が病院からいなくなったのは、翌日のことだった。

 赤司は学校があるし、一応病院に泊まり込んだがは無言のままで、休むわけにはいかないので、支払いのためににクレジットカードを渡したのが運の尽きだった。病院からの連絡で昼過ぎにスマートフォンを見て、慌ててに電話をかけたが、生憎留守電。

 教師に無理を言い、昼休みを利用してマンションに戻ると、机の上の紙に汚い字で一文。



“一週間ほど東京に行ってくる”



 それを確認して、赤司はすぐに黒子に連絡した。



「テツヤか?は来てないか?」

『え、来てないですけど?』



 黒子は酷く驚いたような口調で答える。

 彼が感情をあまり表に出さない方だと言っても、そこで嘘をつく必要性もないので、赤司は当てが外れたと落胆した。ただ、これで誰といるかに関してはある程度予想はつく。



「悪いが、青峰に連絡をとってくれ。僕は桃井に連絡する。」



 赤司はため息を隠すことが出来なかった。

 は昔から、バスケのことは青峰に、日常生活のことは黒子に相談することが多い。黒子のところでないなら、間違いなく青峰の所だろう。おそらく赤司が連絡したところで、と一緒ならば青峰は電話に出ない。

 黒子に電話してもらうのが一番だ。



『わかりましたけど、何かありました?』



 黒子は気遣わしげに声をかけてきたが、それすらも疎ましい。まだ手遅れでなければ、桃井が青峰と一緒にいるを見つけてくれるはずだ。



「僕は桃井に連絡するから、切るぞ。」



 短くそう言って赤司は電話を中断した。



ちゃん、やっぱり留守電にしているみたい。」



 隣でに電話していた実渕が、困った顔で目尻を下げる。



「だろうな。」



 赤司を特定避けているのではなく、恐らく携帯電話を見るつもりがないのだ。元々はちまちま携帯を確認するような性格をしていないし、連絡は一緒にいれば青峰がとってくれるから必要ないとたかをくくっているはずだ。要するに、下手をすれば一週間丸々携帯電話を見ない可能性もある。

 赤司はすぐにスマートフォンで桃井の電話番号を探して、かける。幸いまだ部活前だったのか、通話はつながった。




は行ってないか?」

『え、?』




 桃井の声は戸惑いを含んでいた。当たり前だ、久々に連絡してきた相手が、久々に聞く親友の名前を言えば、それは驚きもする。



が桐皇に行ってると思うんだ。」

『え、えぇ?!あ、ちょっと待って、私スカウティングの関係でもうすぐ体育館に顔を出すから』



 桃井は走っているのか、声が揺れる。祈るような気持ちで赤司は待っていたが、無情な会話を電話は拾っていく。



『今吉先輩!青峰君は?』

『きとったんやけど、なんか小さな嬢ちゃんつれてどっかいってしもたわ。』

『ええええ!?』



 桃井の声が電話越しにも反響する。



『ど、どこに?』

『海常に行くっていっとったけど。』



 海常、それは黄瀬が進学した高校だ。しかしそこに青峰がを連れて行く意味を、赤司は痛いほどにわかっていた。

 はバスケに関することしか、青峰に相談しない。

 そして海常の女子バスケ部には、女子バスケで一番と言われるプレイヤーが存在する。強豪とは言え、インターハイで上位に食い込むような成績ではなかった海常をベスト4に導いた、確か一年生の天才だ。

 彼女は海常中学からの持ち上がりで、並み居る強豪からの誘いを蹴って、海常高校に入ることを選んだ。勝利のためでなく、自分のいたい場所で、上を目指す天才。それは勝利しか求めなかった赤司たちとは全く異なる。



「・・・大輝も結局は一緒か。」



 にバスケなんてやめておけと良いながら、彼は最善の方法でにバスケをさせようとしている。才能が絶対的で、感情なんて関係ないと良いながらも、が気持ちよくバスケをし、並べる場所を紹介しようとしている。



『赤司君・・・、どうも・・・』

「あぁ、聞こえた。ありがとう。」




 赤司にも、電話の向こうの会話はすでに聞こえている。だから行き先もわかり、意図もわかった。礼だけ言って電話を切る。

 もう何も聞きたくはなかった。

 が選ぼうとしている道がどんなものであっても、一つだけ確かなことを理解した。








 




「赤司君!?・・・切られちゃった・・・」




 桃井は目尻を下げて、自分の桃色の携帯電話を見る。



「赤司て、洛山の・・・」




 今吉は少し驚いたような顔で桃井に言う。



「はい。・・・さっき青峰君が連れて行った女の子を探してるんです。」



 桃井は目尻を下げて大きくため息をついた。

 帝光中学の時代から、桃井はが青峰にバスケを教わっているのを知っていた。彼女はどうやらかなり才能があるらしく、黒子や黄瀬も混ざってかなり真剣に練習していた物だ。中学を卒業してからも、バスケのことは連絡してこいと青峰は繰り返し彼女に言っていた。

 とはいえ、彼女は自分の幼馴染みでもあり、恋人であるキセキの世代主将・赤司征十郎とともに京都の洛山に入学したはずだ。



「へー、同じ中学やったんやろ?それで京都まで行ったって、その子よっぽど赤司のこと好きやねんな。」



 今吉はからからと楽しそうに笑う。他人の恋愛ごとほど楽しい物はないだろう。自分に被害が降りかからないなら。



「そうだったら、話は丸くおさまったと思うんですけどね。」



 桃井はふーとため息をつく。

 確かには赤司の推薦が決まると同時に洛山へ入学を決めた。一見すればそれは確かに恋人と同じ高校に行きたかったように見えるだろう。

 だが内実は、赤司が勝手に推薦入試での願書を出し、成績がよく、名門の出身だったが受かった、というだけの話だ。洛山は公家関係の推薦入学があったらしい。ベクトルが完全に逆。赤司はのことを望んでいるのに、は全中の試合後は特に赤司と距離を置こうとしていたように思う。

 誠凛に行きたかったと、ぽつりと卒業式の時に零していたのを、今でも覚えている。はそう言った感情に嘘をつかないし、隠すと言うことを知らないから、誠凛に行きたかったことを赤司が知らない友思えない。



「海常に見学に行くってことは、編入するつもりなのかな・・・、」



 桃井は携帯電話の画面を眺める。赤司からも、からも連絡はない。でも青峰がつれて行ったと言うことは、彼は海常がにとってベストだと考えたのだろう。

 が青峰を頼る理由も分かりきった物だ。

 青峰と赤司は表向きにもめたことはないが、対極だ。力で常に押さえられてきた緑間や紫原と違い、青峰は赤司にこびることもなければ、従うこともなかった。そして何より赤司はがバスケをすることを望んでいなかったが、青峰はそれをはね除けて才能のあるにバスケを教えていた。



「じゃあ、別れたん?」



 今吉はあっさりとした口調で尋ねた。



「・・・だったら赤司君、電話してこないと思いますよ。」

「まぁ、そやけどな。」

「仮にそうだったとしても、赤司君は納得しませんよ。」



 桃井が見る限り、離れていこうとするをいつも留めていたのは彼だ。

 は自分が彼に依存していると思っているかもしれないが、本当ならベクトルはお互い様、むしろ今となっては赤司の方が大きい。

 それがどういうことになるのか、まだ桃井にはよくわからなかった。





die Umgestaltung変革