夕飯が当番制であるため本来なら食事くらい一緒にとっても良いが、いつの間にか互いに作っても勝手に先に食べ、部屋に閉じこもり、同じ家に住んでいると言ってもほとんど接点がなくなった。

 おかげで今となってはルームシェアでキッチンとリビング兼用といった状態だ。

 友人が出来ると彼らと話したり、学校の授業に真面目に自分で処理しようとすると他の子にノートを借りて写したり、自分の課題をやったりするのに忙しくなり、がリビングでテレビを見ることはほとんどなくなった。

 今まで赤司のノートや提出物をすべて映させてもらっていたから、時間が合ったし、その間に話をすることもあったのだろう。

 誰もいないリビングで久々にぼんやりとテレビを見ながら、は考える。




「頼りがちだったってことだよね。」




 おんぶでだっこ、そのためにはサボりなど自己中なことが出来ていたわけだ。

 母の言う通り、努力していなかったには、常に努力した赤司に対して、言えることなどない。非難するなどもってのほかだろう。彼の時間を犠牲にしてきたのは、だからだ。

 に煩わされることがなくなれば、彼の自由な時間は増えるだろう。




「うん。」 





 良いことだ、彼の役に立てていると言うことだから、とは少しだけ寂しいと思ったその気持ちを抑え込んだ。何でもが自分で出来るようになることは、多分こうやって赤司の傍から離れると言うことなのだろう。

 自立するというのは、自分で色々なことをするというのは、結構楽しい。友達も新しく出来たし、今までの自分は嘆くだけで何もせず、ただ多分赤司に不満をぶつけていただけだったのだろう。黒子に昔の赤司を取り戻してもらおうだなんて、浅ましい願いまで抱いて。

 自分が変わるのがこんなに勇気がいって、辛いのだから、他人を変えるなんて、もっと力のいることだ。だからはもっともっと色々なことが出来るようにならなくてはならない。

 それはとても悲しく、不安で、思いの外寂しいことだった。




「がんばれば、がんばるから、いつか・・・征ちゃんでも征くんでも良いから、笑ってくれるかなぁ。」




 昔のように楽しく笑ってくれるだろうか。そう信じていないと、折れてしまいそうだ。

 まだは自分がどこまで出来るのかわからないし、大丈夫だと言う自分を信じるだけの確証もない。周りから評価されたのは能力ではなく、どちらかというと人格の方だ。それでも、実渕が背中を押してくれたから、何とか頑張ることが出来ている。



「頑張れ、わたし、」




 折れそうになる心を押し込めるように、静寂に逆らうように、自分に言う。それは誰もいない部屋に酷く空しく響いたが、途端、自分の携帯電話から軽快な音楽が鳴り響いた。




「ん、あ、涼ちゃんだ。」




 はぽつりと言って、画面に出た“黄色いひよこ”の文字に、頷く。



『久しぶりっすねーっち!ウィンターカップの予選が終わったッス!』




 けたたましいお知らせのような黄瀬の声に少し眉を寄せながらも、は小さく笑った。

 そういえば今日は日曜日で、洛山はすでにウィンターカップ出場が決まっているため関係ないが、予選から出る誠凛や秀徳は今日出場できるか、出来ないかが決まるはずだ。明日にはもバスケ部でのスカウティングのために予選のDVDを見せられることだろう。

 ただ、結果はまだ聞いていなかったので、生唾を飲み込む。




「まぁ、真ちゃんとこが落ちるとは思わないけど。」

『もちろんっす!秀徳も決定したッスよ。』

「そっか。」





 緑間とは全く噛みあわないため、仲が良いわけではないが、大切な仲間だった人。楽しみだ。ただ、は一番気になっているのは当然ながらそこではなかった。




「・・・てっちゃんは?」

『聞きたいッスか?』

「涼ちゃん意地悪い。」





 は不機嫌そうな声を出す。一番聞きたいのがそこだと言うことを黄瀬はわかっているのだ。





『もちろんちゃんと勝ったッスよ。俺ら全員勢ぞろいっす!』

「やったぁ、みんなに会えるね。」




 朗報だ。少なくとももウィンターカップにはマネージャーとして同伴することになっているので、全員に会えるというのは楽しみだ。なかなか京都にいると東京の元仲間たちに会えることはない。とはいえ、元仲間だと皆が思っていてくれているかは別の話だ。



「ねえ、涼ちゃん。」




 はふと細い声を出す。




「わたしも、憧れるの、やめようかな。」




 それは、試合前に電話したときに、黄瀬が言っていた言葉だ。

 彼は青峰に憧れてバスケを始めて、でもいつしかその弾む心も全部忘れて、立ち止まって下を見ていた。上を見ることを忘れていた。

 それは多分、赤司という大きな箱に入れられ、守られてきたも同じだ。黄瀬は下を見ていたけれど、ちゃんと自分の才能を認め、自分を見ていた。でもは多分、赤司しか見ていなかった。下も上も、自分すらも見ず、何が出来るかもわからないままここまで来てしまった。

 だから、こんなことになったのかも知れない。




「わたし、自分でどこまで行けるのか、頑張ってみる。」




 は小さく笑って、黙って聞いている彼に、決心を告げる。その声音は柔らかかったが、決然としていて、自分の声を聞いてもまた、自分自身の心を支えようとする。




「やってみるよ。わたしにできることを何か考えて、精一杯頑張ってみて。征ちゃんの役に立てることって何か、考えてみる。」




 結局、なんだかんだ言ってもにとって赤司は大切な存在だ。でもこのままだったらきっと、は赤司に依存するだけで、彼のためになることは何も出来ないだろう。自分の才能の扱い方すらもわからない。



「努力してないわたしが言えることなんてないんだね。」



 赤司は自分の限界まで努力を常にして、ここまで来た。そんな彼に、努力していないが言えることなんて、多分何もないのだ。だから、自分も努力して、それからしか、彼に意見することなんて、到底できっこないだろう。

 彼の言うことは正しい。




 ――――――――――僕の方がうまく事を運べるからに決まっているだろう?




 がやるよりも、彼がやった方がおそらく、うまく事が運べるのだろう。それはどこまでも正しい。




「わたし、自分で精一杯努力してみるよ。」




 彼よりうまく出来るように、努力しなければならない。そして、彼に認められなければ、多分はいつまでたっても、赤司におんぶでだっこの状態のままだ。いつまでたっても、何を言ったって、彼に届くことはないだろう。



「いけるところまでいってみる。」




 まだは何も出来ない。でも、みんなが才能があると言ってくれる、手助けをしてくれるのだから、大丈夫だ。いつまでも黒子に青峰や赤司を取り戻してもらうことを願うのではなくて、今度は自分も頑張る。




「そしたらいつか、」



 昔みたいに笑ってくれるよね、とは、言わなかった。

 それはまるでただの空想のようだ。自分がつかめるように努力するんだと、心を奮い立たせる。かつて楽しそうに笑っていた赤司を思い出す。




『そうっスか。』




 黄瀬の声は染み渡るほどに静かだった。




『確かに、俺も楽しみっす、っちがどこまで行けるか。』

「まぁ、でも、わたし何が出来るかよくわからないんだよ。」




 正直なことを言うと、は他人と比べて自分の価値を見いだそうとしたことはない。そのため兄たちが優秀だったとしても、隣に赤司がいても劣等感を抱いたことはなかった。赤司の与えた箱庭の中、は本当に何もしてこなかった。

 言うと、黄瀬はけらけらと軽い調子で笑いながら、口を開く。




『じゃあ、黒子っちみたいに、赤司っち倒しに言ってみたらどうっすか?』

「え?」

『だって言っちゃえば赤司っち親玉みたいなもんっすからね。チートなくらい強いし、赤司っちになんか一つでも勝てたら何でも生きて行けそうじゃないっすかー』





 重苦しい話を吹き飛ばす軽い彼の調子は、いつもの通りだった。だが、何故かの中に、その言葉がすとんと沈む。




「あぁ、そっか。」

『え?』





 があっさりと頷いたので、黄瀬の方が驚く。




「確かに、征くんに勝てたら、どこでも行けそうだよね。」

『え、いや、あの、っち』





 納得したの、ある意味であっさりとした真剣な声音に、黄瀬は目を剥いて、慌てて口を開く。だがそれを遮るようにが言った。




「うん。やってみるね。」

『えっ、ちょっ、っち・・・!』





Eine schlechte schriftliche Herausforderung 一つのまずい挑戦状