「ただいまー。」



 黒子や火神に東京駅まで送ってもらって、が赤司と同居しているマンションの戻ってきた頃には最終の新幹線であったため、夜中過ぎで、朝練などもあって朝が早い赤司は眠っているかと思ったが、電気はついていた。

 玄関で靴を脱いでいると、赤司がリビングからやってきた。



「征くん、」



 慣れているでも怖くなる。気配でわかるほどに、彼は怒っているようだった。冷たい色違いの瞳がを静かに睥睨している。



「おかえり、楽しかったか?」



 問う声も、酷く冷えている。



「・・・うん。」



 は少し間を置いたが、素直に答えた。

 楽しかった。女子バスケでトップのプレイヤーだと言われている海常の樟蔭はとても良い人で、先輩の鴻池も相変わらず元気そうだった。青峰はむっとした顔をしていたがやっぱり優しくて、火神や黒子、黄瀬とバスケが出来たし、誠凛の人たちと過ごすのは楽しかった。

 あんなふうに、赤司とも過ごせたら良いのに。彼もあんな風に友達や仲間たちと笑ってバスケを出来たら良いのにと、素直に思った。




「ねえ、征くん、聞いて欲しいことがあるんだ。」



 目の前にある、冷え切った色違いの瞳に、は言う。

 このまま一緒にいても、役に立てることなんてない。多分赤司はを守るために無理をするんだろう。本当はもっと笑って欲しい。でも、それはには出来ない事だ。バスケで彼を打ち倒すことも、性別の違うには出来ない。

 ただ、傍にいて良いか、それだけが聞きたい。

 役に立つことも、彼を笑わせてあげることも、何もには出来ない。でももしも彼が望んでくれるなら、は彼の傍にずっといられる。何も出来なくても、良いと思ったのだ。

 だが、赤司は答えなかった。ただ、ある意味でそれはの願った答えであり、そして一番最悪の形。



「来い、」



 大きな手がに伸びてくる。その手は強引に二の腕を引っ張ると、玄関からつながる廊下の奥側にある、最低限の物しかない赤司の部屋に引きずり込んだ。



「征く、ん?」



 あまりに強い力に驚きながらも彼の名前を呼ぶと、ぞっとするほど冷たい目がこちらに向けられているのがわかった。それはコートに立った時に彼が見せた、敵を見るときの冷たい目そのものだ。そのまま引きずられるようにベッドに横倒しにされる。

 意味がわからず、すぐに身を起こそうとすると、仰向けのの上に赤司が跨がった。



「征くん?」



 抵抗することすらも思い出さず、はただ彼を見上げる。だがそれにすらも答えず、赤司はの上に乗ったまま、お腹側から洋服をめくり上げての肌に触れた。



「っ、征くん!」



 は服の下に入っていこうとする彼の手を自分のそれで止める。



「鬱陶しいな。」




 低く、赤司はの手を振り払い、ブラウスの胸ぐらを掴んで、そのまま引っ張る。ボタンがはじけ飛んで、の服の前が簡単にはだけた。

 は丸く目を見開いて彼を見上げる。影になった彼の表情を見て、ぞくりと背中に冷たいものが走った。



「・・・何するのっ!やめて!!」



 身を起こそうとは上半身を起き上がらせようとするが、腹の上に赤司が跨がっているため下半身はちっとも動かないし、大きな手にお腹を押さえられてしまえば、どうしようもない。



「のいて!」



 手で彼の肩を押すが、彼はまったく退く気はないのか、自分を落ち着けるように息を吐く。だがその赤と橙の瞳だけがぎらぎらと変な熱を持ってを見下ろしていた。



「のいて、のいてっ!」



 は自分の中に変な恐怖がわき上がるのを感じて、拳で赤司の肩を叩く。その手を彼の大きな手が掴んだ。どんなに動かそうとしても彼の手はびくともしないほどの力が入っており、彼が思うがままに手首を重ねられ、片手で頭の上で一つにまとめられてしまう。

 身体を動かそうにも彼が自分のお腹の上に跨がっているので、動ける範囲は制限される。だがの手はもう動かせないのに、赤司の手は片方自由に動かすことが出来る。

 彼の手がの背中に回り、器用に片手でブラジャーのホックを外し、彼の唇が首筋をぺろりとなめた時、ぞくりとするような悪寒を感じて、思わず身体を震わせた。それが恐怖という物だと言うことを、は全く知らない。



「やだ!征くん、のいて、」



 ただ怖くては大きな瞳にいっぱいの涙をためる。いつもならが泣くとすぐにやめてくれる彼はただ、を静かに見下ろすだけだ。



「泣いても、駄目だよ。」



 冷たい色違いの瞳がただに向けられる。


、僕はね、おまえに対して優しくしてきたつもりだ」



 赤司はそっと壊れ物でも触れるように優しくの、一週間ほど前に叩かれた頬を撫でる。

 確かに一度も彼がを粗雑に扱ったことはないし、傍にいる限り本当に大切にしてくれた。強引に高校を決めたりはするが、それ以外の日常に彼がに暴力を振るったこともなければ、何かを強制したこともない。

 バスケ部の部長として困るだろうに、がバスケ部をサボるのを半ば容認したり、が離れて動いたり、逃げ出すのだって許してきた。彼がのことを拒絶するのは、唯一たった一つだけ。



「だが、おまえが僕から離れていくつもりなら、どんな手を使っても良い。」



 黄色の瞳が残酷な色合いを帯びる。



「ち、ちが、話を、」




 は首を横に振る。

 確かに離れようと思った。でも、やっぱり自分のいる場所は、いたい場所はバスケをすることじゃなくて、赤司の傍だと思って、戻ってきた。だからそんな風に思わなくても良いし、は納得して彼の傍にいることができる。

 だからそれを聞いて欲しくて口を開いたが、ぐっとの手を掴む彼の手に、痛いほどの力が入る。



「聞きたくない。」



 彼はの耳たぶを軽くはんで、首筋にその唇を下ろしていく。彼がわからない恐怖に怯えては身を固くしたが、それでも身体を捩る。



「征くん!やっ、」

「黙れ。」

「つっ、痛い、征く、痛い!」



 うなじに酷い痛みが走って、は悲鳴を上げる。

 肌に歯が食い込んでいるのか、酷い痛みを放つ。痛みのあまり勝手にぼろぼろ涙がこぼれたが、それでも彼はやめるつもりがないのか、ぷつりと肌が破れる感触がするまで続けた。



「痛っひっ、征くん、いや、いやだ、」



 痛みにぐずぐずと泣くがそれが気に入らなかったらしい、今度は大きな手が首元に回る。



「黙れと言ったはずだ。」

「かはっ、」



 首に大きな手から圧力がかけられ、息が吸えなくなる。悲鳴を上げることもなく、黙ることしか出来ない。苦しさのあまり彼を見上げると、彼は決然とした、それでいて思い詰めた目をしていた。



「従わない奴には、きつい仕置きが必要だろう?」



 そう言ってが抵抗の力を失ったのがわかると、彼は押さえていた首との手首から手を離し、の上からのく。の手はかたかたと小さく震えていて、でも、一つだけわかっていた。

 少しでも彼から遠ざかろうと、は後ずさる。 



「や、やだ、やめて、」



 は首を横に振って、赤司から距離をとり、自分のボタンの外れてしまった服の胸元をかき合わせて懇願する。がらがらと崩壊の音が聞こえる。完全なる、崩壊。今ならまだ戻れるけれど、このまま身をゆだねれば取り返しのつかないことになる。

 だが、後ずさった先には壁しかない。ちらりと後ろの壁を見たそのすきに、四つん這いの体勢のまま、こちらへとよってきた赤司の手がの頬に触れる。その手は優しかったけれど、冷たい目がを射貫く。



「もう用はないだろう?服を脱げ、」




 鋭く命じられ、はぎゅっと服の前を握りしめる。いつもは優しく自分の頭を撫でている手が、恐ろしくてたまらない。大きな手が下りてきて、首筋を撫でていく。先ほど思い切り噛まれた首筋には血がにじんでいて、じくじくと痛みを放っている。

 それに彼は爪を立てた。




「いたっ!い、」




 遠慮なく傷をえぐるように爪を立てられ、は痛みのあまり悲鳴を上げた。


「まるでだだっ子だな。だが、さっき言ったはずだ。」



 冷たい声と、痛みが降ってくる。首に掛かった彼の手をはずそうと彼の手を掴むと、ますます力が入って、は大きくびくりと身体を震わせ、身を捩った。


「従え、」



 それは悪夢の始まりだった。

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