「えー、これ可愛いやん。」




 楽しそうに宮川が雑誌を見て笑う。




「ほんとー。この秋の新作なのよね。このマニュキア!」




 雑誌の頁を見て、紫色のマニュキアに目をときめかせるのは、実渕である。それをぼんやりと眺めながら、はうーんと首を傾げた。




ちゃんも見い、今度部活休みの時に三人で買いにいこーや。」

「え、あ、うん。」




 軽やかな大阪弁で言われて、押されるがままには頷く。

 クラスメイトの宮川とが仲良くなったのは最近なわけだが、偶然今日第一、第二体育館の補強工事と言うことで、女子バスケ部、男子バスケ部ともに休みと言うことになったのだ。調整用体育館はあいているのだが、小さく、他の部活も使いたいと唸ったことで、公平にどの部活も使うことが出来ない。

 筋トレのための施設もあり、そこにはいくつかの小さな地下体育館があるため、放課後はそこで自主練習をする実渕につきあう予定で、2年の授業が終わるまでは宮川とクラスで雑談をしていたのだ。

 一時間もすると実渕もやってきたのだが、何故か宮川と実渕が意気投合してしまい、中庭で雑誌を開くことになっていた。




「宮ちゃんも、玲央ちゃんも、なんか女の子だねぇ。」




 は雑誌を見ながら騒ぐ二人にたじたじだ。

 正直いつも赤司と一緒にいたは、女子力がない。料理などは出来るが服やアクセサリーに興味がなく、未だに普段着は赤司のお古くらいのひどさである。自分の見た目に頓着もしていない。だから黄瀬にどれほど言われても、ファッション雑誌を開いたことすらもなかった。



「なーに言ってるの、アンタ女の子でしょ。」



 実渕は呆れたような顔をして、見なさいよ、これ可愛いでしょ、とにアクセサリーを見せる。



「可愛いけど・・・」

「けどなんなん?」

「ほら、こんな大人びたの似合わないよ。」



 銀色のブレスレットはあまりに子供っぽい顔をしているには背伸びをしているようで似合わない。



「そう?別に可愛い思うけど?」

「そんなことないよ。こういう大人びたのは、」




 大人びた顔の人に似合うんだろう、と思ってが思い浮かべたのは、生徒会長の戸院だった。彼女は黒髪をきりりと一つに束ねた美人で、生徒会に入った赤司とよく一緒にいる。



「なんや、眉間に皺よってんで。」



 宮川は首を傾げてを見る。



「うーん。」

「何よ、なんかまたいじめられてるんじゃないでしょうね。」

「違うよ。玲央ちゃん心配しすぎ。」




 は息を吐いて、ころんと芝生の上に転がった。ほーとミミズクが鳴いての所まで飛んでくる。



ちゃん、前から聞きたかってんけど、なんでミミズク飼ってるん?」

「拾った。」

「ミミズクて拾うもんとちゃうで。」




 宮川は言いながら、ミミズクの頭を撫でる。ミミズクはじっと宮川の顔を見上げていたが、しばらくすると飛び跳ねての所までやってくると、いつも通り頬をすりつけた。




「なーんかね、きっとこういう大人びたのはといん?だっけ?、あぁいう大人びた人が似合うと思うんだよね。」

「その割には、すっごい眉間に皺よってんで。」





 誰かに似合うと言うには、の表情は苦虫をかみつぶしたようで、ちっとも楽しそうではない。宮川が尋ねると、は「んー、」と首を傾げて見せる。



「・・・見ると、むかつくんだよね。」

「え?なんかされたの?」



 戸院は二年生で、生徒会長をしている。生徒会長に二年生から抜擢されるだけあって、女子バスケ部でも信頼が厚く、最近生徒会に出入りするようになった赤司と一緒にいることが多い。悪い噂は聞かないがなにかされているのだろうかと思った実渕に、はさらりと言った。



「いや、なんかむかむかするだけ。」

「・・・なにそれ。」




 実渕は本当にあっさりと言われてしまい、なんと答えてわからなかった。




「えー、ちゃんて話したことあんの?戸院先輩と。」

「ないよ。」

「ないのにむかつくん?」




 話したこともないのに他人に対してむかつきを覚えるなど、まさに相手からしてみれば理不尽という言葉が正しいだろう。それを素直に表現するところがそのものだ。ただ自身も彼女に向けている自分の感情がかなり理不尽である自覚はあったらしい。少し困惑するように目尻を下げた。




「征くんがむかつくのかなって思ってたら、わたしあの人嫌いみたい。」



 前には実渕に、赤司を見ていると最近むかむかすると零したことがある。最初もそれを赤司のせだと思っていたが、どうやらほとんど話したこともない戸院に対して苛立ちを覚えていると言うことに、最近も気づき始めた。

 理由は全くわからないし、自体もそれについて探る気がない。ただ戸院を視界に入れないように避けるようになっていた。




「だから征ちゃん見ると苛々するとか言ってたの?それってすごく理不尽よ。」

「そうだね。でもまあ、わたし征ちゃんについて行ってないから、仕方ないんじゃないかな。」




 昔のならば、赤司から離れるのが嫌で、一緒に生徒会に入ろうとすら思っただろうが、今のにそれほど強い感情はない。中学時代の全中のように、赤司が人を虐げる手伝いをするのは、どうしても嫌だった。

 力になりたいとは思う。でも、他人を踏みつけるのに手を貸したくはない。にはまだ、赤司の行動を正すほどの力はないが、赤司に貸すの力が他人を傷つける刃になることは、ももう見てみないふりは出来なかった。

 だから、赤司と一緒にいられなくなるのは、寂しいから仕方がない。そして戸院と赤司が一緒にいるのだって、が一緒にいようとはしないのだから、仕方のないことだろうと理解していた。ただ戸院に対する理不尽な不快感を『嫉妬』と呼ぶと言うことを、はまだよくわかっていなかった。

 戸院が嫌いなことと、赤司への自分の感情の繋がりが、理解できていなかった。



「ま、先輩だし、会うことないから良いんじゃないかな。」 



 赤司は生徒会の関係でしょっちゅうあっているから関係はあるかも知れないが、は一年、戸院は二年だ。基本的に会うことはない。



「・・・、それって。」



 実渕は少し考え込んで、を見下ろす。はすでに雑誌に目を戻しており、名前を呼ばれて「ん?」と不思議そうに首を傾げた。それって嫉妬じゃないのと実渕は口に仕掛けたが、あまりにの表情が無邪気すぎて口を噤む。

 隣で同じように雑誌をのぞき込んでいる宮川は別に引っかかるところがなかったらしく、反応はない。



「休み時間まだ残ってるやんな。ちゃん、ちょっとシュート教えてや。」





 宮川は軽快な大阪弁で言って、に言う。

 最近、は宮川と1on1をするようになっていた。宮川は一年ながら洛山の女子バスケ部のエースの一人だが、にはほぼ敵わない。ただ、実渕の目から見ても宮川はほどではないにしろ、才能がある。練習熱心で、まだ本気でバスケを始める気のないの技術を学ぼうとしているようだった。

 は少しずつ赤司から離れようとしている。同時に他の人間たちとの関わりを持ち、友人と歩みをともにし始めている。

 それは同時に、赤司を孤独にしていると、まだは気づいていない。




「宮ちゃんは本当にバスケが好きね。」





 は赤司のバスケを見るときとは全く異なる、楽しそうな表情で宮川の手を取った。

 実渕はとともに過ごすうちに、の望むものを徐々に理解するようになっていた。

 赤司と離れた途端に、は友人を作り、いつの間にかクラスの輪にも溶け込むようになった。いじめまで受けていたというのに、あっさりとそれを撃退し、クラスの中心にいる。今では迎えに行ってもクラスメイトと話している姿をよく見かける。

 は多分、バスケでもたくさんの人と協力しながら、勝利を手に入れていきたいのだろう。




「玲央ちゃんもやろう!」




 はそう言って、実渕にも笑う。

 赤司にないものを、は簡単に補うことが出来る。優しさも、協力も、そして天才だけではない、勝利だけではないものを大事にする、その姿勢も。




「・・・良いわよ。」




 実渕は小さく笑って腰を上げる。結局で言うと、実渕もまた、そんなに惹かれているのだと、知っていた。


Das Licht光