ちゃんはヘルシーなのが良いって言うから、折衷案って言うか・・・」
「そういう意味じゃなくて、手間かかるじゃない。」
「でもみんな喜んでくれるから良いよ。」
は楽しそうに、嬉しそうに言う。そんな彼女の手を葉山が取った。
「早く行こう!みんな待ってるしー。ね。ね。」
「うん。行ってくるね。」
はクラスメイトたちにひらりと手を振って、実渕や葉山とともに教室を出て行った。
「ちゃんって、赤司君とつきあってるのよね。」
女子生徒は首を傾げて出て行くを目だけで追う。
一学期からすでに、があの赤司の恋人であるという話はいつの間にか出回っていた。確かに1学期の当初は、彼女はいつも赤司とともにいたし、それに頷けるところは多数あった。だが、現在ではあまり一緒にいるところを見かけない。
せいぜい、席が隣同士で、赤司の方がに対してよく声をかけ、心配している感じだ。
対して最近は実渕を初め、他のバスケ部のレギュラーたちといる姿をよく見かける。彼女はバスケ部のマネージャーなので当然なのだろうが、ならば、赤司もバスケ部の主将なので一緒にいてもおかしくないはずだ。
だがあまり、一緒にいるところを見かけない。最近では朝も別々に登校していることが多かった。
「って、赤司君が言ってたけど。ちゃんの口から確証的なことを聞いたことはないわ。」
宮川は席が近くなってからとよく話すようになったが、彼女から赤司と恋人同士としてののろけ話などを聞いたことは一切ない。幼馴染み同士だということは聞いたし、昔の話などはたまに話題に上るが、なれそめだったり、そういったことに反応が薄いのだ。
最近不思議に思って、「赤司君とつきあってんの?」と尋ねてみたら、「たぶん。でもつきあうってなんなんだろうね」と疑問で返されてしまった。
「それに赤司君って学級委員の奴と寝たって噂あるしな。」
宮川を初め、女子の間には二学期の初めに回った噂だ。
成績は常に学年トップ、運動万能でバスケに関しては最高の天才とうたわれ、今となっては何をどうしたのか、バスケ部の主将にまで上り詰めている赤司征十郎の恋人。それがという少女の、全員が持つ最初のに対する印象だった。
超人と言って間違いない彼とは違うが、彼女も入学以来あまり教室に留まらず、いる時は赤司と一緒で、ほとんど赤司に受け答えを放り出してしまっていたため、誰も彼女と直接話したことがなく、人となりも知らなかった。
そういう点ではもある意味で、浮いていたのだ。
「えーでもそれだったら最悪よねー。わたしの味方しちゃいそうだわ。」
別の女子生徒があっさりという。
そもそも教室にほとんどいなかったし、赤司が代わりに話してしまうことが多かったため、がどんな人間か知らなかったが、少し話すようになると、はどちらかというと大人しいが率直なタイプだった。驚くほどに運動神経が良く、勉強も出来るが、そのくせ明るく活発かと思いきや、大人しくて従順なところがある。
特別自己中でもなく、明るくもなく、気が強いわけではないくせに、やることは大胆だったりする。少し目が離せない感じの、危なっかしい子。
ただそれだけだ。
むしろ話してみたら超人の赤司征十郎などよりもずっと親しみが持てるし、人間味がある。赤司などよりずっと近しいと言って良い。
「ま、本人たちにしかわからんことやろ。」
宮川は噂話の好きな女子たちの会話を適当にいなした。
恋人同士の評価など、他人が下すべきではない。互いに互いがどう思っているかが重要なのだ。ただお互いにずれ合っているときはどうなるのだろうと、宮川はふと疑問に思った。
Das Aussehen 外観