次の日は、驚くほどの青天で、青峰は珍しく練習に参加していた。



「あー、たりぃ、」



 競合相手がいるわけでもなく、ただ緩慢と過ごすのは本当に退屈だ。黄瀬との試合は楽しめたが、それだけだった。本来ならインターハイの最後に赤司と戦えるはずだったが、故障の関係で其れが出来なかった。

 退屈、まさにこれ以上ないほどの退屈に満たされた大好きなバスケに、くるくるとバスケットボールを回しながらぼんやりゴールを眺めていると、ざわりと周りの部員たちが話を始める。




「バスケ部はこっちやけどー」




 キャプテンの今吉が、違う学校の制服を着た女子生徒を連れていた。

 灰色のブレザーに少し濃い色合いの、同じく灰色のシャツ。そして黒いネクタイ。幼児体型で、胸は少し大きいが、150センチくらいの低い身長に、大きな漆黒の瞳におかっぱ。童顔。昔は見慣れていたはずの彼女だが、何故か頭には包帯が巻かれていた。



「はぁ?」



 青峰はボールをそのあたりに投げ捨て、少女に歩み寄った。



「あれ?青峰の知り合いか?」



 今吉は目をぱちくりとして青峰に首を傾げる。どうやらバスケ部を探しているを案内しただけらしい。



「そうだよ。同じ中学だったんだよ。、おまえこんなところで何してんの!?学校あんだろ!?」



 現在2学期まっただ中、しかもまだ部活が始まる少し前の3時だ。洛山は随一の進学校であるため、授業はそんなに早く終わらない。それに京都から来ようと思えば、少なくとも今日学校を休んでいることになる。今日は完全に平日だ。

 しかもこの間会ったばかりである。



「ってか、頭どうしたんだよ。包帯まみれじゃねぇか。」

「叩かれた。」

「誰に?!」

「先輩。それは良いの。わたし学校探しに来た。」

「はぁ?!」



 口を半開きにして驚いた青峰を、は漆黒の瞳でまっすぐ見上げる。

 どうでも良い話は黄瀬と楽しく会話して、日常生活は黒子に、バスケのことは青峰に相談するのが、いつものやり方だ。だから、ここに来る限りは、がバスケのことを相談しに来たのは、青峰も理解していたし、バスケの相談がある時は来いと言ってあった。

 だから、学校探しで青峰の元に来たというのは、バスケに関することだろう。とはいえ、この間青峰が教えるべきことは全てに教えた。ここに一番に来た理由は、青峰だけではない。



「桐皇の女バス見に来たのかよ。」



 青峰は大きなため息とともにを見下ろす。

 は明るくて素直だが、赤司の傍にいたためあまり人付き合いが得意な方ではない。だから転校するならば女バスの強豪で、旧友たちがいるところに行こうと思ったのだろう。



「遊びは、やめんのか、」



 青峰は自嘲気味に笑った。



「・・・」




 は答えようとはしなかった。それはまだ、迷っているからだろう。

 には明確に、バスケに対する才能がある。だから中学時代、青峰は彼女にバスケを教えた。でも、青峰はいつしか才能を手にいれ、代わりに仲間を失ってから、彼女にバスケは遊びだけにしろと何度も言い聞かせた。

 青峰とはよく似ている。楽しいことが大好きで、率直で、素直だ。いつか多分も青峰と同じようにその絶対的な才能と、他の部員との隔絶、そして周りの諦めにバスケが退屈になってしまうだろう。悩み、仲間が離れていくことになく日が来るだろう。

 だから、自分と同じように嘆いて欲しくなくて、バスケを遊びに留めろと言い続けた。

 は他者からの承認を求めていないから、遊びで夢中になっていれば良い。幸い彼女は女で、男子とやり合っている限りは楽しめるだろう。それには赤司のバスケの勝利に貢献して、それで彼女は自分がやらずとも満足していた。

 しかし全中の試合はの価値観を大きく変え、彼のバスケへの疑いを抱かせた。そして赤司との感情のずれが、今こうしてが自分でのバスケを求める結果となっている。




「で、でも、・・・そうだよ、赤司は、このこと知ってんのか。」




 東京で学校探しは良いが、赤司は洛山高校、京都だ。もし女バスの強い学校を探すと言っても、洛山も十分強豪の一つだし、赤司の性格からして恋人のの転校など許しはしないだろう。青峰が思い出して問うと、は大きく一つ頷いた。



「うん。一週間出かけますってお手紙書いた。」

「そっちじゃねぇ。転校したがってることだよ」



 行き先の問題ではない。が転校したいと考えていることに関してだ。



「わ、わかんない・・・役に立たないって、言われちゃった、し」



 は目尻を下げて、震える声でそう言う。



「・・・え?」



 青峰は驚愕のあまりなんと答えて良いのかわからなかった。

 に何よりも依存していた赤司が、を役に立たないと捨てるなど、青峰には想像が出来なかった。赤司のに対する感情は執着や偏愛と言うに等しい。赤司のゆがみは完全にへの恋愛感情にも影響していたはずだ。

 彼が素直にを手放すなど、考えにくい。

 は一瞬泣きそうな顔をしたが、それ以上口に出そうとはしなかった。青峰は眉を寄せて、包帯の巻かれた頭を眺める。



「大丈夫だよ。わたし強いもん。」



 漆黒の大きな瞳はかつてない強い光を持っている。その光は昔自分が持っていた物であり、希望も見上げるべき目標も、すべてがそこにある。うらやましいほどにまだ、自分を信じている目だ。

 は今まで自分の才能を信じていなかった。

 赤司が傍にいたため、自分の才能を赤司が使っており、自分で行使したこともなければ自覚もなかった。は幼い頃から自分の力が特別なことは自覚していたが、それを誇示することはなく、方法も知らなかった。だから、それが他人に対して通じる、相手を支配できるという感覚を持っていなかった。

 おそらく何らかの形では他者を支配するに自分の力は十分あることを、他人と自分の能力を物差しで測って、理解したのだ。そして青峰はその背中をこの間大きく押してしまった。



「そんなこと知ってら。」



 青峰は俯いて、軽くの頭を叩く。

 にバスケを教えたのは青峰だ。帝光中学時代、が勝手に青峰のボールをとった時に、こいつは才能があるんじゃないだろうかと感じた。実際に彼女の才能はキセキの世代にも劣らない、むしろ超える程の天才だった。

 彼女の長兄・忠煕はバスケットボールプレイヤーとして戦後五本の指に入る天才で、今は一般企業に勤めているが、赤司にバスケを教えた人物でもある。

 のポテンシャルは、誰もが感じるほどに天才的だ。それは一番青峰がよく知っている。真面目な基礎練をしたことはないので体力的に問題はあるだろうが、十分に女子バスケでも選手としてやっていけるはずだ。

 ならば、バスケを教えた青峰がとるべき道は一つだ。それをも求めている。



「おい、その頭大丈夫なのか。」

「うん。3,4日安静にしてたら大丈夫だって。」

「いつ怪我したんだよ。」

「昨日。」



 のさも当たり前のように口にされた言葉に、青峰は一瞬自分が何を聞いたのかよくわからなくなった。




「お嬢ちゃん、まだ1日しかたってないやん。」




 隣で話を聞いていた今吉が困った顔でに言う。



「大丈夫、頭異常ないって言ってた気がする。」

「本当に言ってたのか!?」



 青峰は思わず叫んでに問う。



「いや、聞いてないけど、大丈夫な気がする。」



 はよくわからない確信で頷くが、全く信用ならない。青峰は頭をかいて、の方に向き直り、彼女に転がってきたバスケットボールを渡す。受け取るの手は今も青峰の物なんかよりずっと小さいが、その才能は青峰と同じ物だ。

 赤司が隠し続け、青峰が育ててしまった天才。



「俺、今日、練習休むわ。」



 青峰は持っていたバスケットボールを籠に放り投げ、今吉に言う。



「なんや珍しく来たと思ったらデートかいな。良い根性してんなぁ。」

「ちげぇよ。誰がこんなチビ。それに、こいつに手を出せば恐ろしいのが出てくる。」

「なんやそりゃ。」



 今吉は不思議そうな顔をしたが、青峰には彼女が抱えているものが、簡単な物ではないことも理解していた。

 は幼い頃から赤司の傍にいた。彼はきわめて他人の才能を見抜くのに優れている。その彼が、の才能を見落とすなどあり得ない。一番傍にいたのだ、この恐ろしい才能を赤司は誰よりも理解していたはずだ。

 それでも無視し、の才能を隠し続けたのは、彼女を守るためだけではない。そして赤司はに恐らく強烈な恋愛感情と、独占欲を持っている。彼がこのことを知れば、全力で阻止してくるだろうし、彼から逃げ切るのは、そう簡単ではない。だから中学時代ですらも青峰も積極的にをバスケに誘わなかったのだ。

 だが、が決めたのなら、青峰がやるべきことは一つだ。



「海常に行くぞ。」

「え?涼ちゃんとこ?」



 はきょとんとした表情で、青峰を見上げる。



「あぁ、海常には女子バスケで有名な、天才って言われてるプレイヤーの樟蔭上総がいる。」



 青峰は顔を上げてのまっすぐな目にまっすぐ答えた。

 女子バスケで天才と言われているのは洛山の戸院恭子と、もう一人、海常高校に樟蔭上総という背の高いプレイヤーがいる。

 海常は確かに強豪だがインターハイの女子バスケの部で4回戦、洛山高校と当たって敗北した。だが、戸院に樟蔭は押さえられず、結果的に戸院ともう一人が樟蔭を押さえる形で勝利したと聞いていた。海常は彼女以外に強いプレイヤーはいないが、1年生が多く、樟蔭自身もまたまだ一年生のプレイヤーで今後が期待されていた。



「樟蔭上総ってかずちゃん?」

「知ってんのか?」

「うん。会ったこと、あるけど。」

「なら話は早ぇな。海常にはマネージャーやってた鴻池先輩もいるからな。」




 帝光中時代、たちが2年だった時、3年生でマネージャーをまとめていたのが鴻池だ。のことを“童ちゃん”と呼んでかわいがっていたから、恐らく桐皇よりも海常の方がには向いているだろう。人間関係の構築の下手さも、鴻池ならばフォローしてくれるはずだ。




「行くぞ。」




 ジャージを適当に羽織って荷物をまとめ、青峰はに声をかける。


「うん。」



 は少し嬉しそうに、無邪気に笑っていた。






eine geliebte Faehigkeit愛しい才能