一週間ぶりに登校したは、こちらが心配になるほど元気がなくなっていたし、部活にも来るようになった。
「なぁに?頭打って、頭がおかしくなったの?東京に行くほど元気があったんでしょう?」
実渕は腰に手を当てて、ボールを持ったまま尋ねる。
が朝練にまで出てきたのは、正直彼女が部に入ってから合宿を除いて初めてかもしれない。いつもサボりがち、しかも朝が苦手らしく、赤司がどれほど起こしても駄目だという話だったのに、今日は朝練にも出てきて、昼ご飯もレギュラーたちとちゃんと会食、夕方の練習にも赤司に捕まえられることなく出てきた。
ただし、元気は全くなく、暗い。
「・・・うん。」
はなんとも浮いた、曖昧な肯定を実渕に返す。
「なぁに?征ちゃんとなんかあったの。」
「うん。」
「・・・だからしょげてるのね?」
実渕はの頭を傷に響かないようによしよしと撫でる。するとはその手をぽんっと払った。
「だめ、優しくされると泣いちゃうから、」
大きな漆黒の瞳は潤んで涙をたたえている。
少なくとも実渕には言えない、言ってはいけないことなのだろう。もしかすると赤司に口止めされているのかもしれない。
「なぁに?泣いても困るの?」
「わかんない。怒られるかもしんない・・・」
「・・・何その情けない顔、女の子がそんな顔しないの。もうっ、」
実渕はの座るベンチの隣に座って、飲み物を飲む。
もう部活は終わりで、片付けが進んでいる。赤司は打ち合わせで忙しいのか体育館の端でコーチと話していて、会話を聞いてはいなさそうだった。来週からウィンターカップが始まるので、来週の月曜には東京へと一軍は移動する予定だ。
いつもの傍にいるミミズクも心配そうに大きな瞳でを見上げていた。
「ひよよ、」
がミミズクを呼ぶと、喉を鳴らしての肩にとまり、頭をにすり寄せる。
「その子も心配なんですって。」
実渕は思わず笑ってしまった。どうやらミミズクも心配する気持ちは実渕と一緒らしい。
「・・・うぅ、」
「ちょっと、もー、何泣いてるのよ。」
ミミズクの優しさにぽろりときたのか、が声を殺して泣き出す。実渕は仕方がなく泣き顔を見られたりしないように、タオルをかけてやった。
「どうしたのよ。」
「わかんない、わかんないよ、頭がいっぱいで、」
「本当に仕方ないわね。」
はたくさんのことが一度に起こると、頭の中で処理しきれない。それで泣き出すことがあると、実渕も知っていた。
「全部なんてどうにも出来ないわよ。ひとつひとつ解決していくしかないの。あんた万能じゃないんだから。」
「・・・うぅ、うっ、ひっ、でも、」
子供がいっぱいいっぱいになった時にぐずっているのと一緒だ。こういう所を見ると、やっぱりは子供だなと実渕も思う。何か悩むところがあるのだろう。
「泣いてても仕方がないから、やれるだけやってみなさい。」
「・・・え?」
が聞こえなかったのか、それとちゃんと聞こえていたのかはわからないが、驚いた表情で実渕を見上げる。
「泣いたって何も変わらないでしょ。だったら、何が起こるかは後回しにして、やってみたら?」
何を不安に思っているのか、どうして彼女がいっぱいいっぱいになっているのか、実渕にはわからない。赤司が口止めしているのかもしれないし、自身もよくわかっていないのかもしれない。でも、どちらにしても、泣いていても始まらない。
「人間、後悔しないのが一番よ。」
自分に出来ることなど少ない。それでも、後からこうしていれば良かったと嘆くよりも、無意味に泣いてその場に留まっているよりも、やってみて、後から精一杯やったと後悔しないのが一番良いのだと実渕は思っている。
いっぱいいっぱいで泣いている彼女には酷かもしれないが、年上の実渕が言えるのはそれくらいだ。
「・・・でも、」
「でもじゃないの。うじうじしていても始まらないでしょう?」
実渕はの頭をタオルごしにごしごしと撫でて、肩をすくめる。
いつの間にか人もまばらになり、片付けも終わりつつある。残っているのは居残り練習をしているレギュラーだけだ。
「あっれー、レオ姉が泣かしてる?」
「人聞きの悪いこと言わないの!」
葉山が笑いながらやってくるので、実渕は怒って否定する。
「そうなの?まー、いいや。、バスケやろー?ちょっと相手してよ。」
「ちょっと、この子先週頭痛めたばっかだって言ってるでしょ?まだ抜糸終わってないのよ。」
「え?そうなの?なーんだー。でも馬鹿だよね。戸院も、に勝てるわけないじゃん。」
葉山は単純に笑いながらそういう。
生徒会長の戸院とが試合をして、0対10でが勝ったことは、葉山もちらっと噂で聞いていた。話では戸院が嫉妬故にに勝負を挑み、結果的に負けて逆上したという物だったが、それが本当でも偽りでも、あまり頭の良くない葉山からしても、当然の結果だった。
の実力を知っている人間からすれば、女子バスケしか知らない戸院がに勝てるわけがないとすぐにわかる。なんと言ってもは常に自分より大きな男たちの間でバスケを教わり、彼らをかわすためのバスケを覚えてきているのだ。
例え体力に著しい問題があり、女子バスケ部として活躍していなかったとしても、その実力を葉山は高く評価していた。
「そんなの知ってる俺らの感性で、あいつらは知るはずねえじゃん。」
根武谷は呆れたように息を吐いて、歩み寄ってくる。
「しかも逆恨みで、負けて叩くたぁな。しかも赤司の恋人。」
「確かに。勇気あるよねぇ。退学でしょ。普通に。」
葉山もけらけらと笑いながら、根武谷に同意した。
バスケ部、特にレギュラーたちは赤司の恐ろしさをよく知っている。彼は従わない人間に容赦などしないし、当然自分のものであるを傷つけようとすれば、全力でつぶしに行くだろう。だが、学校での赤司だけしか知らない人間にはそれが理解できなかったのだ。
「ち、違う、よ。戸院先輩は、そんな、」
は絞り出すように震える声で言う。実渕はそんなを隣から見て、少し目を伏せた。
実渕はが戸院に勝負を挑んだ時傍にいたため、噂が真実でないことを知っている。確かに戸院がに忠告をしたのは嫉妬故だったかもしれないが、が言わなければバスケで勝負などしようとしなかったはずだ。
を叩こうとしたのはどうかと思うが、それでも戸院は少なくともに大けがをさせようとする意図は全くなかっただろう。
ただ結果的に、に大けがをさせ、学校からも自宅謹慎を言い渡されている。そしておそらく、赤司はに怪我をさせた人間を許しはしない。だからこそ、に有利になるような『噂』を流した可能性が高かった。
「えー?でもどっちにしても赤司が退学にさすでしょ?」
葉山はボールをくるくると回しながら、いつも通りの明るい声音で言う。
彼は賢くはないが、本質を見抜くのは得意だ。別に悪い、悪くないではない。赤司を怒らせた、それがやばいのだと、理解している。
「だよなぁ。本当に馬鹿な奴。高校中退とか、一気にお先真っ暗だぜ。」
根武谷も呆れたように腕を回して、バスケットボールを片付けるための籠の中に放り込んだ。
「そ、そんな・・・」
は目尻を下げて、泣きはらした目をそのままに、タオルを握りしめる。
「ちゃん?」
実渕にはが考えていることも、悩んでいることも何もつかめなかった。
Gute Freundin 良き友