金がない、の一言を理由に青峰と黄瀬を連れて帰ってきたは、ご機嫌だった。



「・・・泊める気か。」




 赤司は腰に手を当ててを見下ろす。は青峰におんぶされて帰ってきたわけだが、今は黄瀬と青峰とともにリビングのソファーに座り、テレビを見ながらトランプをしている。



っち−、お茶欲しいっす!」

立てねぇって言ってんだろ。自分でとってこいよ。」

「はーい。いってきまーす。」



 黄瀬は青峰に言われて、立ち上がり、我が物顔でリビングの置くにあるキッチンの冷蔵庫を開ける。赤司はその様子にますます眉を寄せたが、先に冷蔵庫の上に止まっていたミミズクがほーほーと威嚇するように黄瀬に声を上げた。



「わっ、ちょっ!っち!なんか威嚇されてるんっすけど!」

「きっと涼ちゃんのことが嫌いなんだよ。ひよよ。」

「ひよよ?黄色くなくね?」




 青峰が茶色いミミズクにつけられた名前を訝しみ、の方をけだるそうに見る。だがはどうやら手札を見る方に忙しくて、あまり話を聞いていない。




。大輝たちを泊める気なのか?」

「あ、えーっと。大丈夫だよ。わたしの部屋に泊めるから。」




 は真剣な表情で自分の手札をじっと眺めながら答える。

 どうやら赤司が怒っているのはしっかりわかっているらしい。今日のことを問い詰められたくないという意味でも彼女はふたりと連れて帰ってきたのだろうが、だとしてもあまりに彼女の台詞は女として無自覚すぎる。




「大問題だ。」




 赤司ははっきりとそう言って、こめかみを押さえた。

 高校生にもなってどこにこんな大男を二人も自分の部屋に泊める女がいるのだ。何をされても文句は言えない。



「でも、客室物置になってるでしょ?」



 は真剣に手札を見ている。赤司はちらりとの手を札を見て、手を伸ばした。ばば抜きをやる予定のはずだというのに、同じ数字のカードがまだ残っている。それを山へと放り出す。

 確かに客室として一部屋空いていたが、それは今赤司の書庫となっている。そのため人が泊められるような状態ではなかった。の部屋にある二組のソファーのうち一つはソファーベッドであるため、良いと思ったのだろうが、男を、ましてや彼女の部屋に泊めるなど認められない。



「あのな。おまえ今年で一体いくつになったんだ。」

「16だよ。やだな、征くんも同い年でしょ?忘れちゃったの?」

「異性を部屋に泊めるなどあり得ない。」

「征くんだって異性でしょ?」



 はきょとんとした表情で首を傾げる。赤司はこの幼い恋人を説得することの難しさに目眩がした。かといってここでいつものように諦めては、本当には部屋に黄瀬と青峰を招き入れて雑魚寝に走るだろう。彼女の精神年齢は、帝光中学で合宿をしていた頃と何ら変わっていない。



っちは赤司っちの部屋で寝るのが一番っすよ。」



 黄瀬がトランプの手札をに差し出す。「え?」と意味のわからないと言った顔をしていつまでたってもトランプのカードを引かないの代わりに、赤司が引くと、見事にジョーカーだった。



「征くん、ばば抜きだよ?」 



 はむっとした顔でカードを受け取る。



「どうしてわたしは征くんの部屋で寝るの?」

っちと赤司っちは恋人同士っしょ。男がいる時は心配だろうから同じ部屋で寝た方が嫉妬が少なくて良いじゃないっすか?」

「嫉妬?」



 は手札を軽くくって、青峰に引くように促す。



「おまえ、相変わらず相当馬鹿だな。」



 青峰はそう笑いながら、のトランプカードから一枚を選び引いた。



「うげっ、ジョーカーじゃん。」

「安心して。大輝ちゃんも十分馬鹿だよ。」




 にっこりとは笑って見せる。



「頭の出来はドングリの背比べだよ。おまえたちは。」



 赤司は青峰、黄瀬、そしてを順繰りに見て、心底冷たい視線を向けた。

 成績に差こそあるが、馬鹿で無邪気、猪突猛進という観点に関しては、三人とも全く同じだった。恐らく頭の出来では、黄瀬が若干かろうじてましな程度で、と青峰は同じくらいだろう。も記憶力さえなければ、成績に関しても差し支えなく青峰や黄瀬と同レベルだったはずだ。

 そういう点ではその得意なほどに優れた記憶力でなんとか成績を補っている。



「えー、今回の中間テスト、俺はなかったんっすよ。欠点。」




 黄瀬は胸を張って言って、トランプの札を青峰からとる。どうやらジョーカーではなかったようだが、生憎同じカードはなかったらしい。



「マジかよ。俺はアウトだったぜ。くっそー。」

「やっぱりわたしが一番馬鹿じゃないよ。わたしは大丈夫だったもん。ノートとかは全部借りたけど。」

「僕から見たらおまえら全員同レベルだ。」

「えーひどいよ。」




 は感情の伴っていない非難を返して、黄瀬から手札をとる。

 バスケへの姿勢が変わっても、結局の所やはりと黄瀬、青峰はこんな感じで集まると馬鹿みたいな会話を繰り広げているわけだ。それは中学時代と何ら変わっていない。いや、青峰は変わっていた、彼は勝利のみを求めていたはずなのに、完全ではないが戻っている。




「そういや、明日ちょっと顔貸せ、」



 青峰がふと思い出したように言って、を見る。手札を真剣な顔で眺めていたは「え?」と首を傾げる。



「でもわたし、筋肉痛で動けないよ。」



 青峰におんぶされて帰ってきたくらいだ。完全に運動疲労が限界まで来ていて、どう考えても動けるような状態ではない。だがそれでも青峰は良いと思っていた。彼女に必要なのはすでに技術的な問題ではなく、知識だ。

 技術は彼女の目覚めとともに徐々についていくだろう。



「おまえが不安に思ってることについて、教えてやるよ。」



 が制御できない、恐れながらも沈んでいく、高ぶっていくあの感覚。その答えを、青峰はに与えてやることが出来る。



「ふぅん。わかった。」




 は少し首を傾げてよくわからないと言う顔をしたが、ちゃんと頷いた。青峰はくしゃくしゃとの頭を褒めるように撫でると、自分の手札をもう一度見た。

 相変わらずからとってしまったジョーカーは、青峰の手札の中にある。



「負けた方が明日の昼ご飯、奢りっすよ。」



 黄瀬は真剣な顔で青峰を睨んだ。

 明日は日曜日で、夕方には新幹線で東京に帰るが、それまでは一日京都にいる。青峰のレクチャーは数時間で終わるはずだから、その後は自由だ。に案内してもらうつもりだが、せっかく今ゲームをしているのだ。景品がないと燃えない。



「くだらない。」




 赤司は一言の元に3人のゲームを、心底呆れたように切り捨てた。




「どーせおまえが参加したところで意味ねぇから良いんだよ。」




 青峰はそう言って、黄瀬にカードを引くように促す。



「涼ちゃんひかないでよ。」




 がじとっと漆黒の瞳で黄瀬に圧力をかける。彼が引けば、まで回ってくる可能性が高いからだ。




「俺だって引きたかないっすよ」




 黄瀬は唇をとがらせて子供っぽい表情を見せると、覚悟を決めたように青峰の表情を窺いながら、カードを引く。その途端に、青峰の唇の端がにぃっと上がった。




「おっしゃーーー!ばぁか!!」





 青峰が手を振り上げて喜ぶ。




「涼ちゃん!なんでわたしの足をいつもひっぱるのー!」



 が頬を膨らませて怒りの声を上げる。それは昔、黄瀬と、青峰と黒子が組んで2on2をしていた頃、黄瀬がすぐに青峰に抜かれるため負けていたときの怒りも含まれていた。




「ちょっ、っちだって青峰っちに負けてたじゃないっすか!」

「そんなことないもん!それに涼ちゃんは男の子でしょ!」

「そういう時だけ、性別持ち出してくるなんてずるいっす!」




 低レベルな口論を繰り広げる黄瀬とのやりとりは、まさに兄妹かなにかのようだ。それをぼんやりと見ながら、赤司は心の奥底に沈むもう一人の自分が、扉をノックしたような気がした。




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