「だいたい、黄瀬に電話しやがって、挙げ句ライオンの首を最初に取りに行くか?普通!」




 青峰も目尻を下げて素直に反省しているの前ではうまく怒ることも出来ず、つらつらと愚痴だけを並べる。だがふと、あれ、と青峰も気づいた。何故彼女は黄瀬に電話をして、ライオンの首を取りに行ったのだろうか。




「だって、涼ちゃんが言ったんだもん。」




 一応青峰に言わなかったことを悪いと思ったのか、少しすねたような口調ながら、はしおらしく目を伏せて言う。




『だって言っちゃえば赤司っち親玉みたいなもんっすからね。チートなくらい強いし、赤司っちになんか一つでも勝てたら何でも生きて行けそうじゃないっすかー』




 そんなことを、昨晩電話したときに言い出したのは、黄瀬の方だった。

 は赤司が何でも出来ることはよく知っているので、確かに彼に勝てればどこまで出来るかわかるし、自信も持てるかも知れないと酷く納得して、赤司に勝負を挑むに至ったのだ。

 その途端に青峰の顔色が変わった。




「黄瀬ぇえええ、てめぇか!この馬鹿をたきつけたのは!!」




 青峰はばっと立ち上がってを慰めるのをやめ、体育館の入り口で隠れている黄瀬の方へと歩み寄る。




「ごめんっス!!冗談だったんっスよぉおおお!なのにっちすぐ電話切っちゃうし!!」




 黄瀬は逃げ腰ながらも言い訳を口にした。

 別に本気ではなく、冗談のつもりだった。ただそれを聞いたが本気にしたのはわかったので慌てて電話をかけ直したのだが、は全く出ず、何やら酷く不安になって、黄瀬は青峰を無理矢理京都に引きずってきたのだ。




「こいつに冗談通じないなんてわかってんだろうがボケェ!!」




 青峰は思いっきり黄瀬を殴りつける。



「道理でおかしいと思ったんだよ!おまえが交通費出すから京都に一緒に行こうなんて!!」




 確かに黄瀬は金払いの良い方だが、インターハイで彼に勝ってから青峰と黄瀬は全く連絡を取っていなかった。ましてや敗北した黄瀬にかける言葉など、青峰は持ち合わせていなかった。だがその彼が突然、に会いに行きたいと青峰を無理矢理新幹線に乗せたのだ。


 おかしいと思った。



「はー、」




 は緊張から解放されたせいか、ぺたっと体育館の床に座り込む。完全に集中力が切れているため続ける気にはなれなかった。だが、座り込んでしまうと、酷く疲れているせいでたち上がれる気がしない。大量に変な汗が流れて、手ががたがた震える。




「え、あ、あれ、」




 は訳がわからず、首を傾げて自分の身体の変調を見つめた。




「ちょっと、大丈夫?」



 実渕が慌ててタオルを持ってに駆け寄る。



「おい、ちょっと水とか、氷とかないか?」




 黛もの様子におかしさを感じて、慌てて葉山と根武谷に言う。幸い練習の後であるため、飲み物や氷などは残っていた。




「うぅ、き、きもちわる、せ、せなか、も、」




 痛い、とは口元を押さえ、蹲る。

 口論していた青峰と黄瀬も慌てての元に歩み寄り、状況を確認する。ただすぐにオーバーワークだと言うことがわかり、顔色を変えた。




「自業自得だ。」



 赤司は冷たく言い捨てて、バスケットボールを片付けるために拾い上げる。



「おい、おいまえら、保健室どこだ?」




 青峰は赤司を睨み付けたが、それよりを運ぶことの方が先決だと怒りを押し殺し、実渕の方へと尋ねる。




「あ、案内するわ。こっちよ。」




 実渕はが心配なのか、氷での首元を冷やしたまま、青峰に道を示した。




「オレも行く、」




 飲み物を持ったまま、葉山は目尻を下げて言って、後に続く。

 体育館から青峰と実渕、そしてが退場すると、ただ沈黙があたりを支配する。その中で黄瀬はじっと物言いたげな悲しそうな目で、赤司を見ていた。




「涼太、次、をけしかけてきたら、殺すぞ。」




 赤司は黄瀬を一瞥して絶対零度の、冷ややかな声をかける。それに反応して表情を凍り付かせたのは、まだ体育館に残され、立ち尽くしていた根武谷と黛の方だった。




「・・・っちが、大事だったんじゃないんっすか。」



 黄瀬は目尻を下げて、赤司に問う。




「大事に決まっているだろう。」



 赤司は即答した。

 が大事かどうかなんて、答えは決まっている。彼女は赤司にとってなくてはならない存在だ。当たり前のように自分の傍にいて、大切でたまらなくて、傍にいてくれなければ正気を保てないくらい、赤司征十郎にとって大事で、大事で、たまらない存在。




っち、役に立ってないから、捨てられちゃうかもって、嘆いてたッスよ。」

「馬鹿なことを。それにそれはが拒むからだろう。」




 赤司は素っ気ない答えを返す。それは赤司がからの信頼を失っていると言うことを示していた。
 を見捨てるなんて、絶対にあり得ない。それは幼い頃からわかっているはずだ。確かに彼女は赤司に依存しているかも知れないが、そんな依存は片側からでは成立しない。赤司もまた、彼女に依存しているのだ。
 それに彼女の記憶力はどんなことでも非常に役に立つ。あの力だけで赤司がを傍に置く理由を他人に認めさせられるほどに。だが、はそれを望んでいない。だから赤司も配慮して、無理強いはしていないし、強くは言っていない。




「確かにそうっスね。でもっちはバスケが好きで、だから他のバスケが好きな人を傷つけるのは嫌で、でも赤司っちのことも大好きだから、重荷になるのも嫌で、迷っている。」




 黄瀬はの心を的確に代弁する。




「役に立ちたいから、自分で立とうって、頑張ってる。」




 それは、形は違えど、赤司を思っているからの行動だ。自分が今の赤司のバスケを助けることが、赤司の役に立っているとは思えないから、手伝うのを渋っている。でも、役に立っていないと捨てられるかも知れないと怯えている。

 は徐々に自立しようとしている。それが一番赤司の負担を軽減し、赤司のためになると、彼女は思っている。

 だが、それはまさにすれ違い以外の何物でもない。




「青峰の行為は、結論を先延ばしにしただけに過ぎない。」




 赤司はその赤と橙の、色違いの瞳を黄瀬に向ける。

 青峰はおそらくある程度わかっていただろう。あの瞬間、の投げたシュートは確かに入ったかも知れない。だが、彼女のリミッターは完全に外れており、は自分の限界を理解していないし、赤司の相手をすることがどれほど自分の体力を削っているかがわからなかった。



「だからここでつぶしておくべきだったんだ。」



 冷たい、どこまでも冷えた声で、赤司はの将来的な可能性を奪うと告げる。

 元々感情に引きずられるは、本当に躰が壊れるまで、限界に気づかないだろう。

 10本なんて、不可能だ。続けられるはずがない。その前に彼女の躰は限界を迎え、オーバーワークで壊れる。赤司はそれで良いと思った。だからそうした。精神的に壊れないというのならば、折れないと言うのならば、むしろ都合が良い。

 躰が再起不能になるくらい、運動が少なくとも出来なくなるように物理的につぶれてくれれば良いと、心底思った。



に羽なんて必要ない。ただ僕に必要な歌を奏でていれば良い。」



 鳥籠の鳥は、尾羽と風切り羽を切り落とし、飛べなくされる。彼女は今まで、餌に満たされた箱の中で、ただ赤司が与える物だけを見てきた。自分に羽があると知らずに、無邪気に跳ねているだけの、ただの子供。

 とても可愛く、大切で、必要不可欠な、赤司の小鳥だ。




「遅かれ早かれ、僕は本気での羽を折るだろうね。」




 見捨てるなんて、そんな心配をする必要などない。どんなだったとしても、彼女が彼女ならば、赤司は愛し続けるだろう。

 赤司だってに依存していて、離れて生きていけない。だから逆だ。もう一人の赤司は、バスケをやらないかと彼女に勧めた赤司は、願っていたかも知れないが、今の赤司はの自立など全くといって良いほど必要ない。

 自分の傍から離れるなら、手段を選ぶ必要などなかった。



Das ist nur eine Frage der Zeit時間の問題