黄瀬の助言に従い、は久々に赤司の部屋で眠ることになった。
「・・・写真、増えてない?」
赤司の部屋のソファーに座っていたは、赤司の本以外は驚くほどに物のない、すっきりした無機質な部屋に置かれている写真に目をとめる。
前彼の部屋に入ったのは1ヶ月ほど前の気がする。2学期になってからお互いにすれ違ってばかりで、話すことも少なくなっていたし、前はほとんどの勉強や物事をリビングでしていたのに、顔を合わせるのが気まずくてそれぞれの部屋に閉じこもることになっていた。
そして、会話が減ると同時に彼の部屋に入ることもなくなっていた。
「あれ、これって体育大会のやつ?」
赤色のはちまきを巻いたまま、クラスメイトと笑い合っている、自分のもの。そういえば後から、写真を買う人は申し出てくれと、担任が話していたかも知れない。ただ元々映像をそのまま記憶できるは写真も一度見ると興味がないため、一枚も買わなかった。
「あぁ。が綺麗に写っていたから。」
「そう?」
「そうだよ。笑っているだろう。」
赤司は机の上にあった本をしまう。は彼の意図するところがわからなかったが、ぼんやりと写真立てを見る。
彼の母親の写真や、幼い頃のと赤司の写真。中学時代の集合写真。部屋のレイアウトに支障を来すほどでは内が、案外、赤司は写真が好きだなと思う程度には、写真立てが並んでいる。それに混ざる高校に行ってからの、写真。
高校に行ってからの物はすべて、だけが映っていて、どれも楽しそうな笑顔を浮かべている。1学期は学校もサボりがち、クラスでも浮いていたため、こんなふうに自分は笑っていただろうか。
「あれ、この写真って。」
はその中から一枚の写真に目をとめた。
風呂上がりで少し赤らんだ顔をしたが、ミミズクに頬をすりつけている写真だ。それはが勝手に誠凛と秀徳の合宿に遊びに行った時に、確か黒子がとった物だったはずだ。そこにいなかったはずの赤司がどうしてこんな物を持っているのか。
「涼太が、黒子からもらった縁起物だと送ってきた。」
「え?涼ちゃんが?」
「あぁ、」
黒子が携帯でとっていたものを、黄瀬に送り、それを彼が赤司に送った。そこに特別な意図はなかっただろうが、その柔らかくて楽しそうなの表情が好きで、赤司はそれを写真立てに入れたのだ。自分にはもう、向けられない笑顔だと知っていたから。
これを黒子がとったと聞いた時、殺意を覚えるほど怒りを覚えたし、同時にこんな表情を見ることの出来る彼に嫉妬した。何で自分では駄目なのだろう、彼女を笑わせることが出来ないのかと、嘆きながらも、その笑顔が頭からこびりついて離れなかった。
赤司にとって、高校になってからの写真はすべて、が笑っているものばかりだ。自分に向けられなくなった笑顔をそこに閉じ込めている。
だが鈍いにはその意図は読み取れなかったのだろう。
「ふーん。変なの、目の前にいるのに。」
は首を傾げて見せるだけだった。赤司は伝わらない感情と、試合の時に見せた、自分を超えよう、倒そうとする彼女の鋭い瞳を思い出して、胸がざわつく。
「、」
赤司はソファーに座っているを後ろから抱きしめ、その細い首筋に顔を埋める。彼女の細い肩にすりっと頬を埋めると、首に髪が当たるのか、はくすぐったそうに声を上げた。柔らかく、少し赤司よりも高い体温が伝わり、酷く安心する。
「どうしたの、征くん、」
は甘えてくるような赤司に首を傾げる。いつも甘えるのはの方で、彼はすました顔での頭を撫でるのが常だった。それが逆転したのは、いつからだったのだろう。すれ違い始めたのは、本当に全中の決勝戦からだったのだろうか。
もうそれすら、よくわからない。
「最近、一緒にいなかっただろう。」
「征くん忙しそうだしね。何だっけ、生徒会?」
は別に気にした様子もなく、柔らかに笑う。
「そうだな。僕は来年生徒会長選挙に出る、だからその布石だと思ってね」
「ふぅん。」
地位の価値が、にはあまりわからない。理解しようとはしない。それでも彼女が常に地位ある場所にいたのは、赤司がそこにいたからだ。
帝光中学時代も彼女は生徒会の副会長で、赤司は生徒会長だった。同時にはバスケ部のマネージャーのまとめ役を務め、ふたりいる副主将の一人でもあったが、全中終了後、赤司との意見の違いが明確になると、黒子とともにバスケ部をあっさりと辞めた。の退部は黒子の物以上に多くの人に衝撃を与え、それに追随した同級生も非常にたくさんいた。
「僕は、常に上にいて当然の人間だ。」
当然であらなければならない、すべてに正しくなくてはいけない、と言い聞かせてきた。だから、常に上を目指す。今、バスケ部に君臨しているのと同じように。
「ふぅん。よくわからないけど、征くんが生徒会長になりたいのだけわかったよ。もしも機会があったら、協力するよ。」
は何とも言えない解釈をして、ぽんぽんと自分に回されている赤司の腕を叩くだけだった。協力に対してもあまり積極性はない。
それでも、赤司は彼女を手放せない。求めるのをやめることが出来ない。
「ちょっと眠いかも、」
は眠たいのか、とろんとした目で赤司を見上げる。
「そうか、来い、」
赤司は一度身体を離す。すると彼女は振り返って赤司に手を伸ばした。その手を軽く自分の首元に回させ、そのままソファーから彼女を抱き上げる。
昼赤司と1on1をし、無理をしたせいで、は全くといって良いほど立ち上がれないようだった。そのため移動が完全に赤司か、青峰に抱えられるという赤ん坊並の状態だ。明日も本当は部活があるのだが、青峰につれられて土曜日でも空いている整形外科に行く予定である。
本当は赤司もついて行きたいところだったが、部活もある。何よりもこれは赤司が望んだこと、いや、むしろ彼女があのまま運動が出来ないくらい、躰を壊してくれれば良いとすら思っていた。
そんな自分が、どんな面下げこの躰を抱きしめているんだろうか。逆らったを、つぶそうとしたのに。
だが、はそんな雰囲気を微塵も見せず、さも当たり前のように赤司とともに過ごしている。彼女にとって、赤司に勝負を挑んだことは、別にその後の関係に支障をもたらすものではないのだ。
昔黄瀬と青峰が、黒子が、当たり前のように1on1をして、勝敗を決めていたように。
ライバルは敵ではない。確かに仲間ではないかも知れないが、未だに別々の高校に進学し、対戦だってする黒子と黄瀬の仲が良いように、宿敵でもある赤司の恋人であるを青峰が心配するように。
それは、遠い日、赤司が失ったもの。失わせてしまった、仲間たちの関係。
「本当に僕は、のことになると頭がおかしくなるらしい。」
赤司はぽつりと零して、をベッドの上にそっと下ろす。
を完膚なきまでに負かし、踏みつぶし、精神的に無理矢理彼女が動かす、その身体を物理的に再起不能にしてしまえば、彼女の心も折れたはずだ。他人に対してなら、青峰が止めたとしても、赤司は最後までやったと思う。
だが、赤司の心の中にも、彼女を壊すことへの罪悪感があった。だから、青峰がシュートを止めた時、心のどこかでほっとしたのだ。
「え?」
は顔を上げて、丸い瞳をこちらに向けてくる。
「おまえは綺麗だね、。」
赤司はの髪を優しく撫でた。
彼女はまっすぐ、ただ赤司の役に立ちたいとか、ふわふわ揺れながらも綺麗な感情だけ抱えて、遠い日の気持ちを忘れないままここにいる。でも、歪んでしまった自分は、赤司征十郎という存在そのものが迷い、歪んだその証拠であり赤司は歪なまま、ここに存在している。
いつか、この気持ちがを押しつぶすんだろうと、赤司は知っていた。
Die liblose Liebe愛のない愛